カホラルート・レント(5)
…………。
……。
[カホラ]:「――ふう」
一息ついて、先輩は鍵盤から指を離した。
[吹雪]:「お疲れ様でした」
[カホラ]:「うーん、途中で二回程ミスをしたのが悔やまれるわね」
[吹雪]:「でも、それ以外はほぼ完璧に弾けてたじゃないですか? 本番までは絶対に仕上がりますよ」
[カホラ]:「そうね、次は絶対に成功させないと。えーっと、今間違ったところは」
楽譜をめくってミスをした部分を探り始める。
[カホラ]:「ここね、このパートはシャープがほとんどだからミスが出やすいのよね、もっと意識して弾かないと」
[吹雪]:「傍から見てても、難しいのは伝わってきます」
五線紙の左端の記号の数が、それをガンガン伝えてくれる。
[カホラ]:「指使いに最新の注意が必要ね。よし――」
先輩はメモ帳を取り出して、今自分で言ったことを記した。その意識の高さは、俺も学ばないといけないな。
[カホラ]:「これで良し、明日の練習の前に見直さないと」
[吹雪]:「今日はこれでおしまいですかね」
[カホラ]:「そうね、時間もちょうどいいし。付き合ってくれてありがとね、吹雪」
[吹雪]:「いえ、俺のほうこそ。良い演奏が聴けてよかったです」
[カホラ]:「じゃあ、お疲れ様――って言いたいところなんだけどー。吹雪、今日のこの後の予定は?」
[吹雪]:「え? 予定?」
[カホラ]:「そう、予定。何かあるかしら?」
[吹雪]:「いえ、特には。歯磨いて寝るくらいです」
[カホラ]:「そう」
[吹雪]:「先輩は何かやるんですか?」
[カホラ]:「ええ。――実はこの後、ストーンサークルの再探索をしようと思ってるのよ」
[吹雪]:「え? この後ですか?」
[カホラ]:「ピアリーの言っていたヒント、覚えてるかしら? 森に生きる宝石、このヒントから推測するに、やっぱり夜に探索するほうが手掛かりを見つけられる可能性は高いと思うのよ。仮に宝石に例えられるものが植物だとしたら、夜行性の植物の類が濃厚だろうし」
[吹雪]:「確かに、昼に見つけられなくても、夜なら何か新しい発見があるかもしれませんからね」
むしろ夜にこそ探すべきなのかもしれない。
[吹雪]:「でも、視界が悪いし、ちょっと危険じゃないですか? 怪我をするかもしれませんよ」
[カホラ]:「その辺はちゃんと対策をしてきてあるわ。でも、一人じゃ心細いし、何より夜の道を歩くのは怖いから、吹雪が何もないのなら、一緒に来てほしいんだけど……」
申し訳なさそうに、上目遣いで俺の顔を覗き込んでくる。答えは、すでに決まっている。
[吹雪]:「もちろん、一緒に行かせてもらいます」
[カホラ]:「ホント?」
[吹雪]:「ええ、せっかく前回付き合わせてもらったんだし、今回も喜んでお供しますよ。むしろ誘われなかったらどうしようかって思ってました」
[カホラ]:「よかったわ、いつも手伝ってもらってるから悪いかなって思ってたんだけど、そう言ってくれると心が救われるわ」
[吹雪]:「気にしないでください、かなり楽しんでますから」
[カホラ]:「じゃあ、今日の夜に行きましょう」
[吹雪]:「はい」
[カホラ]:「ふふ、夜中に学校を抜け出すのは悪いことなんだろうけど、ちょっとわくわくしてきたわね」
[吹雪]:「はは、そうですね。何時頃に学校を出ますか?」
[カホラ]:「そうね、就寝時間が12時だから、1時過ぎとかがいいかしら? 普通に考えて、1時間もあれば眠りに落ちるものよね」
[吹雪]:「多分そうだと思いますよ? 俺、1時以降の記憶はないですから」
[カホラ]:「私も。自分が寝ないように注意しながらみんなの様子を伺いましょう。床に就くまでは、私たちも同じように振る舞うようにしないと」
[吹雪]:「はい、俺の持ち物はどうすればいいですか? 何かあれば言ってくれると」
[カホラ]:「大丈夫よ、私が持っていくものだけで十分だわ。強いて言えば、探究心くらいね」
[吹雪]:「なるほど、じゃあしっかり抱えていきますね」
[カホラ]:「ええ、頼むわね」
[吹雪]:「任せてください」
[カホラ]:「じゃあ、夜は頑張りましょうね」
[吹雪]:「はい!」
……………………。
…………。
……。