01「需要供給と食物連鎖の違いとは」
「さあゲーム開始だ」
仲間にヒロはそう告げた。
国道沿いの大型ディスカウント店。その駐車場から色彩豊かな髪色をした若者たちが店内へと向かう。少し不摂生な体型の青年ヒロはポケットから出したガムを噛みながら、その後を追った。
乱雑に商品が積み上げられた、まるで迷路の様な店内を一般客のように物色しつつ進む。
ただ、同じフレーズのBGMが繰り返し流されるのは不快だった。
ここの店員は毎日聞かされていて心身が耐えられるものなのだろうか。きっと、入社時に強く洗脳されているに違いないと思った。
オーディオ関連のコーナーで、三人の仲間が待っていた。
そのまま素通りしたヒロは、見晴らしの良い通路の中央を陣取る。ガムを噛んで無表情を装うその背中に、仲間たちの視線が集まっているのがわかった。
店員が品出しの為にしゃがむのを確認して、後ろ手に組んだ指でOKサインを作る。背後から仲間の一斉に動く気配が伝わった。
わずか十秒ほどの作業。
これがもし素人ではこんな速く済ませる事は不可能だろう。それに無意識に監視カメラを目で追うなどして自滅する事も少なくはないのだが、経験を積んでいる彼らにそんな心配は無用だ。
修羅場という括りなら何度も潜っている奴らの事だ、手加減の無い暴力や高速運転のスリルに比べたら、こんな事は児戯に等しい。
さて、あとは撤収するのみ。
とはいえここで気は抜けない。出入り口に設置されたセンサー付近には、避けようとする犯人への店員の目が常に光る。また、強引に逃げおおせたとしても、今後の難易度が格段に上がる事は必至で大切な狩り場を失う事を意味した。
移動したヒロが探し物をするフリで通路を塞ぐと、仲間たちはトイレへと向かった。
扉が閉まった後に店員に不審な動きが無い事を確認して、ヒロは一人だけ店の外へと急いだ。
トイレの施錠された窓の前に立つ仲間。
安全のため、いやおそらく防犯のためだろう。一般的な半月型の鍵に太めの針金がぐるぐる巻きにされている。これを手で開けようと思う人間はいないと思われる。
……ギギッ……バチンッ!
それを工業用ペンチが楽々と切断した。
金属音に胆を冷やしつつ、素早く絡まった針金を解いていく。ほぐし終えた針金を床に投げ捨てて、そっと窓を押すと、換気のための数センチの隙間が開いた。
とても高校生が通れる隙間ではない。
そこから帽子とマスクで変装したヒロの顔が覗いた。次々に制服に隠していたDVDやゲームを仲間が手渡していく。
簡単なゲームだな、とヒロは笑った。
一時間ほど後。ヒロたちはハンバーガーショップにいた。
「いつも悪ぃね。なんか無理やり手伝わせてるみたいだよな。でも助かったよ、ホント」
「心配いらねぇよ。俺たち仲間だろ?」
「そうだよ。ヒロくんたちには色々助けてもらったんだし。こんな事で良ければいつでもやるよ」
ヒロの奢りのポテトを分け合う仲間たち。
「でもよ、あんな安く買い叩かれるとは思わなかったぜ。あのクソ店員っ!」
「まあまあ。つか、そろそろ店変えないとヤバくね?」
「万引きした商品だからなぁ。なあヒロ、ここいらが潮時なんじゃないのか」
「あいつらだってそれで稼いでんだっ! こっちの都合まで詮索される筋合いなくねぇっ?」
めちゃくちゃな事を言う。
仲間たちから失笑を買い、ヒロは席を立ってしまった。
「俺、帰るわ」
仲間の返事を待たずに店の外へ飛び出す。駐輪場でバイクのエンジンをかけていると、寄ってきた男に声をかけられた。
「おう。偶然だな」
「あ、……おう」
ヒロをチームに誘った張本人で、かつトップの男だった。元クラスメイトのその男の見た目は、華奢な顔と真面目そうな服装でその経歴を想像する事は難しい。事実、昔はヒロも男の本性に気がついていなかった。
「どうしたの?」
「ちょっと野暮用。何、帰るの?」
「うん。……それじゃ」
「ああ。そうだヒロ、あのさ……」
バイクにまたがるヒロを、男はその微笑みを浮かべたまま呼びとめた。