アンダンテ(3)
――というわけでだ、オレはマジックコロシアムに出るぜ」
「ふーん」
「おいおい、反応薄すぎじゃないかい!? 吹雪よ」
「というより、もっと分かりやすく話を始めてくれ。はい、もう一回」
「オレは、マジックコロシアムに出る」
「おい、同じじゃねぇかよ」
「これで分かりやすいじゃないか、オレが言ったとおりだよ」
「分かりずらいことこの上ないぞ? どうして、何故、WHY?」
「おお、見事な三連コンボだぜ」
「食いついてないで質問に答えな」
「オレとお前の仲じゃないか~? 言わなくても薄々分かってんだろ?」
「……かわい子ちゃんゲットを狙ってか?」
「そのとおり、グットアンサー!」
普通は否定するのが筋なんだが、こいつには何を言っても無駄か。
「マジックコロシアムって言えば、この島じゃ指折りの注目イベントだろ? そこでオレが華麗にエレガントにそしてかっこよくステージで舞えば、オレの評価はぐっと上昇。女の子もメロメロになるに違いない。どうだ? いい考えだろ? 否の打ち所ないだろ?」
「残念だが、とってもたくさん非の打ち所があるぞ? まず、華麗とエレガントは似たような言葉だから、同じことを二回言っているようなものだ。繰り返す必要はない。お前を見てくれる女の子も確かにいないとは限らないが、お前の他にも男の出場者はたくさんいるはずだ。お前だけを観客が見てる可能性は0だ。勝手に良いように解釈はしないほうがいい。後、これが最大の否の打ち所だ」
「あ、ああ……」
「お前、魔法ほとんど使えねぇだろうが!」
「はっ!?」
「マジックコロシアムは、名前のとおり、魔法で戦うイベントなんだ。肉弾戦は基本的に禁止だ。さっきマユ姉も言ってただろう?」
「んーそうだったぜ。どうすっかな~。あ、その唐揚げ一つもらい」
「おい、俺のメインディッシュに何をする?」
「いいだろ~? 一個くらい。んー、なかなか美味いな、これは」
「ったく、後二つしかないってのに……でだ。そんなわけだから、お前はコロシアムには出ないほうがいいと思うぞ?」
「でもよー、折角の行事だぜ? 楽しまなきゃ損じゃないか? 観戦するよりかは、対戦したほうが楽しいだろ?」
「確かにそうかもしれないが、お前は魔法をほとんど使えない。そんな奴が出場しても、勝てる可能性なんてぶっちゃけ0に等しいだろ」
「何かないかよ? 詠唱しなくても成功する魔法とか」
「ねぇよ、そんなもの」
「じゃあ、手軽に使えて威力絶大なものとかは?」
「あったらとっくにみんな使ってんだろ?」
「んー、くそー、何か打開策はないのかー?」
「俺が知るわけないだろ? あ、舞羽、それと俺のシューマイ交換しようぜ」
「あ、うん、いいよ。はい」
「サンキュー」
「おい~、楽しそうに昼食食ってないで、何かいい方法考えてくれよー」
「んなこと言われてもよー、なあ? 舞羽」
「うん、私たちは出ないから。マジックコロシアムに」
「友達が、親友が困ってるのにお前らは手を貸さないというのか? その行為はあれだぞ? 下が谷底になってる不安定なつり橋を渡ってる最中に不運にも橋が壊れて、かろうじてぶら下がって下に落ちないように必死にこらえてる友人を、『ふ、お前とはここまでだ』って言ってその場を去ろうとする行為と同じだぞ」
「長いんだよ台詞が! もっとコンパクトにまとめろ、コンパクトに」
「助けてー」
「だが断る!」
「そこを何とか吹雪ちゃん」
「じゃあ、一つだけアドバイスしてやる」
「え? 何なに?」
「出るのやめな」
「解決してねぇじゃーん」
「だー、飯くらいゆっくり食わせてくれよ」
さっきから箸を進めることができねぇんだよ。
「なあ、何かないのか? オレでも簡単に使える魔法って」
「教科書を読めばいいんじゃない? 1年生で習うのだったら翔くんでもできるんじゃない?」
