03「契約の履行」
駅前は閑散としていた。
車がなければ生活できない地方都市ならではの光景だろう。出張と思しきスーツの会社員がわずかに利用している他は、数人の学生の姿しか見えない。
駅前を見渡したヒロは、駐輪場の方にその男がいるのを発見して近寄った。
声をかけるのに躊躇した理由は、男が女子高生と共にいたからだった。あからさまに嫌な顔の女だが、道を塞がれて身動きが出来ないようだ。そんな彼女がヒロに気がついたようで、
「……あ」
何か言いたげな顔をした。
男もヒロに気がつき、それまでの表情を一変させて笑顔を見せた。
「ごめん。遅くなった」
「気にすんなっての。急な呼び出しで悪かったね」
女子高生がその場から逃げた。
もう一度、ヒロの顔をみたような気がして、なんだか落ち着かない。
「いいの、あの子?」
「んー? ああ、ナンパしたらフラれたよ。鏡見ろってな、はは」
「そう……ならいいけど」
「それより、なんか顔色悪いよ? どうかした?」
「ううん、別に」
「問題があれば俺に言いなよ」
「ありがとう。で、これ」
財布から金を差し出す。男は丁寧に受け取り、慣れた手つきで枚数を数えた。
「必ず返すよ。ヒロ、本当に助かった」
「うん」
ズボンのポケットにそのまま金を突っ込んだ男は、駅の西、パチンコ屋等がある歓楽街へ消えた。
その姿が見えなくなるまでヒロはその場に立ち尽くしていた。
携帯をじっと見つめる。
日にちが経てば、ますます関係修復が難しくなるのはわかりきっているのだ。
互いに勘違いだった、と笑って話す為にも今が正念場。
なのに、勇気が出ない。
数世代前のゲーム機を取り出して電源を入れた。小気味良い電子音で立ち上がり、捕らえたモンスターを育成調教するRPGのスタート画面が浮かぶ。セーブデータは全てカンストしていた。
小学校の頃、友人との交換でもめて、そのまま縁を切った。
繰り返しているだけだ、と自己嫌悪した。
「ヒロ、いるの?」
自室に母親の呼ぶ声が聞こえ、鍵が閉まっている事を確認する。
「……なんだよ。勉強してるから邪魔すんなよ」
「あんた塾行ってないの? 昨日連絡があって……」
「俺の勝手だろっ! 口出しすんなよっ!」
「お金はどうしたのよ。月謝、渡したわよね?」
「しつこいなぁっ!!」
扉にゲーム機が投げられ、大きな音をたてた。
「ちょっと! なに投げたの!」
「うるさいっ! 知らないって言ってんの!!」
床に落ちたゲーム機は画面が暗転し無音になった。
布団にくるまり、小さくうずくまる。
部屋の外の気配が去るまで、耳を塞いだままその姿勢を続け、やがて、
「……すっきりすること、ないかなぁ……」
ぼんやりと部屋を見渡した。
薄暗い部屋には古いゲーム機の数々が揃っている。やりこんできたソフトの山はパッケージが擦り切れる程だ。思えば昔は毎日ゲームの世界に入り込んでいたものだ。
その刺激では、今はもう足りないが。
部屋の片隅に見慣れぬ通販の箱があった。
取り扱い注意のシールが貼られた小型の段ボールだった。ハサミでそのビニールテープに切り込みを入れ、指を差し込んで引っ張ると箱がぱっくりと開いた。
そのまま組まれた中敷きを抜いて、緩衝材に包まれた送付物を開封する。
中には新品の音楽再生プレイヤーと柔らかい耳あてのヘッドフォンが入っていた。
底の取扱説明書を抜いて、中敷きなどを箱に戻す。
「そういえば、届いてたんだコレ」
プレイヤーの電源を長押しする。
が、バックライトは光るのだが操作を受け付けない。画面には「NO IMAGENE」の文字。
「壊れてんのか?」
首をひねりつつもヘッドフォンを被った。そのフィット感には満足しつつ、プレイヤーに差し込む。すると、
「おっ。……ん? じゅう、ろく?」
表示が変化した。生意気にもジャックを接続しないと動かない仕様らしい。
耳に入るヒーリング音楽のような響きに、急に体がだるく感じてきた。瞼も重い。
壁に背を預けたヒロは携帯電話をチラ見し、着信がない事を確認してゆっくりと目をつぶった。