ラルゴ(3)
・第二音楽室
[場所:第二音楽室]
[聖奈美]:「――ふう」
弾き終わった杠が鍵盤から指を離した。
[聖奈美]:「どうだったかしら? 二人とも」
[吹雪]:「お前、すでに通して弾けるんだな。あんな難しいのを」
[聖奈美]:「選ばれたんだから、全力を尽くすのは当たり前のことよ」
[吹雪]:「ひょっとして、家でも練習してるのか?」
[聖奈美]:「ええ、もちろん」
当たり前のように返答してきたな。
[聖奈美]:「この行事、失敗は許されないんだから。成功するためには日々の鍛錬が重要、あたしは当然のことをしてると思うけど」
[吹雪]:「すごいな、お前……」
[聖奈美]:「そんなことは別にいいのよ。それで、どうだったの? 今のを聞いての感想は」
[吹雪]:「あ、ああ」
[聖奈美]:「前にも言ったけど、遠慮は無用だからね。控えて発言をされてもあたしのためにはならないから。思ったことははっきりと言いなさい」
[吹雪]:「わ、分かった……」
はっきりと、ね。そうは言われても、俺はそこまでピアノのことは分からないんだが。
[聖奈美]:「じゃあ、ダルクから。どうだったかしら?」
[ダルク]:「そうだね。前よりも格段に上手になってると思うよ。でも、まだリズムが曖昧な感じがするかも。早くなったり遅くなったりすることがあったね。それと、やっぱり強弱が大事かな。もっとはっきりつけないと、何だか全てが同じような音程に聞こえてしまうわ」
[聖奈美]:「リズム、強弱ね。分かった、感謝するわ」
ダルクから受けたアドバイスを、杠は用紙にメモしていく。
[聖奈美]:「大久保はどうだった?」
[吹雪]:「え、ああ」
どうする、何て言ったらいいだろう。テキトーなことは言えないしな。
[吹雪]:「うーん」
[聖奈美]:「何? ないの? ないわけはないでしょう?」
[吹雪]:「う、うん」
[聖奈美]:「今さっき言ったばかりでしょう? 遠慮は無用だって。何でもいいから言ってみなさい」
何でもいい、か。なら、
[吹雪]:「すっごく上手かったと思う。その調子で頑張ってくれ」
[聖奈美]:「な――!? ちょ、ちょっと大久保、あたしがそういうことを聞きたかったんじゃないわよ。お世辞はいらないわ」
[吹雪]:「お世辞なんかじゃねぇよ。俺は本当に上手いと思ったからそれを正直に言ったんだよ。遠慮はもちろんしてない」
[聖奈美]:「む、むう……」
[吹雪]:「これが素直な俺の感想だ。こういう意見は受け付けてはくれないのか?」
[聖奈美]:「ん……。し、仕方ないわね、もう。う、受け取っておくわよ。でも、今回のような発言は制限しなさいよ。じゃないと、逃げの一手と見なすから」
[吹雪]:「分かった」
[聖奈美]:「…………」
[ダルク]:「聖奈美、顔、すごく赤いよ?」
[吹雪]:「そ、そんなことないわよ。気のせいよ、気のせい」
[ダルク]:「そっか、……ふふ」
[聖奈美]:「な、何笑ってるのよダルク」
[ダルク]:「何でもないよ、何でも」
[聖奈美]:「きゅ、休憩入れるわ。大久保、ジュース買ってきなさい」
[吹雪]:「ん? 俺?」
[聖奈美]:「そうよ、あなたハーモニクサーでしょう? ピアニストのアシストが仕事なんだからそれくらいしなさい」
理論が何だか捻れてる気がするが、まあいいか。
[吹雪]:「何がいいんだ?」
[聖奈美]:「何でもいいわ、あなたがセレクトしなさい」
[吹雪]:「文句付けるなよ? 何を買ってきても」
[聖奈美]:「分かってるわよ、ほら、早く」
[吹雪]:「わ、分かったって」
[ダルク]:「あ、吹雪、私も行くよ」
ガチャ。
[聖奈美]:「…………」