カランド(20)
[場所:教室]
マユ姉の用件はおおむねいつもどおりのものだった。自分はこれから用事があるから、変わりに帰りのホームルームにプリントを配ってほしいとのこと。毎週配られるクラス通信だ。
ここ一週間で起こった出来事やクラスの状況、コメントなどが掲載されている、マユ姉のオリジナルプリント。見た目はあんなんだけど、パソコンとかは人並みに使うことができるから、いつも一週間の最後の日などにせっせと自分の部屋で作業してるのを見かける。 時折クラスのことを聞かれることもある。何だかんだ言っても、マユ姉なりに教師として頑張ってるというのは俺も認めてる。抜けてるところは結構あるけどな。
[吹雪]:「はーい、みんな席着いてくれ。ちゃちゃっと帰りのホームルームしちゃうからよ」
俺の声にみんなは席に戻ってくれる。それと同時に、俺は渡されたプリントを端のほうから順番に配っていく。
[吹雪]:「おなじみのクラス通信です。家に帰ったら目を通してください。もう少ししたら冬休みに入ります、ちょうどテンションが上がってくる時期だと思いますけど、そういう時に事故っていうのは起きやすいから、注意しながら残りの期間を過ごしてください。最近は雪も降ってるから、路面は滑りやすいからそこも注意してください。――と、預かってた連絡はこんなところか。何か質問ある人はいるか?」
……特に質問はない、と。
[吹雪]:「じゃあ、今日はこれで終了です。今日も一日お疲れ様でした」
俺が締めたと同時に、生徒はわらわらと帰宅を始めた。ここで部活に出る生徒と帰宅する生徒とに別れる。
[愛海]:「はーい、吹雪先生、質問でーす」
[吹雪]:「……何だ? 日野?」
[愛海]:「今日はどうして先生はホームルームに来なかったんですか?」
[吹雪]:「何か用事があるらしいぞ、まあそんなに時間はかからないって言ってたが。どんな用事なのかは知らん」
[愛海]:「そうなんだ」
[吹雪]:「何だよ? 先生に話すことでもあったのか?」
[愛海]:「最近ホームルームを大久保くんがやる機会が多いから、何かあったのかなーって思ってね」
[吹雪]:「ピアノの練習と教師の仕事を両立してるからな。その影響なんじゃないか? 別に本人はそこまで辛そうにはしてないようだったが」
[愛海]:「……それはどうかな?」
どうしてそんな悪そうな顔をする?
[愛海]:「女ってのはたっくさんの顔を持ってるんだよ? 知ってた?」
[吹雪]:「まあ、よく言うよな」
[繭子]:「繭子先生も、そんな風に装ってるだけで本当は極度の疲労を抱えているかもしれない。そして、最終的には授業中にバタリと倒れてしまう。うわ言で大久保くんの名前を仕切りに呼ぶが、大久保くんはその様子を見守ることしかできない。……そこから始まる物語ですよ」
[吹雪]:「……何処にでもありそうな物語設定だな」
[愛海]:「何を言うの? 平凡な話ほど素敵な物語ってないのよ? 平凡こそ非凡これ即ち世の中の必然!」
[吹雪]:「誰もそんな格言を求めてはいないぞ」
[愛海]:「ええ~? 結構自信あったのにな~。そうは思わない? 舞羽」
[舞羽]:「え!? 私」
どうやら青天の霹靂だったようだ。