アンダンテ(2)
「うー、寒いー」
「冬だからな」
「そんな簡潔な答えを聞きたかったわけじゃないよー」
「じゃあ何だ?」
「…………」
「何もないんじゃないかよ!」
ビシッ。
「ふーちゃん、叩きすぎ」
「叩いてはない、チョップだ」
「もっと優しくしてよ~」
「じゃあ、魔法で攻撃してやろうか?」
「う、それは、結構です……」
他愛もない話をしながら学園へと向かう。
聖ハルモニア学園。そこが、俺たちが通っている学園だ。歴史と伝統が深く、俺たちが生まれるずっと前からこの学園は存在し、生徒を世に送り出してきたらしい。この島唯一の名所と言っても過言じゃないな。魔法学園に分類されるだけあって、魔法に長けた生徒が数多く在籍していることでも知られている。俺がここに通えるのも、そういうわけだったりする。俺の親は、先祖代々魔法使いの血筋らしく、俺の親も、魔法の扱いには長けていた。自分で言うのも何だが、どうやら俺も、他の人たちから見ると、魔法の力は上位に入るらしい。よく分からないがな。まあ何にしても、この学園はなかなかの有名校なわけだから、留年しないように努力しないといけないってことだ。
「あ、そうだ吹雪くん」
「ん? 何だ?」
「今日出てた宿題、全部解けた?」
「ん? ああ、一応な、当たってるかは自信ないけど」
「よかった、後でちょっと見せてもらえないかな?」
「何だ? 解けなかったのか?」
「う、うん。ちょっと難しくて、あきらめちゃった」
舌を出しておどけて見せた。
「まあ、確かに難しかったからな。分かった、その代わり、ジュース1本な」
「はーい」
「うー……」
「何だ? 胃潰瘍の人のモノマネか?」
「違うよ! ちょっとちょっと舞ちゃん、何かがおかしくない?」
「え?」
「え? じゃないよ、何かおかしくない?」
「……何か私おかしなこと言いました?」
「言ってるよ、腕白と卵白を間違えるくらいおかしいこと言ってる」
「その例えは一体なんだよ」
「確かにふーちゃんは頭いいよ? ワタシが誇れる自慢の弟だよ。でも、だけど、BUT
ワタシの職業は何?」
「あ、先生だ」
「そうだよ。分かんないところがあるんなら、先生であるワタシに相談してよ~。ふーちゃんに相談する前にワタシに相談してよ~」
「あう……ごめんなさい」
謝る必要はないと思うんだがな……。
「ワタシ、そんなに頼りないように見える?」
「え? そ、それは……。…………」
「即答してくれないの~!?」
「あ、できます、頼りにしてます」
舞羽、無理をしたな……。
「じゃあ相談して? 繭子に相談して?」
「相談をせがんだら相談じゃねぇだろうが」
「さあ、どーんと来て? 舞ちゃん」
「あ、はい。えーっと、魔法使い、ルイスが詠唱した魔法の中で一番高度な魔法と言われるものを挙げなさい。っていうのなんですけど」
「ふむふむ、なるほど……」
「……分かりますか?」
「…………」
「…………」
「……ふーちゃん、後はよろしく」
「しっかりしろよ、教師!」
「繭子難しいの分かんな~い」
「難しいこと教えんのが教師の仕事だろうが馬鹿チン」
ビシッ。
「うう~、ふーちゃん、ワタシのことぶってばっかり~」
「しつけだ」
「ぶーぶー」
完全に子供だな。
「本当に分からないんですか? 繭さん」
「うーん、……自信がないんだよね、当たってるかどうか」
「そうですか、分かりました」
「面目ありません~」
「いえ、相談に乗ってくれただけで嬉しいです」
実際は無理やりマユ姉に乗せられたんだけどな……。
「じゃあ……吹雪くん、後でいいかな?」
「ああ、了解だ」
できる限り尽力はしよう。
「頑張ってね、二人とも」
「マユ姉は学園着いたら教科書読み直せ」
「うう……分かりました……」
「到着~」
「ねえ、いいじゃないですか? ね? 少しだけ、少しだけ俺に付き合ってくださいよー?」
「いやよ、あなたみたいな不埒な男なんて」