「1年生で習ったのって何だっけ?」
「忘れちゃったの!?」
「えーっと……えへ♪」
「マジでやめれ、お前」
「あきらめたらそこで試合終了だよ!」
「お前は論外なんだよ! あきらめなかったらどうにかなるレベルじゃない」
「そ、そんなにバッサリと……ひどいよ吹雪ちゃん」
「現実をありのままに伝えて何が悪いというんだ」
「もうちょっとオブラートに包んでくれてもいいじゃない、な?」
「お前は、ダメな子」
「ぐああ……穴が、肺に穴が開くぅ~~」
「――何話してるんだい? 吹雪」
「おう、祐喜」
紳士的な笑顔を浮かべて、かっこいい青年がこちらにやってきた。
コイツは芳田祐喜。俺の友達で、同級生だ。翔とは違って真面目で話が分かるいい奴だ。実は生徒会に入ってたりもする。だから風紀にもしっかりしている。
「何か楽しそうにしゃべってたみたいだけど。何の話をしてたんだい?」
「コイツに自分の現状を突きつけてやってたんだ」
「オレ、すっげぇ傷つけられた」
「そうなんだ。で? 翔がどうかしたの?」
「慰めてくれないの? 祐喜よ」
「事の経緯を知らないとね。何かあったのかい?」
俺は今の話を祐喜に説明してやった。
「――ってわけなんだ」
「うん、なるほど。翔」
「ああ?」
「出るの、やめなよ」
「お前まで同じことを~~!?」
「だって、はっきり言っちゃえば自業自得だろう? 授業を話半分に聞いてた翔に否があるよ」
「祐喜のおっしゃるとおりだぞ、翔」
「そんなこと言われたって……睡魔っていうモンスターがオレに容赦なく襲いかかってくるんだぜ? あれはどんなに足掻いても倒せないじゃねぇか」
マユ姉と同じようなことを言いやがる。
「確かにそうかもしれないけど、そこで踏ん張らなきゃ。だから、翔はテストの点数が上がらないんだよ」
「グッサー……痛恨の一撃がオレの左胸を抉った……」
「事実だからさ、真摯に受け止めなきゃ」
「真摯って何?」
「そこからかよ!」
「あはは……」
横で舞羽は苦笑いを浮かべていた。
「明日って言ってたよね? テストの結果が分かるのって?」
「ああ、そう言ってたな」
「吹雪はどうなんだい? いい成績が残せそうなの?」
「んー、まあ、いつもどおりかな? キープできていればいいって感じだ」
「舞羽ちゃんは?」
「私は……前より上がってると嬉しいかな?」
「勉強したもんな、3人で」
「3人……あー、繭子先生か」
「役立たずだったけどな」
「あ、あはは、疲れてたんだよ、きっと」
「舞羽、かばわなくていい。あれは誰がどう見ても役立たずだった」
「う、うん……」
「そんなにひどかったのかい? 繭子先生」
「ああ、ひどいなんてもんじゃない。あれは、完全に俺たちの邪魔をしてた」
「そうなの?」
「祐喜は考えられるか? 勉強してるっていうのに、横でハマってるアニメの話をするなんて」
「ん、ん……」
「集中して勉強やろうとしているのに、ゲーム一緒にやろうよと誘ってきたり」
「……うん、それはちょっとね」
「だろ? テストがない時ならまだしも、テスト期間中にそれってどうなのよ? 普通教師なら、勉強を促すのが当たり前だろ」
「そうだね」
「だから、あの時ばかりは説教したね。邪魔しないでくれと」
「吹雪くん、すっごいチョップしてたもんね」
「チビ介のしつけにはあれが一番効果的だからな。それに、あれをしなかったら自室に退却してくれなかっただろうよ」
「そうかもしれないね」
「大変だったんだね、二人とも」
「ああ、祐喜はどうなんだ?」
「僕? 僕も……そうだね、前と同じくらいだと嬉しいかな」
「そうか、お前ならきっと大丈夫だろ」
「あはは、そうかな?」
「祐喜くんは頭がいいから。私も大丈夫だと思うよ」
