アレグロ(11)
[場所:道路]
[吹雪]:「悪い、遅くなった」
[舞羽]:「ううん、大丈夫だよ」
[吹雪]:「よし、帰ろう」
[舞羽]:「うん」
俺たちは帰り道を歩き出す。
[舞羽]:「はい、コレ」
[吹雪]:「おお? サンキュー」
[舞羽]:「優勝したお礼」
[吹雪]:「これから褒美をもらうってのに、いいのか?」
[舞羽]:「いいの。それに、いつも手伝ってもらってるからね」
[吹雪]:「宿題か?」
[舞羽]:「その他もろもろ」
[吹雪]:「じゃあ、ありがたくいただくよ」
俺はプルタブを開けて一口飲んだ。
[吹雪]:「ぷは、試合後のジュースは格別だな」
[舞羽]:「改めて、優勝おめでとう、吹雪くん」
[舞羽]:「サンキュー、お前たちが応援してくれたおかげさ」
[吹雪]:「あ、聞こえてた?」
[吹雪]:「もちろんだ、メチャクチャ聞こえてたぞ」
[舞羽]:「届いててよかったよ」
[吹雪]:「だから、喉が少し枯れてるんだろ?」
[舞羽]:「えへへ、こっちも燃え上がっちゃってたから。見てるだけですっごく興奮してたよ」
[吹雪]:「マジか」
[舞羽]:「おおマジだよ。特に決勝戦はすごく見応えがあったよ」
[吹雪]:「本当か?」
[舞羽]:「うん、あれこそが決勝戦って言うんだね。再認識したよ」
[吹雪]:「確かに、すごい戦いだったな」
あんな激しい試合をするのは、今回限りかもしれない。
[舞羽]:「私なら5秒で気絶は必至だね、きっと」
[吹雪]:「爆発がよく起こってたしな。確かに危険ではあったな」
[舞羽]:「まるで戦争を見てるみたいだったよ」
[吹雪]:「戦争みたいなもんだろ、あれは」
地雷みたいなものも設置してたからな。
[舞羽]:「吹雪くん、前世は将軍だったりして」
[吹雪]:「「それは、ないんじゃないか?」
[舞羽]:「そうかな?」
[吹雪]:「神のみぞ知る、ってか?」
[舞羽]:「だね」
[吹雪]:「あれ? そういえばマユ姉はどうした?」
[舞羽]:「この後に仕事が入ってるんだって。パーティーまでには帰ってくるって言ってたよ」
[吹雪]:「そうか、ならいい」
俺たちと同じ時間に帰れるってのも少々違和感があるしな。
[吹雪]:「しっかり職務を全うしてほしいもんだ」
[舞羽]:「大丈夫だよ、きっと。でも、十二月は忙しくなりそうだね」
[吹雪]:「まあ、大事な行事があるからな」
そう、ピアニストとハーモニクサーの選出。問題なく年を越すために、教師はいつも以上に周囲に気を配る必要がある。
[舞羽]:「誰が選ばれるのかな?」
[吹雪]:「ひょっとしたら、お前だったりして」
[舞羽]:「えー? それはない、絶対ないよー」
[吹雪]:「分かんないぞ? なんちゃってピアノ経験者だからな、舞羽は」
[舞羽]:「確かに少しやってたけど、だからって優遇されるわけじゃないし」
[吹雪]:「でもまあ、可能性はないわけじゃないだろ? 全校生徒及び教師に可能性があるんだ。その中にお前も入ってることに変わりはない」
[舞羽]:「なら、吹雪くんにだって可能性はあるじゃない」
[吹雪]:「いや、俺はないだろ」
[舞羽]:「ええ!? おかしくない? その返答」
[吹雪]:「俺にはピアノの才がないからな」
[舞羽]:「そんなの理由にならないじゃない」
[吹雪]:「いや、なる」
[舞羽]:「吹雪くん、言ってること矛盾してない?」
[吹雪]:「そんなことはない。でも、俺は有り得ない、どこがおかしいっていうんだ?」
[舞羽]:「有り得ないってことはないと思うんだけど」
[吹雪]:「まあまあ、納得しておけって。な?」
[舞羽]:「え、ええ? う、うん……」
[吹雪]:「うん、それでこそ舞羽だ」
[舞羽]:「その言いくるめ方が納得いかないよ……」
首を傾げる舞羽だが、まあ気にしないでいいだろう。
[吹雪]:「さ、早く家帰ろうぜ。俺もう腹減って」
[舞羽]:「そうだね、少し急ごっか」
[吹雪]:「優勝したから豪勢なんだよな? 今日の晩飯は」
[舞羽]:「うん、腕によりをかけて作るよ」
[吹雪]:「そりゃ楽しみだ」
今からすでに涎が出そうだ。
[場所:吹雪の家]
[繭子]:「――じゃあ、ふーちゃんの優勝を祝して」
[三人]:「かんぱーい!」
吹雪「サンキュー、みんな」
俺は三人とグラスを合わせた。
[繭子]:「わーい、ごちそうだー」
[舞羽]:「いっぱい作ったから、たっくさん食べてね」
[繭子]:「やったー」
[フェルシア]:「マユ、今日は吹雪くんがメインだから、少しは加減して食べきゃダメよ?」
[繭子]:「うん、加減していっぱい食べるよ」
[フェルシア]:「本当に分かってるのかしら……」
すみません、フェルシア先生、こんな姉で。
[繭子]:「ねえ、食べていい? もう仕事でお腹ペコペコなの」
[舞羽]:「うん、どうぞ」
