カンタービレ(3)
[場所:山道]
四季のピアノはそれぞれ、島の最北、東、南、西に存在している。で、そのピアノは小さな神殿のような中に置かれている。どうしてかは、分からない。俺が生まれた頃にはすでにそこにあった。当たり前か、何年も何年も繰り返してきたことだしな。なければ逆におかしいだろう。
ま、しかし、先輩が気になるのも分かるな。神殿の中に設置されてるピアノだからな、それなのにあまり詳しい文献が残されてない。浪漫があるもんな。真実を聞いてみたい気もする。
にしてもだ。
[舞羽]:「はあ、はあ……」
[セフィル]:「疲れたか? 舞羽」
[舞羽]:「あ、大丈夫です。はあ、はあ」
[繭子]:「ふーちゃーん、おんぶ~」
[吹雪]:「だー、もう少しだろう? 一人で歩け一人で」
[繭子]:「だってー、疲れたんだもん」
[吹雪]:「普通は教師が率先して生徒を心配すべきじゃないのか」
[繭子]:「今は教師じゃないもん、ピアニストだもん」
[吹雪]:「まだ弾いてもないくせに」
[繭子]:「おんぶして~、ワタシはお姉ちゃんだよ~」
[吹雪]:「関係ねぇだろそれは。ギャーギャー騒ぐんじゃねぇ」
[カホラ]:「相変わらず仲いいね、あの二人は」
[セフィル]:「……ふむ、カホラ」
[カホラ]:「何? お母さん」
[セフィル]:「疲れた、おんぶして」
「お母さんは真似しなくていいから!」
……………………。
[セフィル]:「よし、着いたぞ」
道が開けると、そこには立派な神殿があった。
[繭子]:「ふー、疲れたね~」
[吹雪]:「何が、疲れただよ、このチビ介が」
[繭子]:「ふーちゃん、ありがとね~」
結局俺は、マユ姉をおぶってここまで歩いてきた。
[繭子]:「さすがは男の子だー」
[吹雪]:「勝手に飛びついてきたんだろうが。もうしないからな」
[繭子]:「えー!? 横暴だよ~」
[吹雪]:「どっちがだよ! このままじゃあ俺の体が保たないだろ」
[繭子]:「大丈夫だよ、男の子じゃない」
[吹雪]:「男にも限界ってものがあるんだ」
[繭子]:「うー」
[セフィル]:「おい、吹雪、繭子、早く中に入るぞ」
[繭子]:「あ、はーい」
[吹雪]:「走れるんじゃねぇかよ」
何が一歩も歩けない、だよ……。
[カホラ]:「大丈夫? 吹雪」
[吹雪]:「あ、はい。何とか……」
[カホラ]:「ふふ、お疲れさま」
先輩に言葉をかけてもらいながら、俺は神殿の中に足を踏み入れた。
[場所:神殿]
[繭子]:「うわー、すごいなー」
[セフィル]:「中に入るのは初めてか?」
[繭子]:「はい」
[吹雪]:「というより、普通そうですよね、学園長」
[セフィル]:「まあ、普段は立ち入り禁止だからな。入ったら校則違反だ」
[聖奈美]:「じゃあ、みんな初めてじゃなきゃおかしいですよ」
[セフィル]:「そうだな、よく校則を守ってくれたな、みんな」
言っちゃ悪いが、いらない確認だな。
[舞羽]:「――うわー、すごい」
[カホラ]:「そうね」
[聖奈美]:「これが、四季のピアノ……」
[繭子]:「おっきい~」
本当に、でかいな。グランドピアノと同じくらいだろうか。さすがは四季のピアノ、神々しいというか威風堂々というか、人目でこの島の誇る聖なる楽器ということが分かる。
[セフィル]:「どうだ? 初めて見た感想は」
[舞羽]:「はい、すごいです。こんなすごいピアノ見たの、生まれて初めてです」
[セフィル]:「普通はあるってことを知らされるだけで、実際に見ることはできないからな。ピアニストとハーモニクサーのみが見ることが可能なんだ」
[舞羽]:「やっぱりそうなんだ。何だか、得した気分」
[繭子]:「おっきいなー、ホントに。一体いくらなんだろう」
[吹雪]:「おい、値段を計ろうとするなよ」
お金で換算できる価値のものじゃないだろう。
[セフィル]:「どうだろうな、億ではきかないだろうな、おそらく」
[吹雪]:「学園長、真面目に返さなくていいですから、こんな戯れ言に」
[繭子]:「ひゃう!?」
[セフィル]:「うむ、やはり素晴らしい突っ込みだ。惚れ惚れするな」
[吹雪]:「食いつかなくていいですよ、そこは」
学園長には、カホラ先輩と似てる面と似てない面があるな。
[セフィル]:「よし、みんな、こっちに来るんだ」
学園長がピアノの近くに呼び寄せる。
[セフィル]:「ここは春を司るピアノだから、桜花のピアノだ。今からピアノに、弾いてもらう者を選んもらう。四人はさっき渡した石を用意しろ」
言われて四人は石を取り出す。
[吹雪]:「学園長、俺はどうしてればいいですか?」
[セフィル]:「ああ、悪いが端の方で見ていてくれ」
[吹雪]:「分かりました」
[セフィル]:「さあ、四人とも、もっと近づくんだ」
[繭子]:「何だか、緊張してくるね」
[舞羽]:「そうだね」
[セフィル]:「よし、じゃあ宝玉を握って、そして集中するんだ」
[舞羽]:「…………」
[繭子]:「…………」
[聖奈美]:「…………」
[カホラ]:「…………」
四人は目をつぶって、精神を集中させる。すると――。
[舞羽]:「わわっ!? な、何!?」
舞羽の右手から、すごい輝きが放たれる。
[舞羽]:「ど、どうすれば」
[セフィル]:「落ち着け舞羽、そのままでいい」
[舞羽]:「は、はい」
しばらくすると、光は少しずつ収まっていく。
[セフィル]:「うむ、終わったか」
[吹雪]:「びっくりしたな」
[セフィル]:「どうやら、桜花のピアノは舞羽を選んだようだな」
[舞羽]:「え? 今のがそうなんですか?」
[セフィル]:「ああ、右手を開いてみるといい」
[舞羽]:「はい。――あっ!」
舞羽は驚いたような声を上げた。
[繭子]:「何なに? 舞ちゃんどうしたのー?」
[舞羽]:「は、はい。宝玉が……」
[聖奈美]:「変化、してるわね」
[カホラ]:「すごい」
確かに、三人が持っている石と舞羽の持っている石はかなり違いが生じている。色が赤に変わっていて、何より輝きが増している。さながら宝石のようになっていた。
[舞羽]:「学園長、これって」
[セフィル]:「うん、その宝玉の変化が、舞羽が桜花のピアノに選ばれた証拠だ」
[舞羽]:「そうなんだ」
[カホラ]:「宝玉が違う形に変化するなんて、不思議ね」
[繭子]:「でも、さっきよりもキレイ~」
[セフィル]:「そうだな。私たちはそれを、レッドジャスパーと呼んでいるよ」
[舞羽]:「レッドジャスパー?」
[セフィル]:「うん、ピアノに選ばれた印だ。大切に持っておくんだぞ?」
[舞羽]:「はい、分かりました」
舞羽の目はどこか嬉しそうだった。