02「正体」
俺の日常はそんな感じだ。
正義感のある人は犯罪だからやめておけと思うかもしれないが、俺からすれば甘いと言わざるを得ない。
世の中、力のある者が搾取するのが道理なのだ。
目を逸らして弱者に陥るのは頭の良い判断とは思えない。
君もそう思うだろう?
屋上から眺める青空は格別だ。
昼休みにここを選んだのは正解だった。授業中にずっと襲われていた睡魔は退散し、今度はこのまま峠道へツーリングに出かけたい誘惑が襲う。
そんな夢想を、予鈴が打ち消した。
仲間と共に教室へ戻ろう階段へ向かう。
そこには踊り場を塞ぐ形で座っている学生がいた。
「それがですな、どうやら現実に存在するらしいのですよ」
「うひょ。まさか潜入ゲーム? 噂にすぎぬと思いきや」
手入れのされていない髪型と、校則どおりに着込んだ制服は新入生のようだ。屋上へ出れるのは上級生のみという暗黙の了解をまだ知らないらしい。
「……おい、どけよ」
その声に飛び上るように驚く。
慌てて弁当箱を拾い上げてすばやく端に避ける一年生たちは、ヒロたちの姿を見て怯えているのがわかる。
「すいませんっ! ぼ、僕たち、た、ただの仲良しで……」
「何もしねぇよ。お前らも早く教室戻れよな」
その言葉に安心してか、ほっと目の前で落ち着かれるのも少し気に食わないものだ。
「驚かせて悪かったな」
「あ、なあ。ちょっといいか?」
「は、はいっ!」
「どうしたヒロ?」
ターゲットにされて再び震えだす一年生。
「ああ、勘違いすんなよ。今話してたろ、なんかのゲームの事」
「し、し、してませんっ!」
「隠すなよぉ。ちょっと知りたいだけなんだぜ? なぁ」
「ヒロくん、校内はやめたほうがいいよ。噂になるし」
「大丈夫だって。そっちのお前、知ってるよなぁ?」
「な、なんのことでしょう~?」
「だから、潜入ゲームつーの? あのな、聞こえてたんだよ。嘘つくなや」
「「うひひぃ~」」
涙目の男同士で抱き合ってしまった。
なんなのだ。俺はただ、知りたいだけなのに。
夢の中に入れるゲームというものを。
「まずいって。見つかったら停学だよ。ウチの高校厳しいから」
「なあキミたち、お兄さん正直に話してくれないと、そろそろ怒っちゃうぞぉ?」
「いい加減にしろよヒロっ!」
仲間がヒロの肩をつかみ、後輩からひきはがした。
バランスを崩され、ふらっと後方に足を着けようとしたのだが、運悪く段差で踏み外してしまう。
「……えっ?」
世界がスローモーションになった。
宙空を漂う手。体が徐々に斜めに倒れこむのを感じて、掴める物を探して手を伸ばした。
ヒロの肩を引いた仲間の襟に引っかかり、本能的に体を引っ張りあげた。
「ヒロくん!? やめなよっ!」
「……あ」
仲間の襟を掴む自分の姿に戸惑う。
二人の態勢を見て心配して声をかける他の仲間とは逆に、ヒロは相手の目に浮かぶ怒りと侮蔑に恐怖がこみ上げた。
すぐに仲裁に入られ、距離が離れた事に安堵する。
「違っ、その、それ……」
「離せよ」
不本意だという態度で、仲間を振り切って階段を降りて行ってしまった。
勘違いされただろうか。
だが、何を伝えても言い訳になりそうで、ヒロは呼び止める勇気が湧かなかった。
一日中、悶々とした気持ちが収まらなかった。
チームの仲間だから付き合っていたのか知らないが、それでも共に過ごした日々が後悔を呼ぶ。
と共に舐められたくない自尊心と、掴んだ腕から伝わった強靭な肉体への恐怖が、今一歩のところでヒロの足を止めた。
信頼関係を時間と共に悪化させる。何度も経験してきた事だ。
「せめて話せれば、きっと……」
下校時の相手の姿を見つけたヒロは下駄箱へと急いだ。
その時、携帯電話に着信が入る。
画面を見たヒロの足が止まった。
友人の姿をもう一度眺めてから、渋い顔のまま電話に応答した。