アニマート(1)
12月1日(水曜日)
[場所:教室]
[繭子]:「えー、いよいよ明日はピアニストとハーモニクサーの選出があります。生徒のみなさんは絶対に出席するように。何があってもね、たとえ先生が何かしらの理由で倒れたとしても――」
[吹雪]:「無駄話はいりませんよ、先生」
[繭子]:「むうー、まだ話始めてもないのに」
[吹雪]:「先生が倒れるなんてあり得ません、それで終わる話ですよ」
[繭子]:「ふーちゃんのけちんぼー」
……全く、新しい月に入っても何ら変わりはないな。大事なことだって言うのに、マユ姉が言うと軽い話に聞こえてしまうから不思議だ。
[舞羽]:「いよいよ明日だね、吹雪くん」
[吹雪]:「そうだな、心の準備はできたか? 舞羽」
[舞羽]:「え? 何の?」
[吹雪]:「ピアニストになる心の準備」
[舞羽]:「ええ? だ、だから私になると決まったわけじゃないってばー」
[吹雪]:「あれ? そうだったか?」
[舞羽]:「そうだよー、少し前にその話したじゃない」
[吹雪]:「はは、でもまあ準備くらいしとけよ。可能性はないわけじゃないんだ」
[舞羽]:「うーん?」
[翔]:「にしても、実際誰がなるんだろうな、今年は」
[吹雪]:「おわっ!? だから唐突に出てくるなって」
[翔]:「歩いて2秒の距離じゃないか。オレが来ることを察してくれよ、心の友だろ?」
[吹雪]:「何だそれは? お前の心の中だけに住んでる人か?」
[翔]:「その返しには無理があるだろ吹雪ちゃん! え? 吹雪はオレのこと親友と思ってないのか?」
[吹雪]:「…………」
[翔]:「黙ったー!?」
[吹雪]:「ノーコメントってことにしてくれ」
[翔]:「うぐ、翔大ショック……」
[祐喜]:「吹雪ー、じゃあ僕は?」
[吹雪]:「ああ、祐喜は大事な友達だよ」
[翔]:「何ですとー!? ちょちょちょ、吹雪さん、何かおかしくありませんか?」
[吹雪]:「ん? 何がだ?」
[翔]:「オレの時はノーコメントなのに、どうして祐喜は即答なんですか?」
[吹雪]:「俺にだって、言いたいこと、言いたくないことはあるんだ」
[翔]:「オレにも即答してくれてもいいんじゃないの!? オレはお前のこといい奴だと思ってるんだぜ?」
[吹雪]:「あ、そうなのか? それはありがたい」
[翔]:「だろ? じゃあ、お前はオレのことどう思ってるの?」
[吹雪]:「…………」
[翔]:「また黙ってる!」
[吹雪]:「ノーコメントってことで」
[翔]:「うがー!? 吹雪のイジワルー」
翔はそのまま走って教室を出ていってしまった。
[祐喜]:「いいのかい? 泣いてたみたいだけど?」
[吹雪]:「まあ、あれぐらいで機嫌を損ねる奴じゃないだろ。出なきゃナンパは出来ないだろう」
[祐喜]:「それもそうだね」
[愛海]:「でも、ホントに気になるわよねー? ピアニストとハーモニクサー」
今度はこいつか……。
[愛海]:「あ、大久保くん、今、今度はこいつかーって思ったでしょう?」
[吹雪]:「え? そんなこと思ってないぞ? 断じて」
[愛海]:「嘘、顔に書いてるわよ? あー、日野かよー、折角舞羽と楽しくしゃべってたのによーって」
[舞羽]:「え!?」
[吹雪]:「おい、勝手に俺の心の内を予想すんな。思ってないぞ、別にそんなことは」
[愛海]:「えー? 嘘ばっかり」
[吹雪]:「本人が違うと言ってるんだから、お前は否定できないだろ」
[愛海]:「舞羽がかわいそうー」
[吹雪]:「別にそういう意味で言ったんじゃないぞ? 分かってるよな? 舞羽」
