ラルゴ(6)
・第三音楽室
[場所:第三音楽室]
[繭子]:「あ、違う、ここはシャープだから、あ、今度はナチュラルに……うーん」
[吹雪]:「落ち着いてやりな、マユ姉。自分のペースで弾いたほうがいい」
[繭子]:「うん、分かった。んー、ここがシャープでこっちも……」
ゆっくり、ゆっくりマユ姉は楽譜に沿ってメロディーを奏でていく。
[吹雪]:「ん? そこ、ちょっと音が違うんじゃないか?」
[繭子]:「うん、ワタシも思った。音がズレてたよね」
[吹雪]:「音が下がってるんじゃないか? 記号の見落としか何かなんじゃね?」
[繭子]:「うん、もう一回やるよー」
間違ったところを小説前からやり直す。今度は……クリアしたな。
[繭子]:「これだねー。またシャープの見落としだったみたい」
[吹雪]:「複雑な譜面だからな。見落とさないように注意しないといけないな」
[繭子]:「うん、気をつけるよー」
ひとまず、区切りのいいところまでは漕ぎ着けたな。
[繭子]:「はあー、指がクタクタだよー」
[吹雪]:「休憩入れるか?」
[繭子]:「うん、そうするよー。ふーちゃん、ジュースー」
[吹雪]:「はいはい、何がいいんだ?」
[繭子]:「あれ? あれれれ?」
[吹雪]:「何だよ、急に首傾げて」
[繭子]:「グキ、グキ……」
[吹雪]:「折れるくらいまで傾けんでいい」
[繭子]:「はあー、苦しかったー」
[吹雪]:「じゃあやらなきゃいいだろうに」
[繭子]:「とにかく、ちょっといつもよりおかしな現象が起きてるよ。ワタシには分かるー」
[吹雪]:「違うって、何が違うんだよ」
[繭子]:「いつもだったらさ、ジュースーって頼んだら、ジュース? そんなの自分で買いに行けよゴミ虫が! 的なことを言ってくるはずなのに」
[吹雪]:「……そんなひどいこと言ってないだろう、俺は」
[繭子]:「でも、似たようなことは言ってるよー」
[吹雪]:「いや、いくらなんでもそこまではないぞ。絶対に」
[繭子]:「なのに、バッド、今日は文句言わずに買いに行ってくれるって言ってくれてる。これがおかしくないわけがあるだろうか? いや、ない」
[吹雪]:「反語かよ」
[繭子]:「教師っぽいでしょー?」
[吹雪]:「いや、使おうと思えば誰でも使えるだろう」
[繭子]:「そうかなー?」
[吹雪]:「って、話が反れてるぞ」
[繭子]:「そうだったー。何で今日は買いに行ってくれるのー? いつものふーちゃんじゃないみたいだよー」
[吹雪]:「失敬だな。いつもどおりだぞ、俺は」
[繭子]:「じゃあ何で? WHY?」
[吹雪]:「変に英語織り交ぜんな。それに意味同じじゃないかよ」
[繭子]:「だってー、使いたかったんだもん」
自分の欲望のためにそんな回りくどいことを。
[吹雪]:「頑張ってるからだよ、マユ姉が」
[繭子]:「え?」
[吹雪]:「俺の役目は、ピアニストのサポートだ。それはマユ姉のサポートでもある。だから俺が買いに行くって言っても別に不思議なことじゃないだろう?」
[繭子]:「そうだけどー」
[吹雪]:「マユ姉にだけ厳しく当たってるわけじゃない。俺は努力してるものにはそれなりの対応をする。マユ姉なら分かってんだろう」
[繭子]:「それは、まあ、お姉ちゃんだし」
[吹雪]:「なら、それでいいじゃないか、別に」
[繭子]:「うー、うん」
[吹雪]:「ほら、何がいいんだ?」
[繭子]:「うーん、甘いのー」
[吹雪]:「大半のジュースが甘いんだが」
[繭子]:「じゃあふーちゃんの直感でいいよー」
[吹雪]:「分かった」
俺は小銭を持って自販機へと向かう。
……………………。