エスプレッシーヴォ(4)
[場所:図書室]
[吹雪]:「それで、何を探せばいいんでしょうか?」
[カホラ]:「ええ、いくつかあるんだけど、そうね、吹雪には……うん、あれをお願いしましょう」
[吹雪]:「あれ?」
[カホラ]:「どれよ?」
[吹雪]:「いやいや、俺が聞きたいんですが」
[カホラ]:「ふふ、冗談冗談。昔の偉人のメリアスって人物、吹雪は知ってる?」
[吹雪]:「あ、はい。名前は聞いたことがあります」
何百年か前に、現代でも使われる魔法や発明品を残した人物だ。
[カホラ]:「そのメリアスの著した書があるはずなんだけど、それをとりあえず探してもらえないかしら? 私は私で違うものを探してるから」
[吹雪]:「先輩は何を?」
[カホラ]:「まあ、同じようなものをね。偉人の残した書、幾つか集めてそれぞれ個人的に解明していこうと思うのよ」
[吹雪]:「課題ですか?」
[カホラ]:「そんなとこかな? 結構あるから大変なの。今日中に終わるかは、吹雪の活躍にかかってるかもしれないわね」
[吹雪]:「そりゃ頑張らないといけないですね」
[カホラ]:「頼りにしてるわよ」
[吹雪]:「じゃあ、早速行ってきます」
……………………。
[吹雪]:「メリアス、メリアス……」
結構有名な人だから、何冊か残してると思うんだけどな。はしごを使わないといけないほど高くまで積まれた本を上から下までくまなくチェックしていく。
[吹雪]:「お、あった」
発明記、著者メリアスと記された本を発見。だが、
[吹雪]:「高いぜ……」
それがあるのはすっげぇ上のところだった。背伸びしたところで絶対に届かない。こりゃ梯子を借りるしかなさそうだ。
[カホラ]:「ふふ、そんなこともあろうかと」
[吹雪]:「おおうっ!?」
気づけば横には先輩。
[カホラ]:「もう、そんなに私って怖いの?」
[吹雪]:「いや、だって、さっき向こうに行ってたはずでしょう」
[カホラ]:「向こうに行っていたからといってずっとそこにいるとは限らないわよ。人間は、常に動いてるものなんだから」
[吹雪]:「は、はあ」
にしても、全然気がつかなかった。次からは気づけるようにいないと。
[カホラ]:「まあとにかく、吹雪が困ってると思って持ってきてあげたわよ、ほら」
[吹雪]:「おお」
先輩は梯子の前にどんと置いた。
[吹雪]:「俺、まだ何が欲しいのか言ってなかったのに」
[カホラ]:「言ったでしょう? 吹雪のことは何でも知ってるって」
[吹雪]:「マジですか」
[カホラ]:「本当は、吹雪が上を見て悩んでたみたいだったからなんだけど」
軽く舌を出しておどけて見せた。
[カホラ]:「どっちにしたって、使うでしょう? 梯子」
[吹雪]:「はい、助かります。あそこにあるんですよ、見えます?」
俺は上から3段目の本棚を指差す。
[カホラ]:「ありゃ、随分高いわね」
[吹雪]:「背伸びしても絶対に届かないですよ、あの高さは」
[カホラ]:「じゃあ、持ってきて正解?」
[吹雪]:「はい、大正解です」
[カホラ]:「ふふ、誉められた」
[吹雪]:「じゃあ、ちょっと使わせてもらいますね」
[カホラ]:「ええ」
俺は梯子をかけ、本に向かって少しずつ上っていく。
[カホラ]:「大丈夫? 吹雪」
[吹雪]:「はい、大丈夫です」
[カホラ]:「気をつけてね」
[吹雪]:「はい」
慎重に、慎重に……。よし、後少しだ。
[吹雪]:「よし、着いた」
後はこの本を抜き取って、下に降りるだけ。だが、
[吹雪]:「お、おおっ」
見なければよかったー、思った以上に下まで高さがあったー。
[カホラ]:「どうしたの? 吹雪」
[吹雪]:「い、いえ、問題ないですよ」
[カホラ]:「ひょっとして、高さに驚いちゃった?」
[吹雪]:「え? いえ、そんなことは、ないですよ?」
[カホラ]:「ふふ、そう」
強がり言ったが、先輩のあの顔、多分感づいてるんだろうな。俺のことは何でも知ってるって言ってたし。
[カホラ]:「ちゃんと押さえてるから、心配しないで」
[吹雪]:「はい、ありがとうございます」
とりあえず、降りよう。足下を見ながら降りれば問題はないはずだ。
[吹雪]:「そーっと、そーっと」
よし、このままいけば、問題なく。
[吹雪]:「――あ」
[カホラ]:「え?」
しまったー! 足を踏み外したー。何でだよ? 俺一時も目を離さず足下を見ていたのに。……あ、よく見たらあれ、先輩の足じゃないか。俺の馬鹿ー!
