アニマート(3)
12月2日(木曜日)
[場所:教室]
いよいよ今日は、ピアニストとハーモニクサーの発表か。学園もいつも以上にがやがやと騒がしい。落ち着いてられない気持ちはすごく分かるからな。各言う俺も、落ち着いてられない。一体誰が選ばれるのか。この学園の関係者全員に可能性があるわけだから選ばれた人は相当な才能を持ち合わせていることになる。そいつが一体誰なのか、若干のわくわくと、若干の緊張と、遠足の前日みたいな心境だ。
[翔]:「吹雪、飯食いに行こうぜ! 今日はA定食が先着40名まで百円引きなんだぜ」
[吹雪]:「翔」
[翔]:「ん? 何だ? 吹雪ちゃん」
[吹雪]:「ちゃんやめろ、何だじゃなくて、お前の目はドコについてるんだ?」
[翔]:「え? おでこの下だけど」
[吹雪]:「じゃあ、俺たちが今何をしてるか分かるよな?」
[翔]:「……とても楽しそうにお昼ご飯を頂いているようで」
[愛海]:「あ、舞羽。その卵焼きいっただき!」
[舞羽]:「あ、それ二個しかないんだよ? 最後に食べようと思ってとっといてたのにー」
[愛海]:「ごめんごめん、お詫びにコレあげるわ。私の卵焼き」
[舞羽]:「何で入ってるのに私の食べたの?」
[愛海]:「舞羽の家の卵焼きが食べたかったから。家庭それぞれの味があると思ってね。とても美味だったわ」
[舞羽]:「ホントに?」
[愛海]:「うん、甘くてフワフワで」
[舞羽]:「今度は、食べたい時に言って? 多めに入れてくるから」
[愛海]:「ホント? センキューベリーマッチ!」
[吹雪]:「見えたか? この風景が」
[翔]:「ああ」
[吹雪]:「分かったのなら、学食には一人で行ってくれ。俺たちはすでに間に合ってるから」
[翔]:「なら、食い終わるまで待ってるさ。そしたら一緒に行けるぞ?」
[吹雪]:「あのな、俺は学食に行く予定がないんだよ。行ったって何のメリットがないだろうが」
[翔]:「あるぞ、一つ」
[吹雪]:「何だよ?」
[翔]:「オレがご飯を食べてる姿を見ることができる」
[吹雪]:「んなもん見たくないわ!」
[翔]:「あ、牛乳こぼしちゃった。口元に白いものが、とかサービスショットあるかもしれないぜ?」
[吹雪]:「死ねよ、お前」
[翔]:「ひどくストレートね、ものいいが」
[吹雪]:「いまの発言でますます行く気がなくなったわ。一人で行け、俺は絶対に行かん」
[翔]:「そんなー、何故だよ? なにゆえだよ」
[吹雪]:「飯時に不適切な発言をしたからだ」
[翔]:「心頭を滅却すれば、そんな発言も適切に早変わりだぜ」
[吹雪]:「お前の中だけだろ、それは」
[翔]:「冷たいぞ吹雪。名前のようになってるって」
[吹雪]:「何でそこまで一人で行きたがらない?」
[翔]:「一人じゃ寂しいんだもん」
[吹雪]:「子供か? お前は」
[翔]:「そういう年頃なんだよ、人肌が恋しいっていうのか?」
[吹雪]:「知らねぇよ、そんなもん」
[翔]:「なあ頼むってー、割り箸あげるからよー」
[吹雪]:「無料だろそれ」
[翔]:「こんな男を一人にするなんて、心が痛まないの?」
[吹雪]:「全く」
[翔]:「ぐっさー、痛恨の一撃……」
[吹雪]:「いい加減飯食わせてくれよ、食い終わらないだろうが」
[翔]:「時間に縛られる人生なんてイヤだ」
[吹雪]:「じゃあこんなところで油売ってるなよ」
[翔]:「オレは友との時間を大切にしたいんだ」
[吹雪]:「だったら、購買でパンでも買ってここで食えばいいだろ」
[翔]:「オレは学食が食べたいんだよー」
[吹雪]:「ああいえばこういう奴だな」
[翔]:「翔の主張だ!」
[吹雪]:「胸張って言い放つな」
[翔]:「ほら、行こうよ吹雪。学食が、オレたちを待ってる」
[吹雪]:「青春ドラマ風な台詞を使うな!」
[翔]:「それほどまでにオレの学食への愛は深いんだ」
[吹雪]:「じゃあ行けばいいさ、俺は行かん」
[翔]:「オレはお前と一緒に行きたいんだ」
[吹雪]:「男に言われても嬉しくないわ」
[愛海]:「あーもう、見てられないわね」
[翔]:「何だよ? 日野」
[愛海]:「翔っち、今日は一人で学食に行くのをオススメするわよ」
[翔]:「ええ? どうしてだよ?」
[愛海]:「今日はピアニストとハーモニクサーが決まる日よ? みんなのドキドキハラハラしてる。そんなドキドキを翔っちが沈めてあげなくちゃ。学食にいる女の子は、みんな翔っちを待ってるわよ」
[翔]:「そ、それホントか!?」
[愛海]:「ええ、ホントよ」
[翔]:「おお、こうしちゃいられねぇぜ。学食の女子のハートをオレが沈めなくては。待っててくれ、ハニーズ!」
翔はそう叫ぶと、猛ダッシュで教室を出ていった。
[愛海]:「ふう、これでオーケーね。大丈夫? 大久保くん」
[吹雪]:「まあ大丈夫だけど、いいのか? あんなこと言って」
[愛海]:「大丈夫よ、もし何か言っても適当に誤魔化すから」
[吹雪]:「そうか」
にしても、翔、単純な奴だな。
[吹雪]:「これでやっとゆっくり飯が食える。あ、舞羽、お茶くれお茶」
[舞羽]:「はい、どうぞ」
それからは、有意義なお昼休みを過ごすことができた。