カンタービレ(10)
・第三音楽室
[場所:第三音楽室]
よし、入るか。俺はドアをノックした。コンコン。
[繭子]:「はーい、どうぞー」
この声は、うん、絶対にそうだな。
[吹雪]:「失礼します」
俺はドアを開けて入室する。
[繭子]:「あ、ふーちゃん、おーい」
[吹雪]:「そんな近いところで手を振らなくても、分かってるよ」
ちっこいのがピアノの前に座っていた。どうやらマユ姉の練習場所だったようだ。
[繭子]:「どうしたの? 職員室と勘違いー?」
[吹雪]:「んなわけないだろ? ハーモニクサーの使命として来たんだよ。学園長から説明聞いただろ? 昨日」
[繭子]:「あ、そっか。じゃあ、ふーちゃんはワタシを選んでくれたんだねー?」
[吹雪]:「まあ、選んだっていうか」
テキトーに選んだっていうか。
[繭子]:「さすがふーちゃん、姉を尊重する心をちゃーんと持ち合わせてるんだね」
[吹雪]:「尊重?」
[繭子]:「うん、尊重」
[吹雪]:「ま、まあいい。とにかく、練習してたんだろ? マユ姉は」
[繭子]:「うん、そうだよ。偉い? エラい?」
[吹雪]:「いや、使命なんだから当然だろ」
[繭子]:「うー、エラいって言ってほしかった~」
[吹雪]:「ちゃんと使命を全うできたら言ってやるよ」
俺も人のことは言えないんだろうけど。
[吹雪]:「どこまで進んだんだ?」
[繭子]:「実を言うと、まだ弾いてないんだ。一応、どれがどの音の鍵盤かってことは分かってるんだけど、記号とかまでは完璧に覚えてなかったから」
[吹雪]:「なるほど」
そうだよな、マユ姉は音楽の先生とか言うわけでもない。ピアノは弾けなくはないだろうが、舞羽ほどではないだろうしな。
[繭子]:「道は険しそうだよー」
[吹雪]:「かもしれないけど、頑張るしかないだろ。選ばれたんだしな」
[繭子]:「そうだねー、んー、フェルにでも手伝ってもらおうかなー?」
[吹雪]:「フェルシア先生、ピアノできるのか?」
[繭子]:「ううん、ワタシとどっこいどっこいだよ」
[吹雪]:「じゃあ、ダメじゃないか」
[繭子]:「いるだけでお手伝いになるんだよー」
なるほど、お守りってわけだな、だがーー、
[吹雪]:「フェルシア先生の迷惑になるから却下だ」
[繭子]:「う、やっぱり……」
[吹雪]:「やっぱりって、分かってたのかよ」
[繭子]:「うん、薄々ー」
[吹雪]:「じゃあ口に出さなくてもいいだろ」
[繭子]:「ひょっとしたら、って思ってー」
[吹雪]:「ねぇよ」
[繭子]:「ぶー」
[吹雪]:「俺が手伝うから、文句言うな」
[繭子]:「え? ホントに?」
[吹雪]:「だから言っただろ。ハーモニクサーの使命で来たって」
[繭子]:「あ、そっかー。わーいやったー」
[吹雪]:「話聞いてろよな、ホント」
[繭子]:「うん、次はききまーす」
ホントに分かってんだろうか、多分分かってないんだろうな。
[吹雪]:「時間がもったいない。俺は何を手伝えばいいんだ?」
[繭子]:「うーん、じゃあ、そうだなー。……今は特にないから、ふーちゃんはワタシを見守っててくれない? まずは楽譜を読めるようにしないと始まらないからね。今日で一通りに目を通しておきたいから。いい?」
[吹雪]:「ああ、構わないよ」
そもそも俺に口出しできる権限はない。
[繭子]:「じゃあ、そんな感じでよろしくしていい?」
[吹雪]:「分かった」
俺はマユ姉の要望どおり、マユ姉の様子を見守っていた。久々に、マユ姉が真剣に物事に取り組んでいる姿を見た気がした