05「追憶~華々しいデビュー」
「根性据わってんだなお前。見た目は少しアレだけど……見直したぜっ!」
「そ、そう? あ、あれだよ、昔はやんちゃだったから今はおとなしく、なんて」
「でも我慢できなかった? おー、根っからのワルだ」
「な、なはは」
自分でも思いのよらないセリフが出てしまう。
気が大きくなったというよりは、自暴自棄になったのだろう。
「でも本当にここの支払い、いいのか?」
「うえ? べ、別にほら、そうだ。仲間じゃんか!」
拍手と歓声が湧き立つファミレスで、迷惑そうな店員の視線が痛かった。
まるで気の弱い学生が絡まれているような光景に、自分でもまだ慣れない。こんなことだったら、誘いを断ればよかったと後悔していた。
ヒロがソーダ水に口をつけていると隣に女子が腰を下ろした。
ただでさえ苦手な人種たちなのに、その中の女子なぞ異次元の生き物としか思えない。
これでもかと脱色した髪にかき氷のシロップをかけたようなカラーリング、更にちゃらちゃら音の鳴る謎のつけ毛まで盛り、これで同年代というのだから世も末である。
まあ、普通の女子とも話す事は無いのだが。
「よく知らないんだけどぅ、お金持ちなのぉ? みんなに奢りってすげくね?」
「もう無いし。お金、貸せないよ?」
「きゃははっ! 違えよっ、面白いねっ」
「……なはは」
「つーかあんた、けっこう可愛い系じゃん? よかったらウチと遊ばない?」
そう言ってヒロの腕に胸を押し当ててきた。
何の意味があるのか。
(なんだっ……俺の事が好きなのか……? いや……騙されないぜっ! ……でもぉ……)
緊張で固くなる体に、更にくっつく女子の柔らかさが伝わった。
目を逸らしても、女子ならではの芳香が鼻孔を刺激する。
(……このままではっ……もっと固くなってしまう……っ!)
逃げるなどと無粋な真似ができるはずもなく。
ちらりと盗み見ると、ワイシャツから張りのある肌が覗き、ヒロの思考は停止してしまった。
「スミレ。お前、次に浮気したら捨てるって言ったよな」
男の声には、冗談とわかる軽さが含まれていた。が、その女子は慌てて距離を取り、
「あ、あはははっ。やだなぁもう。ウチはダーリンだけだよぉ」
離れていく膨らみを少し残念に思う。
はしゃぐ演技で駆け寄った少女は、男の咥えていたポテトの端を唇で咥えた。
あわてて顔を背けるヒロだったが、そのまま唇に吸いつく微かな水音が耳に届いた。
「ご、ごゆっくりどうぞ」
「……ああ、ヒロ。悪かったな、うるさい奴らばかりでさ」
「ううん。僕の方こそ、一人じゃアレ、捌ききれなかったし」
「半々で分けたろ? 貸し借り無しさ」
「ありがとう。それに正直楽しいよ、こういうのも」
「そう言ってくれれば嬉しい。また来いよ、ヒロ」
本音だった。
自分の知らない世界に足を踏み入れた事に興奮していたのだ。だが、そのせいで、男がずっと初めからヒロを見定めている事に、この時は気がつけなかった。
慣れない事はするものじゃないのだ。
いびつになった関係を修復すべく、放課後、仲間を呼び出したヒロだったが、素直に謝る事ができずに、いつのまにか口論へと発展していた。
「万引きしかできないチキン野郎が、えらそうに仕切ってんじゃねぇよ!」
「な、なんだとテメェ!」
胸ぐらを掴みあう二人。
中学時代に柔道を嗜んだという肉体は、衣服越しでも感じる事ができる程だ。
仲裁に来たはずの二人の仲間も、手を出さずに互いのけじめがつくのを見守っていた。
「もう一度言ってみろぉっ! 俺の事馬鹿にすんじゃねぇっ!」
「……ヒロよぉ。お前こそ俺たちを手下みたいに思ってるだろ? そういうの裏切られたみたいで腹が立つ」
「ぁあっ!? 何度も奢ってもらって、その言い方はなんだっ!」
「声がでけぇ。……あのさ、そういうネチネチした性格、ずっと嫌いだったんだわぁ。みんなもそうだし」
恐怖で背筋が凍る。
保身とハッタリを処世術とするヒロにとって、仲間たちの信用が無くなることは単純に恐怖でしかない。
前後不覚に陥り、つい手を出してしまった。
「……そういう答えかよ」
パチンと音が鳴り、拳に頬骨の固さが伝わった。さすがにまずいと仲間たちが止めに入る。
「離せよっ! おらぁっ、来いよっ!」
それでも吠えるヒロに、軽蔑した仲間は離れていく。
「もう俺たちに話しかけないでくれ。じゃあな」
仕返しもせずにその場から立ち去る仲間の姿を見送った後、ようやくヒロは失ったものの大きさを感じ始めた。