「オレの何処が不埒ですか? 何処をどう見てそんな発言をするんですか?」
「全てよ、全て! あっち行きなさいよ、着いてこないで」
「そんな言い方しなくたっていいじゃないですかー? オレ、こう見えてエスコートは得意ですよ?」
「……いい加減にしないと、炎の槍をお見舞いするわよ?」
「それは、オレに対する愛情と受け取ってもいいんですか?」
「……炎の精霊よ、我の身を脅かす輩を焼き払いたまえ」
「あれ? ちょっと、お嬢さん? それ、マジで――!?」
「灰になりなさーい!」
「ぎょええええーーー!?」
「あーあー」
またやってるよ、アイツ……。
「おお、何て熱さだ、まるで火だるまになってるみたいだぜ」
正しく火だるまになってるんだけどな。
「でも、これだけオレのことを思ってくれてるなんて、何てオレは幸せなんだ」
一体どう解釈すればそんな結論に至るんだろう。
「う、でもちょっと熱すぎるよな……アツアツアツ!? あつい~~」
「ふ、吹雪くん。あのままだと――」
「ああ、焦げちまうな」
世話の焼ける奴だ。
「水の精よ、もう一度我に力を与えたまえ――そらっ!」
今日二回目となる水のボールを、ナンパ野郎に落としてやる。
「ふー、一瞬でクール……お? 吹雪じゃねぇか。お前が冷やしてくれたのか?」
「ああ、まあな」
「ありがとよ、さすがは吹雪なだけあるぜ」
「名前は関係ないだろう。というより、また朝っぱらからんなことやってんのか? 翔」
「当然だ、オレが誰だか分かってんのか?」
「翔だろ」
「ああ、翔だ。翔=恋、この法則をお前は知らないのか?」
「初めて聞いたぞ。な?」
「うん、そうだね」
「おお、須藤も一緒じゃないか? これはグッドモーニング」
「う、うん、おはよう」
「朝から須藤に会えるとは、今日はなかなか付いてるじゃないか、オレ」
「いや、ここで会わなくても教室で会うだろ」
「分かってないな、吹雪。美少女とは数分でも他の男より早く会うと幸運を分けてくれるんだぜ」
「いやいや、ねーよ、んなもん」
「あるよ、オレがあるって言ったらあるんだ。そう決まったんだ」
「何じゃそりゃ、単なるお前の思い込みじゃないか」
「まあ、そうとも言うかもな」
「あ、あはは……」
相変わらずだな、コイツは。
島貫翔。クラスメイトで、キレイな女性に目がないトラブルメーカーだ。悪い奴じゃないんだが、暇さえあればナンパしたりしていい女を手に入れようとしてる。その行動が女性を寄せ付けなくしてるって事実には、どうやら気付いてないらしい。
「しかし、どうすっかな~。こりゃ制服が使い物にならねぇな」
「自業自得だろ、それは」
「オレがいい男なばっかりに、こんなことになるとは……ああ、かっこいいって罪だな」
「アホ」
「吹雪ちゃん冷たい!」
「一般的な返答をしたつもりだが」
「ひょっとして、須藤もそう思ってる、の?」
「え? ……あ、あはは」
「ぐおお……肺に、肺に穴が……」
舞羽は引きつった笑いを浮かべていた。
「とにかくだ、あんまり目立つようなことはしないほうがいいんじゃないか? また捕まっちまうぞ」
「ええ? できねぇよ、そんなこと~。これ、オレの生きがいみたいなもんだぜ~? それを取り上げる=オレに死ねって言ってるみたいなもんだぜ」
「そんなんで人間は死にゃあしねぇよ」
「物の例えだよ、オレの有り余るリビドーが、オレにそうしろって訴えかけてくるんだ。だから、簡単にはやめられねぇよ」
「……教師として、この発言はどう受け止めますか? 繭子先生?」
「え? 先生?」
「うう~~~~」
「あ、マユちゃんいたんだ」
「か~け~る~く~ん」
「ひょっとしてオレ、ヤバイこと言った?」
「……かもな」
仮にもマユ姉は教師だからな。風紀の乱れは見逃すことはできないだろう。
「よくも、よくもよくも~」
「えっと、その……あ、あはは」
「よくもワタシを無視して話を進めたわね~~~~!」
「って、そっちかよ!?」
問題はそこじゃないだろうが!
