04「stage16」
その生意気な顔に拳を叩きこんだ。
鼻血を飛び散らし、倒れる姿を冷ややかに見下ろした。溜まっていた鬱憤がすぅと晴れる。慌てて庇う仲間から謝罪の言葉を受けた。
こいつらだって心の中では俺の事を馬鹿にしてるんだろう?
抑えようとする仲間を脇へ投げ飛ばし、倒れている相手に近寄っていく。
怒りが次々に押し寄せ、体が湯気が立つほどに熱い。
……もちろん夢の話だ。
降りそぼる雨が火照る体に心地よい。
それでも沸騰した頭の芯は収まらず、仲間を振り切り倒れた体に更に追いうちを加えた。
子猫のように丸まる体をサンドバックにした。
何度も、何度も蹴る。
口から体液を吐くが、万が一にもこの世界なら責任を取る必要は無いのだ。ここにあるのは、ヒロの心の滓に溜まった、捻くれた鬱屈だけなのだから。
謝罪の言葉を繰り返すソレはまるで壊れた人形の様だ。
「スミマセン、スミマセン、スミマセン」
「だったらぁっ! そこぉ、地面を舐めろよっ! ほらぁっ!」
吐しゃ物に、踏みつけた顔を押しつけて叫ぶ。
ソレの舌が伸びる。おずおずと震えるのは痛みか羞恥からか。
「早くしろよっ!!」
怯えた目はガラス玉のように暗い。ぞっとした恐怖を振り払うように、その顎先を蹴り上げてしまう。
舌を噛んだらしい口の端から、だらだらと血が流れた。
「スイマセ……ミマセン……スミ……セン……」
「いいから早くっ! 地面を舐めろっ! 舐めろよォッ!!」
痙攣させたままの舌が地面へと伸び、雨水と胃液の混ざるアスファルトにぴちゃりとつく。
「くくっ、ふふははは、あはははははっ!!」
厚い雲にヒロの笑い声がこだました。
夜のコインパーキングだった。
幾度目かの場面転換を経て、突然の記憶の跳躍にヒロは既に慣れていた。
濡れそぼっていたはずの学生服からは、卸したての糊の香りがする。
目の前には一台のワゴン車。側面には有名カメラ店のロゴが描かれていた。
街灯で照らされた後部座席に映る冴えない高校生が、今の自分の過去の姿のようだ。おおよそ一年ほど前の記憶の光景らしい。
その、リアハッチに触れる。
カチリとロックが外れ、跳ね上がった扉から車内が丸見えになった。
「……なんだ、これは?」
黒い箱がある。
わずかな影すら吸い込むような漆黒の箱。
この夢想の世界においてすら異質に思わせる存在に、おそるおそる手を触れてみた。
冷たくも、温かくもない。
強いて言えば、その空間だけがぽっかりと夢の中から切り取られた、そんな印象を受けた。
「このくぼみは、鍵穴か?」
ただ一か所だけ、指先に違和感を感じた。
家の鍵を入れてみると、案外すんなりと中に差し込むことができた。やはり鍵穴だ。だが、回そうとしてもロックされたまま全く動かない。
車内を物色してみたが、それらしきものは見当たらなかった。
時間ももうないだろう。
諦めようとしたヒロだが、その脇に自分の原付バイクがある事に今更気がついた。
高校の入学祝いに、親を説得してようやく手に入れた愛車。
「まさか、ね」
その鍵を抜き、黒い箱へ挿し代えた。
ピタリとハマった鍵を、いつものように時計回りで捻る。
「ああっ!?」
箱が、光を湧き出しながら四方に割れた。
光の消滅と共に消えた箱の後に残ったのは、キラキラと輝くパズルのピース。
それを見て、ヒロの頭の中に「希望」という言葉が浮かんだ。