[舞羽]:「う、うん。もちろん」
[愛海]:「んー、つまんないわね、その反応。そこはもっと媚びるべきよ? 舞羽」
[舞羽]:「こ、媚びる?」
[愛海]:「私は、二人でモーニングトークを楽しみたかったなーとか、もっと側にいたい、とか。何かあるでしょ? 大久保くんが気になるような言葉」
[舞羽]:「ええ? む、無理だよ、私にはそんな……」
[吹雪]:「俺がすぐ横にいること、分かってるよな?」
[愛海]:「……横に大久保くんなんていなかった」
[吹雪]:「勝手に俺の存在を消すな!」
[愛海]:「そう、こういう突っ込みを私は待ってたのよ。大久保くんグッジョブ!」」
[吹雪]:「お前、結局何の話がしたいんだよ」
[愛海]:「ああ、そうだった。すっかり話が逸れちゃったわ。もー、舞羽ったらー」
[舞羽]:「ええ? 私のせいなの?」
[愛海]:「冗談よー、本気にされると私が困っちゃうわー」
舞羽も大変だな……。
[愛海]:「で? 何の話だったっけ?」
[祐喜]:「ピアニストの話じゃなかったかな?」
[愛海]:「ああ、そうそう。誰になるのかしらねー? ピアニスト&ハーモニクサー」
[吹雪]:「さあな、俺たちが決めることじゃないから分からないだろ」
[愛海]:「そんな返答、私は求めてないわよ大久保くん」
指差されても困るんだが……。
[愛海]:「誰でもいいから、とりあえず答えは言ってみるものでしょ? じゃなきゃ一生答えは導き出せないわ」
[吹雪]:「俺たちが導き出す必要性は特にないはず」
[愛海]:「いいのいいの、こういうのも楽しいじゃない。はい、シィンキングターイム!」
仕方ないな……。俺たちは言われるままに考える。
[愛海]:「はい、じゃあヨッシー、どうぞ」
[祐喜]:「ん、僕は聖奈美かなって思うな」
[愛海]:「聖奈美っていうと、杠さんだね」
[祐喜]:「そう、生徒会長だし、少し融通聞かないけど、悪い人じゃないからね」
[愛海]:「伊達に一緒に仕事してないわねーヨッシーは」
[祐喜]:「まあね」
[舞羽]:「オッケー、じゃあ次は舞羽、どうぞ」
[舞羽]:「私は……、カホラ先輩、かな?」
[愛海]:「おー、なるほど。して理由は?」
[舞羽]:「え? 理由って聞かれると、とにかく、やってくれそうな気がするから。カホラ先輩はすっごく頼れる人だし」
[愛海]:「確かにねー、先輩は何でもできるもんねー、選ばれるかもしれないわねー。うん、オッケィ。じゃあ最後大久保くん、どうぞ」
[吹雪]:「ん?」
[愛海]:「ちなみに言っておくと、今出た二人以外はダメだよ? 被るのはNGって方向でよろしくー」
……だとしたら、もう横にいる奴以外選択肢はないな。
[吹雪]:「ん」
[舞羽]:「……ん?」
[愛海]:「あ、舞羽ってこと?」
[舞羽]:「ええ!? だ、だから吹雪くん!」
[愛海]:「理由は?」
[吹雪]:「こいつはピアノを幼い頃からやってるし、性格もしっかりしてる。選ばれても何もおかしくはないはずだから」
[愛海]:「ふーん、なるほど。んふふふ」
[舞羽]:「――っ」
何故か舞羽の顔は赤くなっていた。
[愛海]:「頑張れー、舞羽」
[舞羽]:「ま、まだ決まったわけじゃあ」
[愛海]:「準備しておくに越したことはないでしょ? ファイト」
[舞羽]:「んー、吹雪くんと同じこと言うんだね」
舞羽はそんなことを言ってるけど俺は本当に選ばれそうな感じがするんだよな、舞羽は。
[繭子]:「よーし、授業するよー」
俺たちは席に戻った。