「ずっとワタシ、ここに居たのに、ワタシのことには一切触れずにふーちゃんと舞ちゃんと楽しそうに話して~。ワタシを仲間はずれにするなんてあんまりだよ~」
「す、すいません。つい同級生のほうに目が入っちゃって」
「もう、注意してよね? ワタシだって、会話したいもん」
「はい。じゃあトーキングしましょう」
「うん、しよしよ」
「……待てい、馬鹿もん」
「ぐええ、ぐ、ぐるじい……」
「おお、吹雪の得意技が出た……」
「マユ姉、あんたの仕事はなんだ?」
「き、教師です」
「なら、こんなところで翔とトーキングしてる場合じゃないよな?」
「う、はい、おっしゃるとおりです」
「言うべきことがあるだろ? 分かるよな?」
「はい、はい! 言います、ちゃんと言います」
「吹雪くん、すごい……」
マユ姉は翔に向き直った。
「か、翔くん。あんまり、そういうことはしちゃいけません。いいね?」
「……ここは時の流れに身を任せてこの場をやり過ごすのがよさそうだな、はい、注意します」
「聞こえてるぞ? オイ」
「じゃあオレ、先に行ってるな? じゃあ、トゥービーコンティニュー」
その台詞は一体なんだ!?
「行っちゃったね」
「相変わらず、忙しい奴だ……」
「うう、苦しかったよ~」
「もう少し教師としての自覚を持てよ、マユ姉」
「厳しいな、ふーちゃんは」
「教師を甘く見んなってことだよ」
「はーい、努力します~」
「――あ、五分前だ。吹雪くん」
「ああ、行かないとな」
「あ、ワタシは歩いて――」
「あんたも急ぐんだよチビ介!」
「やー、首根っこ掴まないでよ~」
俺はマユ姉を引き摺って校門をくぐった。
……………………。
…………。
……。
――で、そんなこんなで朝のホームルームなわけだが。
「はいはーい、みんなおはよ~~」
こんなんで、本当に担任が務まるのが不思議でしょうがない今日この頃だ。初めてこの光景を見た人はきっと「え? このクラスって生徒が生徒を教えるの?」って思う人が大半を占めるだろう。俺が初見でも、きっとそういう自信がある。俺から言わせれば、あのマユ姉が教師をしてるってことが一番の不思議なんだけどな。
「みんな元気ですか~? 先生はとっても元気でーす。どれくらいかって言うと、グランドを3周半できるくらい元気でーす」
何だその中途半端な周数は、しかも3周半など体調が優れない人でも頑張れば走れるわ。
「じゃあ、早速出席取りますね~。安孫子くん」
「はーい」
「……以下略でーす」
「馬鹿ったれ!」
持っていたペンをおでこ目掛けて投げた。
「にゃあああうっ!?」
「おお、すげー」
「さすがは大久保だぜ……」
「楽をしようとするな楽を。生徒の確認は教師の基本だ、それくらいしっかりやれ」
「ぶー、はーい。じゃあ続けまーす。池上さん――」
「どっちが先生だか分かんないな」
近くの生徒がそんなことをつぶやいている。俺も正直そう思っていた。
「じゃあ、連絡がありますから、よーく聞いてください。いいですか? もう一度いいますよ? よーく聞いてください。いいですかー?」
そこは繰り返さんでもいいだろうが……。
「明日から暦は十二月に変わりますけど、それに伴って、いよいよ代表4人のピアニストとハーモニクサーが発表されます。誰が選ばれるかは、先生も分かりません。生徒かもしれないし、教師の中かもしれない。ひょっとしたら、選ばれないかもしれない」
ねぇよ!