[吹雪]:「ぎゃああああ!?」
[カホラ]:「きゃああああっ!?」
バランスを失った梯子はゆっくりと傾いていく。俺の体は梯子を離れ、先輩めがけて一直線。
[吹雪]:「うわああああっ!?」
ドン。
ガタンガタン。
大きい音を立てて、梯子は後方に倒れた。
[吹雪]:「いっててて……」
うー、助かった。どうやら体に異常はないらしい。
[カホラ]:「ふ、吹雪」
[吹雪]:「ん?」
何だろう、顔にすごい柔らかな感触がする。一体これは……?
[カホラ]:「ちょ、ちょっと吹雪。顔、顔どけて」
[吹雪]:「え? ……」
こ、これは、ひょっとして――!?
[カホラ]:「うわああああああああっ!?」
俺は急いで顔を離した。自分が何をしてやがったかようやく理解できた。
[吹雪]:「すすすすす、すいませんでした先輩。おおおおお、俺、俺、せせせせせ先輩にとんでもないことを」
[カホラ]:「と、とりあえず落ち着きなさい。口が回ってないわよ」
[吹雪]:「あ、は、はい。スーハー」
[カホラ]:「落ち着いた?」
[吹雪]:「あ、え、えっと、えっと、そそそその……」
[カホラ]:「変わってないじゃない、もう一回深呼吸。落ち着いてしなさい」
[吹雪]:「は、はい。スーハー、スーハー」
[カホラ]:「どう? 今度は大丈夫?」
[吹雪]:「は、はい、す、すいませんでした!」
俺は大きく頭を下げた。
[吹雪]:「お、俺のせいであんなことに、ごめんなさい」
[カホラ]:「いいわよ、大丈夫。事故だったんだし、吹雪は自ら危険を犯してまで胸に飛び込みたいと思うほどやんちゃじゃないはずだしね」
[吹雪]:「そ、それはもちろんです」
[カホラ]:「ならいいわ、許してあげる。梯子登る時は気をつけなさいよ」
[吹雪]:「は、はい」
随分あっさりと、普通ならパンチやキックが飛んできても不思議ではないのに。やはり先輩の物腰は大人だな。
[カホラ]:「怪我はしてない? 吹雪」
[吹雪]:「はい、それはもう」
[カホラ]:「そうね、私のがクッションになったしね」
[吹雪]:「な、ちょっと、先輩!?」
まさか自ら言い出した。
[カホラ]:「そんなに驚かなくてもいいじゃない」
[吹雪]:「いや、だって」
[カホラ]:「吹雪って思ったより純情な男の子だったのね。年頃の子はもう少し楽しそうにこの手の話をするはずなのに」
[吹雪]:「普通はおおっぴらにそんな話はしませんから」
[カホラ]:「あら、だって翔はよくそんな話をするじゃないの」
[吹雪]:「あれは度が過ぎてるんです。普通の男子の行動じゃないですから」
[カホラ]:「そうなの?」
[吹雪]:「そうです」
あんなのが男子の一般的言動だったら、女性と男性で戦争が起こってもおかしくない。
[カホラ]:「吹雪はそういうのに興味ないの?」
[吹雪]:「いや、そういうわけじゃ」
[カホラ]:「じゃあ好きなの?」
[吹雪]:「ま、まあ……」
男なら、誰だって好きなはずだ。
[カホラ]:「一応興味はある?」
[吹雪]:「そう、ですね」
[カホラ]:「そう。うふふ……」
何がおかしいんだ?
[カホラ]:「また、吹雪のことに詳しくなったわね」
[吹雪]:「嬉しくないですよ、そんなこと言われても……」
[カホラ]:「ふふ。そういえば本は?」
[吹雪]:「あ、はい。どうぞ」
降りるのに失敗はしたが、本は死守していた。
[カホラ]:「ありがと。じゃあ、残った本を探しましょうか」
[吹雪]:「分かりました」
[カホラ]:「あ、一つお願い」
[吹雪]:「?」
[カホラ]:「あんまり、感触とか思い返さないようにね」
[吹雪]:「っ!? ちょ、先輩!?」
[カホラ]:「あはは、吹雪、顔真っ赤よ」
[吹雪]:「先輩のせいじゃないですかー」
[カホラ]:「だって、被害者は私だもの、当然のことよー」
……………………。
…………。
……。
次回は選択肢・生徒会室の話になります。