「ありがとう舞羽ちゃん。うん、頑張るよ、何を頑張ればいいのか分からないけど」
「終わっちまってるもんな」
「だね」
顔を合わせて笑いあった。
「――で? お前はどうなんだ? 翔よ」
「今回は、最下位じゃない予感がするぜ。オレは」
「その台詞、一年の時からずーっと聞いてるが?」
「今回は大丈夫だ、自信があるぜ」
「それも、前から聞いてるよね……」
「今回のオレは一味違う、何故ならだ――全ての空欄を埋めたからな」
おお、それは確かに、今までとは違うな。
「何も書かなければ正解はもらえない。だったら何かしら書いて正解の可能性を少しでも上げればってことに気付いたんだ」
「お前にしては、まともな考えだな」
「オレはいつだってまともだぜ」
「それはない」
「即答!?」
「声がでかいって。でもそうか、全部埋めたんであれば、守り続けてきた最下位を返上できるかもな」
「だろ? だろ? 頑張っただろ? オレ」
「喜ぶのはまだ早いだろ? 明日にならないと分からない」
「いい結果になるといいね、翔くん」
「須藤は優しいな~。ミス・ハルモニアに選ばれても全くおかしくないぜ」
「え? そ、そんなことないよ」
舞羽は少し赤くなりながら手を横に振った。
「あるある、大アリクイだぜ」
「…………」
「突っ込まないの? 吹雪ちゃん」
「ん? ああ、そのほうがお前のためになると思って」
「いらねぇよ、そんな気遣い! 吹雪の鋭いツッコミが入らないと、ボケが成仏できないだろう」
「ボケる必要性なんてないんだよ、それよりも、話を続けろ」
「ああ、そうだ。お世辞じゃなく、須藤は美人だぜ。オレが保障する」
「そ、そんなことないってば」
「いや、ある。このオレが言ってるんだぜ? 女の子は星の数ほど見てアタックしてきてるんだぜ?」
「でも、星の数ほど失敗してるよね」
「ぎゅああああ!? それは、言ってくれるな……」
胸を押さえて苦しそうにもがいてみせる。
「とにかくだ、須藤が初対面で街を歩いてたら、間違いなくオレは声をかける自信がある。そう、翔だけに!」
「…………」
「…………」
「…………」
「だから、何か突っ込んでくれよ」
「いやお前、今のはないわ」
「うん、食堂中が凍りついたよね」
「あ、あはは……」
「どうしてくれるんだ? この空気」
「え、あの、その……さーせんした!」
翔は立ち上がり、深々と頭を下げた。
「これでいいですか?」
「もう、寒いギャグは言うな。オーケー?」
「オーケーオーケー」
本当に分かってるんだろうな、コイツ。
「とにかく、声をかけたくなるほど、須藤はかわいいってこと」
「ふ、普通だよ、私は」
「普通なものか、美女だよ美女。――というわけで、今度デート行きませんか?」
「唐突だな、おい」
「オレの生きがいだぜ? どうでしょうか? 須藤さん」
「えっと……ごめん、遠慮しとくよ」
「何故? 何故に?」
「え、えっと……」
「理由ないのに断ったの!?」
「う、うん……」
「がはああっ!? 痛恨の一撃……」
「まあ、普通はそうなるよね」
「ああ、当然だ」
そんなんで女の子が着いてくるわけはない。
「ふ、だがオレはあきらめないぜ? 今からでも、この食堂にいる女子を――」
「はい、アウト」
「あおおっ!?」
祐喜は翔の前にイエローカードを差し出した。
「一応僕は風紀委員だからね。公共の場でナンパはダメだよ、翔」
「い、いいじゃねぇかよ少しくらい。減るもんじゃないだろ~?」
「翔はそうかもしれないけど、翔に声をかけられた女の子がかわいそうでしょ?」
「ぐああああっ!?」
なかなかにストレートなものいいだな、祐喜よ。
「だから禁止、次やったら、ペナルティーだよ」
「うう、仕方ねぇな」
当然のことなんだがな。コイツに言っても無駄か……。
騒がしい昼食タイムだった。