喫茶店にて
好きなのは隣のクラス、窓側最後列にいる吹奏楽部の子。
昼休みともなれば友達に会うフリして見に行ったりするくらには好きだ。視線は気づけばいつも彼女を追いかけている。周辺を探り未だ彼氏がいないというネタも、なんとかしてゲットした。身長が156.7というのは当たり前のこと、クツのサイズが23・5であり、お気に入りのキャラクターがディズニーのスティッチだということも知っている。知らないといえばスリーサイズだ。気になっている、だが反してさして重要な事項とも思っていない。大事なのはそんなものではないのだ。
彼女のことを思うと体の芯が熱を帯びる。胸中の奥が、ドキドキ、する。それはここのところ四六時中止まず、授業やテストの時には知らぬうちに事が終わっていることさえある。これはそう、かなりのところまでキテしまっている恋煩いなのだ。
もし自分が有体の人間で、普通に人類に分類され、ありきたりな男の子として存在していたのなら、とっくの昔にこんな想いはぶち明けていただろう。
ヒトを想うに差し障りのあることが、これほど苦しいとは思わなかった。
「そんなでけぇ溜息ついちゃ幸がにげるよ、ボーイ」
カウンターの向こう側で、厚く真っ赤な唇がゆったり動く。やたらと明かりに乏しい喫茶の店内に、その両目だけは異様に輝かしい。店主はタバコの煙をあっちの方へ吐きだし、一つ間を置いてから再びこっちを見た。
「『好き』って言うのは構わないだろうよ。けど、アンタは遺伝子をヤッちまった強化人間だ。で、彼女は普通の女の子。仮に寄り添ってハッピーになったってアンタ、その後はどうすんだい。奇形児でも生まして家族つくんのかい。そんでアンタの能力をねらってるヤツらから一生、守り続けるってのかい。アンタにそれができんのかいよ」
灰皿へねじ込まれる指先に、血管がうかぶ。オカマ店主はその野太い両腕を組むと、への字に口をつぐんだ。
言われても言われても、理論的に解決できないのが恋の悩みなのだ。昂ぶってる感情を「~だから」といって「はい、抑えましょう」なんて無理だ。本気なのだ。
「結婚するつもりもないし、子供をつくる気もないよ。ただ、彼女と一緒にいたいんだ。そばにいるだけで、ボクはそれで……」
オカマ店主の両目は相変わらず煌めいて、夜に見る動物の目のようだ。その奥で何を考えているのか、しばらく微動もしなかった。やがてへの字の口は開閉を始める。
「男と女ってな、くっ付いたら結局は離れるようにできてんだ。永遠なんざおとぎの向こうにでも捨てちまいな。焦がれてもアンタにゃ叶わない。いろいろとダメで、土台にして無理なんだよ。きっぱりすりゃ、生きやすくもなる。捨てちまいなよそんな希望は。すべてを賭けても今の日常を守んな。それぐらいだ、ワタシに言えんのは」