アンダンテ(6)
カランカラン。
「いらっしゃいませー、バーバロへようこそ――あ、吹雪くん、それに繭さん」
「おう、やってるな」
「こんばんはー、舞ちゃん」
「今日はどうしたの?」
「いや、料理作るのが面倒くさくなってな。ならここがいいってなってな」
「困ったものだよー、ふーちゃんには」
「どの口がそんなことを言うんだ? ああ?」
「いひゃーい、くふぃよふぉにひっふぁらないでー」
「まあ、そんなわけだ。いいか?」
「もちろんだよ、ゆっくりしていって」
「サンキュー」
「では、こちらにどうぞ」
喫茶店バーバロ、舞羽と日野が働いてる喫茶店だ。商店街の中にある人気のある店で、軽食からしっかり食べれるものまでバリエーション豊富なメニューがお客に好評のようだ。俺たちもここの料理は口に合うから、暇があればこうしてちょくちょく店に来ている。
「はい、メニュー。決まったらボタンを押してね? すぐに行くから」
「おう」
ピンポーン。
「あ、はーい、ただいま伺います」
舞羽は走ってお客のテーブルに向かっていった。
「完璧に板についたねー、舞ちゃん」
「そうだな」
まあ、一年もやればマスターしてもおかしくないか。スキルはあるはずだし、むしろ半年くらいでマスターしていたかもしれない。
「ワタシもやってみようかなー」
「やめとけ」
「考えもしないでー、否定するの早いよふーちゃん」
「教師もまともにこなせてない人間に喫茶店の店員などつとまるわけがないだろう」
「分からないよー? 教師の時は見せなかった意外な才能が開花するかも」
「教師って時点で意外性は使い果たしてるよ、マユ姉は」
「そ、そんなー。冗談きついよーふーちゃん」
「冗談だと思うか?」
「いやー、そんな目で見ないでー」
「さて、何にする? マユ姉」
「そんなさらっと切り替えるなんて!」
「いいから、早く決めて早く食おうぜ」
「うーん、じゃあ……何円までオーケーなの?」
「1000円がいいとこだな」
「1000円、野口さん1枚ぶんか、なるほど」
メニューをじっと見つめている。
「よし、きーめた」
「何にしたんだ?」
「鮭のムニエルセット」
「……おい、マユ姉の目は腐ってるのか?」
「ええ? 何で?」
「何で? 値段を見ろ値段を」
「1180円だよ」
「んなことは分かってる。180円オーバーしてるじゃないか。1000円までって言っただろ? 俺」
「だって、上一桁を切り捨てれば1000円になるじゃない」
「切り捨てを使うな。普通は1000円までって解釈で受け取るだろ」
「いいじゃーん、180円ぽっちー。細かい男は嫌われるよー? ふーちゃん」
「大ざっぱすぎる女もモテんぞ? マユ姉」
「ぶーぶー。こう見えて、ワタシ教師の間では評判いいんだからねー? ふーちゃんは知らないと思うけど」
「どうせロリ好きだろ、その先生」
「違いますー、そんなんじゃないもーん。というかふーちゃん、さらっとひどいこと言ったねー? お姉ちゃん結構気にしてるのにー」
「じゃあそのテキトーな振る舞いをやめるんだな。じゃなきゃ、どう頑張っても大人には見てもらえないぞ」
「年齢詐称じゃないよ、ワタシ」
「んなことは分かってる」
してると言われても納得できるが。
「努力しろってことだ」
「はーい。――で、いい? ムニエルセット食べても」
「はあ、……次はダメだからな」
「わーい♪ ふーちゃんありがとー」
しょうがない、俺は安いものにしよう。俺は呼び出しボタンをプッシュした。
「はーい、今行きます」
舞羽がオーダー用紙を持ってこちらに走ってきた。
「決まった?」
「ああ、客、結構いるのか?」
「人数はいつもとおなじくらいなんだけど、学生の団体が入ってて結構注文が入ってるんだ」
「なるほど。繁盛してるんだな」
「それなりにね。あ、メニューお伺いします」
「ああ、えっとマユ姉がムニエルセット、俺がミートスパゲティで」
「はい、かしこまりました。ムニエルセットの食後のお飲物は何がよろしいですか?」
「マユ姉、何がいい?」
「コーヒー、舞ちゃんの愛情ブレンドでー」
「ふふ、分かりました。じゃあ、少々お待ちください、なるべく早く持ってくるから」
「おう」