「とにかく、年を無事に越すためのだいーじな式典なので、代表に選ばれたかたは、強い意志と志を持って望んでください。いいですね?」
――四季を司るピアノがこの島には存在する。『桜花のピアノ』、『海風のピアノ』、『紅葉のピアノ』、『風花のピアノ』。この四つのピアノを奏でることで、島の四季は保たれ、平和に過ごすことができるんだ。この時期には毎年、そのピアノを奏でるためのピアニストを4人と、ハーモニクサーと呼ばれる、ピアニストの力を最大限引き出す者を一人選出するのだ。ピアノを奏でるために必要なものは、才能と魔法、そして、平和を願う強い心。これらを兼ね備えたものが、ピアノを奏でることが可能なんだ。ハーモニクサーにおいても同じようなことが言える。ピアニストを信頼し、平和を願う心を兼ね備えた者がこの役職に選ばれる。蓋を開けて見るまでは誰が選ばれるかは分からない。しかし、選ばれた者は確固たる意志を持ってやり遂げなければならない。選ばれたということは、それだけ名誉なことでもあるからだ。これは、ハルモニア学園の歴史と伝統だ。
「日にちは今から一週間後です。絶対に忘れずに来てくださいね」
一週間後か。
「後もう一つあります。少々疲れましたが、頑張って伝えたいと思います」
いや、疲れんの早すぎだろ……。
「近日中にはもう二つ大きな行事があります。何か分かるかな~? シンキングタイムは30秒です」
別にいらないだろ、考える時間なんて。
「はい、時間でーす。じゃあその二つの行事とは何でしょうー? じゃあ、舞ちゃん」
「あ、はい」
「行事を言ってください」
「えっと……マジックコロシアムです」
「そう、大正解~。座布団1枚~」
大喜利じゃないだろうがよ……。
「今週の土曜日に、マジックコロシアムが開催されます。みんなもう知ってると思うけど、マジックコロシアムだから、魔法以外は使っちゃだめだからね? 参加を考えてる人はそこを十分注意してね~? ちなみに、優勝するとステキな賞品が送られるから、魔法に自信がある人は是非是非参加してねー? 嫌いなあいつをぶっ飛ばしてやるーとか、ここで活躍すれば女の子はイチコロにぐへへ――とか、そういう邪な考えでもオーケーらしいでーす」
嫌いな奴をっていうのは分かるが、その後のは明らかにおかしいと思うが。そんなフレーズに惹かれる奴なんて――。
「女がイチコロ、ふふふ、オレの時代が来たか?」
いやがったぜ、極身近に……。
「ケガには十分注意してくださーい。ではもう一つは何でしょうか? 時間がないので先生が言っちゃいまーす」
最初からそうしてろよな。
「明日は、みんなの頑張ったテストの結果が発表されまーす。パンパカパーン」
クラスメイトはそれぞれ色々な反応を示している。
「うわー、来ちゃったよー」
隣で舞羽も苦笑いを浮かべている。
「自分が今どんな状況にいるか、しっかり確認するよーに。ちなみに、現段階で成績が悪い人は留置される可能性もあるから、十分注意してね。先生からの一言メモでーす」
さらっとすごいことを言いやがったぞ、あのチビ介は。
「ってことで、先生の連絡は以上です。何か連絡ある人はいる? ――いないんなら終わりにしよう。やった~」
この短い時間で飽きたんだろうかあの人は……こんなんで授業が出来るのか? ひどく不安に思えてしまった。