カンタービレ(9)
・第二音楽室
[場所:第二音楽室]
さて、第二音楽室に来てみたけど、誰がいるんだろう。
[聖奈美]:「ダルク、どう?」
[ダルク]:「うーん、もう少しそこは弱く弾いたほうがいいんじゃないかな? じゃないと力任せに弾いてるように見えるかも」
[聖奈美]:「そう、分かったわ。気をつけてみる」
中から声が聞こえる。ダルクって呼んでるあたり、中にいるのは杠だろうか? 何か言われるかもしれないが、とりあえず入ってみよう。
[吹雪]:「失礼します」
ノックをして俺は入室した。当たり前だが、一人と一匹は俺のほうに視線を向ける。
[ダルク]:「あ、吹雪」
[聖奈美]:「…………」
[吹雪]:「おう、ダルク」
やっぱり、杠からあいさつはないか。まあ、薄々分かってたけどな……。
[聖奈美]:「ハーモニクサーの仕事で来たのかしら?」
[吹雪]:「ああ、そうだ」
[聖奈美]:「そう、あたしを指名した理由は?」
[吹雪]:「いや、教室に誰がいるまでは把握してなかったから、特に理由はないんだ」
[聖奈美]:「ふぅん、そう」
[吹雪]:「邪魔になるなら、違う所に行ってもいいぞ? 別に」
[聖奈美]:「……まあいいわ。折角だし、練習でも見てもらおうかしら。こっちに来て」
相変わらず上からなのは変わらないか。まあこれがあるから杠だってことを認識できるわけでもあるが。
[聖奈美]:「ほら、早く」
[吹雪]:「あ、ああ」
俺は言われるままに杠の元に向かう。
[聖奈美]:「まずは、これ」
[吹雪]:「ん?」
どうやら楽譜のようだ。
[吹雪]:「いいのか? 俺に渡して」
[聖奈美]:「問題ないわ、ん」
杠は俺の前にもう一つ楽譜を見せる。
[聖奈美]:「こんなこともあろうかと、何部か余分に印刷しておいたのよ」
[ダルク]:「私も持ってるよ」
ダルクも小さい体に楽譜を抱えている。
[聖奈美]:「何事にも準備は怠っちゃだめなのよ」
[吹雪]:「なるほど」
[聖奈美]:「じゃあ、早速弾くから。ここはこうしたほうがいいとかあれば、遠慮なく言ってちょうだい」
[吹雪]:「ああ、分かった」
[聖奈美]:「行くわよ」
杠は一度深呼吸して、指を鍵盤に走らせた。
[聖奈美]:「…………」
何て言うか、普通に上手い。まだ最初だからか、少し突っかかりそうなところはあるけど、大きく停止することはなく、流れるように曲が紡がれていく。
……………………。
…………。
……。
[聖奈美]:「――ふう」
数分して、一旦杠の演奏は終わった。
[聖奈美]:「どうだったかしら?」
[吹雪]:「その前に一つ、いいか?」
[聖奈美]:「え? 何よ?」
[吹雪]:「お前、ピアノの経験者なのか?」
[聖奈美]:「ええ、そうよ。それがどうかしたの?」
[吹雪]:「いや、どうしたっていうか……」
[聖奈美]:「あたしがピアノ経験者だと、何か問題でもあるの?」
[吹雪]:「いや、そういうことを言ってるんじゃなくて」
[聖奈美]:「じゃあ、何?」
[吹雪]:「いや、特にはないんだけど」
[聖奈美]:「興味本位ってわけ?」
[吹雪]:「まあ、うん」
そうなるの、か?
[聖奈美]:「ま、別にいいけど。そうよ、あたしはピアノ習ってたわ。小学校の頃からかしら。歴としては6年くらいってところかしら」
[吹雪]:「そうなのか」
[聖奈美]:「これで満足?」
[吹雪]:「え? あ、ああ」
[聖奈美]:「じゃあ、話を戻すけど、どうだった? 聞いた感想は?」
[吹雪]:「ああ、普通に上手だったと思うが」
[聖奈美]:「……ちょっと大久保、もう少し真面目にしなさいよ」
[吹雪]:「え?」
[聖奈美]:「あたしはそんな解答を求めてないの。何かしらあるでしょう? ここはこうしたほうがいいとか。本当にそう思ったのなら、あまり強くは言えないけど、そんな生易しさでクリアできるほど、この行事は甘くないわ」
[吹雪]:「あ、ああ、そうだな」
[聖奈美]:「もっと突っ込んだ意見を言ってちょうだい。でないと、あたしのためにならないわ」
[吹雪]:「そうだな、悪かった」
こんな形で反感を買ってしまうとは、ちょっと予想外だ。確かに、こんな曖昧な意見じゃあこいつに失礼か。次はもっと真剣に意見を出すとしよう。
[ダルク]:「ドンマイ、吹雪」
[吹雪]:「おう」
[ダルク]:「じゃあ、もう一回、今弾いたとこまで弾くから」
杠はもう一度鍵盤に向かった。