07「逃避の行き着いた場所」
先程から携帯が絶え間なく振動していた。
表示を確認するのも嫌で、ヒロは頭から布団を被りじっとしていた。
その怯えた目はまるで小動物のようだ。
既に日は暮れ、三十分くらいは扉と格闘していた父親もあきらめて階下へ降りてしまっている。
それでも何か行動する気にはなれずに、ただ時間が経つのを待っていた。
ブブブッ、ブブ……ツー……ツー……。
…………。
静寂が何もない部屋に訪れた。
壁に並んでいた漫画やゲーム類は全て無くなっている。勉強机の棚に使わない教科書類があるだけで、残ったのは売値のつけようのない、音楽再生プレイヤーのみ。
「もう、やめてよ、俺が悪いよ、だからさ……っ!?」
家の外から、違法マフラーと思しきエンジン音が響いてきて、ヒロの顔色が一層青白くなった。
震えながらも、布団を被った影が窓にそっと近づく。
目の前の大通りにそれらしき姿は見えないが、爆音は徐々に近づいていた。
カーテンの隙間から付近を窺い、注意を窓の外に向けていると、
ブブブッ、ブブブッ!
「うわぁっ!」
背後の振動音に驚いてしまった。
はずみで机に肘をぶつけてしまい、衝撃で携帯が机から落ちる。慌てて手を伸ばすが、携帯はするりと滑りフローリングの床に落下してしまった。
そこから、くぐもった怒声が響く。
「う、うわぁああああっ!!」
通話になったのは触れた際か落ちた衝撃かはわからない。が、もう放置する事もできなくなり、考える前に携帯を窓から放り投げてしまった。
庭の中で何かが割れる音がしたが、もう何も考えたくはない。
窓を閉めて、再び布団に包まれた。
その背後でエンジン音が素通りしていくが、ヒロにはもう届いていない。
彼に唯一残ったのは、夢の中への逃避だけだった。
休み時間の教室。
クラスメイト達が他愛無い会話で盛り上がっている中で、ヒロは机に突っ伏して寝た振りのまま。
その輪に入りたいと願う時期はとうに過ぎていた。心は乾ききっており、逆に話しかけられても返事に困るのでやめてほしいと思う。
「じゃあ出席番号一番から順になー」
チャイムの後、担任がクラスから一人づつ連れ出していく。
この時間は進路相談という面倒な時間が割り当てられていた。
ドアが閉まると同時に、再び教室に嬌声が響く。次に教師が戻ってきたら確実に怒られるだろう。
ヒロには関係ないことだが。
「そう、関係ない……」
相談と言われても、正直、進路を答える事が出来ないのだ。
昨日の夜に父親から進学先を問われたヒロは普通の公立高を提示した。自分の今の偏差値や通いやすさを考えての結論だった。
だが、それは許されなかった。
父の希望は、県内随一の進学校か受験補助カリキュラムのある私学に限定され、強制されそうになったヒロは生まれて初めて父親に歯向かった。
話を逸らせたのは父親だったが、結局ヒロの意見は無視されてしまった。
「別にいいさ。入るだけの高校なんていくらでもあるんだ」
この遅い反抗期が、今後の人生を左右する事になるとは、この時誰も知らなかった。