[繭子]:「わーい、いっただっきまーす!」
さて、俺も食うか。俺は手前にある料理を皿に取った。
[繭子]:「あむあむ……、んー、おいしー」
早速俺も口に運んだ。
吹雪「おお、すっげー美味い」
[舞羽]:「ホント?」
吹雪「ああ、メチャクチャ」
[舞羽]:「よかったー」
舞羽は安堵の表情を浮かべた。
吹雪「こりゃあ箸が止まらないな」
[舞羽]:「フェルシア先生もどうぞ」
[フェルシア]:「ええ、いただくわ」
[繭子]:「あむあむんむ……、ん、はぐはぐ」
吹雪「マユ姉、飲み込んでから次の口に入れろよ」
[繭子]:「んむんむ……んんっ!? んぐぐー」
言ったそばから……。
吹雪「ほら、これ飲め」
[繭子]:「んっ、んっ、んっ……ぷはっ! ほえー、助かったよ」
[吹雪]:「舞羽の料理は逃げないから、もう少し落ち着いて食いな」
[繭子]:「はーい」
[フェルシア]:「あ、美味しいー。舞羽ちゃんかなり料理のスキルが高いわねー」
[舞羽]:「ありがとうございます。先生に言ってもらえると嬉しいです」
[フェルシア]:「これは将来いいお嫁さんになるわね」
[舞羽]:「お、お嫁さん!?」
[フェルシア]:「うん、先生保障するわ」
[舞羽]:「あ、ありがとうございます」
舞羽の顔は赤くなっていた。
[吹雪]:「マユ姉、口拭け、油まみれだぞ」
[繭子]:「え? これグロスだよー」
[吹雪]:「嘘言うな、そこまでピカピカなグロスなんてないだろ」
俺は布巾をマユ姉の口元に持っていく。
[繭子]:「んむー」
[吹雪]:「ちょい落ち着けって。……よし、適度に拭くようにしろ」
[繭子]:「ふーちゃん、マナーに厳しい」
[吹雪]:「マユ姉が無頓着すぎるんだ。女だろ? あんたは」
[繭子]:「家でくらいは……」
[吹雪]:「親しき仲にもって言葉知ってるだろ? 口を拭くくらいは定期的にしろ」
[繭子]:「んー、はーい」
[フェルシア]:「初見の人は、マユのほうが義姉だなんて絶対に思えないでしょうね」
[繭子]:「何をー? ワタシは義姉だよー」
[フェルシア]:「それは知ってる、だから初めて見た人の話よ。舞羽ちゃんもそう思うでしょ?」
[舞羽]:「ええ? ……あ、それ、は……」
[繭子]:「すっげー歯切れ悪いよ舞ちゃん!」
[フェルシア]:「マユ、吹雪くんがいて本当によかったわね」
[吹雪]:「何ですか? 急に」
[フェルシア]:「だって、こんな誰でも分かるようなことを懇切丁寧に教えてあげてくれるんだもの。普通はそんな風に教えないわよ、だって考えなくても分かることなんだもの」
[繭子]:「フェルー、ワタシのことバカにしてるでしょー?」
[フェルシア]:「そんなことないわよ、マユはちゃんと分かってるんでしょ? やってないだけで」
[繭子]:「うぐ……」
[フェルシア]:「吹雪くん、これからもよろしくね、マユのこと」
[吹雪]:「まあ、出来うる限りで」
[繭子]:「ワタシ、子供じゃないもん、教師だもん」
その言い分が子供だということを物語っているな。
[フェルシア]:「――にしても、いい試合だったわね、今日の決勝戦」
[舞羽]:「そうですね」
[繭子]:「だねー」
三人が口々にそうつぶやいた。
[フェルシア]:「見応え十分、近年稀に見る好勝負だったわ」
[吹雪]:「周りではそう見えてたんですか?」
[舞羽]:「もちろんだよ。言葉が出てこないけど、とにかくすごかったよ」
[繭子]:「ドカーン、ズガーン、すごかったよー」
その効果音は必要だったのか?
[フェルシア]:「あの杠さんを打ち負かしたんだもんね、吹雪くんの実力と可能性は計り知れないわ」
[吹雪]:「いや、でも、あいつは手強かったですよ、かなり」
[フェルシア]:「チャンピオンだもんね、彼女は」
[吹雪]:「あんなに強い相手は初めてでしたよ。正直、倒せる自信はあまりなかったです」
[フェルシア]:「でも倒せたからいいじゃない」
[吹雪]:「そうですね、嬉しかったですよ」
[舞羽]:「そういえば、実技の結果は認めてもらえたの? 吹雪くん」
[吹雪]:「ん? ああ、何だかんだで認めてくれたよ。でも、次はあたしが勝から覚悟してろって言ってた」
[繭子]:「じゃあ負けられないね、ふーちゃん」
[吹雪]:「うん、来年も勝てるように努力するつもりだ」
[舞羽]:「吹雪くんなら、きっと勝てるよ」
[吹雪]:「サンキュー舞羽。今からやる気出てきたぜ」
[舞羽]:「うん、頑張って」
[吹雪]:「あ、でも舞羽も頑張るんだぜ? 受けるのは俺だけじゃないからな」
[舞羽]:「う、うん。最善は尽くすよ」
[フェルシア]:「担当の生徒が真面目でよかったわね、マユ」
[繭子]:「うん」
――そんな感じの楽しい祝賀会だった。大きなイベントが終わった次は、大きな行事がやってくる。