「……人気ありそうだねー、舞ちゃんは」
「まあ、性格いいからな、誰かと違って」
「なーんか心にダメージを負った感じがするのは気のせいかな」
「さあねー」
「ぶーぶー」
口を尖らせて言葉通りのブーイングをする。
「あ、そうだ、ふーちゃん」
「何だよ?」
「何だっけ?」
「知るかよ俺が!」
思い出したからそうだって言ったんじゃないのかよ。
「ちょっと待って、今思い出すから、うーんと」
……待つことしばし。
「あ、そうだ!」
「で、何だ?」
「……えっと」
「しっかりしろ、同じ件でお茶を濁すな」
「そうだそうだ、今度こそ思い出したよ」
しっかりしてくれよ……。
「ふーちゃん、マジックコロシアム出るんだってね?」
「あ、誰から聞いたんだ?」
「翔くーん。校内で言い回ってたのが聞こえてきたのー」
アイツ、別に教えてもいいが多分話を盛ってしゃべり散らしてるに違いない。
「出ないって言ってたのに、何でまた急に出る気になったのー?」
「まあ、ちょっとな」
「ふーん。そっか、出るのであれば、優勝目指して頑張ってね? クラスで応援してあげるから」
「そうか? でも、あんまり激しいのはやめてくれよ」
恥ずかしさを覚えるようなのは勘弁願いたい。
「分かった。情熱的なのにしてあげるねー」
「分かってないだろ、絶対に」
「にひひ。でもそっかーふーちゃんが出場かー。何か一気に楽しくなりそうな予感がしてきたわー」
「日野と同じようなことを言うんだな、マユ姉は」
「愛海ちゃんとー? そうなんだ、でも、普通の人はそう思うものじゃないの?」
「俺に聞かれても分からんよ」
「だってー、何て言ったって魔法の実技1位でしょー? ふーちゃんは。その人が出るってなれば、イヤでも期待は高まるよー」
「そんなもんかね?」
「そんなもんだよー。えへへー、さすがワタシの弟だね」
「……」
「ど、どうしてそこで無言ー!?」
「まあ、ほどほどにやるよ」
「……無理はしなくていいからね? 一応言っておくけど」
「分かってる」
「――でも、本当に吹雪くんには注目が集まってるみたいだよ? 愛海が言ってた」
舞羽が料理を持ってこちらにやってきた。
「お待たせしました。ミートスパゲティとムニエルセットです」
「わーい、おいしそう」
「日野が言ってたのか?」
「うん、ハルモニア学園最大のイベントになるかもって楽しそうに言ってた」
「あいつも翔と同じようなこと……」
まああいつらは性別は違えど、似たような性格をしてるからな。
「実を言うと、私も少し期待しちゃってたり……」
「おいおい、お前もかよ」
「だって、吹雪くん実力あるのに全然出ようとしないし、もったいないなーって思ってたの。無理強いはしたくないから言わなかったけどね」
「ああいうのは見てナンボだろう」
「ええ? そうなの?」
「俺の中ではそういう感じなんだけどな」
観戦するからこそ、コロシアムというのは最大限に楽しいものだと思う。自分が出るのは少々気が退ける。それに……まあ、これだけで理由としては十分だろう。
「舞羽も出てみればいいんだよ」
「ええ? 私は、あんまり自信ないから……」
「それだよ、それ。自分がその立場になったら躊躇っちまうだろう」
「ああ、そっか。でも、今回は絶対に出るんでしょう?」
「まあ、言っちまったからな」
今キャンセルなんてしたら、杠はカンカン&みんなの笑い者になること必至だ。
「全力を出すしかない」
「応援してるから、頑張ってね」
「ああ」
「勝ったらパーティしようよ? ホームパーティー」
「あ、いいですね。私、お料理作りますよ」
「舞羽が作ってくれるのか?」
「うん、久しぶりに作ってあげたいし」
「そりゃあ楽しみだな」
「でも、勝ったら、だよ? 優勝しなかったら少しだけ」
負けても食べさせてくれるってところが、こいつの優しいところだよな。
「頑張ってーふーちゃん。ワタシのために」
「ただ食いたいだけだろ、舞羽の料理が」
「ふーちゃんだって食べたいでしょー? 優勝目指すのみだよ」
「尽力はするよ」
「ふふ、あ、呼んでるから私行くね? ゆっくりしてってね」
「おう」
「ご馳走になるねー」
――バーバロの料理は、いつもどおりおいしかった。