アレグロ(9)
……………………。
[吹雪]:「うー、イテテテ」
[聖奈美]:「く、甘かったか……」
[実況者]:「大久保選手、立ち上がりました!」
[吹雪]:「すげー威力だったぜ……」
[聖奈美]:「直撃の前に、威力軽減の魔法を唱えたのね」
[吹雪]:「ああ、出なきゃ、俺は立ってない」
[聖奈美]:「倒れていればよかったのに……」
[吹雪]:「そんな簡単にはやられんよ。じゃなきゃ、つまんないだろう」
[聖奈美]:「ふん、いいわ。あたしの力、とくと見せてやるんだから」
周囲からは、何故か大きな歓声が上がった。
[実況者]:「さすがは決勝戦、両者、一歩も譲りません」
[繭子]:「ふーちゃーん、負けるなー」
[翔]:「吹雪ー、気合いだー!」
[女性生徒]:「聖奈美ー、その調子でガンガンいっちゃえー」
[男子生徒]:「大久保は疲れてるぞ、押し切れー!」
どうやら会場はもう一段階ボルテージが上がったようだ。
それにしてもだ、さっき喰らってみて分かったが、やっぱり杠の魔法の威力は増幅しているように感じた。威力を軽減してもあんなに俺の体は吹き飛ばされた。一体あいつは何をしたんだ? そんな素振りは見えなかったはずだが……。
[聖奈美]:「いくわよ。――エル・エルジオス、氷の精霊よ、我に力を与えたまえ。――アイスインパクト!」
よく目を凝らせ、杠の動きを読みとるんだ。俺は攻撃を交わしながら、杠をじっと観察する。
[聖奈美]:「…………」
[吹雪]:「ん? 何だ?」
杠のオーラが、さっきよりも濃くなっているような……。気のせいか? さっきまでは気づかないような感じだったのに今ははっきり分かる。
[聖奈美]:「もう一度、――アイスインパクト!」
[吹雪]:「――ライトニングジュエル!」
防御してばかりでは気づかれる。一度ここは攻撃をしておく。
[聖奈美]:「く、……そんなのじゃあ効かないわよ、――ブリザード!」
[吹雪]:「…………」
氷系がほとんどだというのに、こんなにも厳しい戦いを強いられるのは、やはり杠が実力者だってことだろう。いい加減何とかしないと、俺の攻撃は奴に届かない。
[聖奈美]:「ほら、今度はどうかしら?」
[吹雪]:「ちっ……」
[実況者]:「大久保選手、怒濤の攻撃に耐えられるのか?」
よく見るんだ、きっと、きっと何かがあるはず。
[聖奈美]:「…………」
[吹雪]:「ん?」
気のせいだろうか? 杠の口がわずかに動いていたように見えた。詠唱は終わっているはずなのに……。
ひょっとしたら、あいつは本当に単純なことをやってたんじゃないか? このままじゃあどっちみちやられる。温存してきた魔力を使って、一度試してみよう。とりあえず、時間を稼ぐためにも――。
[吹雪]:「――エル・エルフュリス、風の精霊よ、我を守る盾となれ。――エンブレイス!」
[聖奈美]:「く、何? ――バリアね、く、見てなさい、すぐに破壊してやるんだから」
これでしばらくは時間が稼げるはず。今のうちに魔法の詠唱をしなければ。
[聖奈美]:「――エル・エルゼクス、炎の精霊よ、我に力を与えたまえ」
くそ、あいつもあれが使えたのか。
[聖奈美]:「これで、すぐに壊してあげるわ。ふふ」
ただでさえ能力が上昇してるってのに、これ以上上げてどうするっていうんだ。急いで唱えなければ。とりあえずは、落ち着くんだ、俺。精神を集中させて、詠唱に入る。
[吹雪]:「――我を包み込む暖かな光よ。その力を今、我に与えん。――エル・エルフィリード、マーキス。光の精霊よ、我に大いなる力を与えたまえ。――セイクリッドスパークル!」
詠唱と共に、目映い光が杠を包み込んだ。
[聖奈美]:「えっ!? な、何!?」
どうやら状況を飲み込めていないらしい。光は尚輝きを増し、杠を包み込んでいる。
[聖奈美]:「うっ、な、何よこれ……どうして」
[実況者]:「な、何が起こったのでしょう? これは大久保選手の魔法でしょうか?」
俺はその状況をじっと見続ける。……お、徐々に杠のオーラが消えていくぞ。読みは、当たったか? しばらくして、輝きはなくなり、消えていった。だが、それと共に、杠のオーラも完全に消えていた。
[聖奈美]:「く……あんた、一体何を――」
[吹雪]:「魔法だ、お前が気づかれないように唱えていた覚醒呪文を掻き消したのさ」
[聖奈美]:「――っ!?」
[吹雪]:「最初は全く気づかなかった。そんな素振りは全く見えなかった、いや、見れなかったからな。それはそうだ、お前は俺に攻撃を放ちながら唱えていたからだ」
[聖奈美]:「…………」
[吹雪]:「普通の奴なら、一つの魔法を唱えている最中じゃあ集中力が続かないから唱えることはできない。考えてみれば単純なことだったんだ。ただ、そんなことが学生でできるなんて、って考えが先に働く。お前はそれを逆手にとったってわけだ」
[聖奈美]:「……ふ、そうよ。あたしは二つの魔法を同時に詠唱できるの。これに気づいたのは、あなたが初めてよ」
[吹雪]:「やっぱりか……」
[聖奈美]:「でも、それが分かったところであたしを倒せるのかしら? 勝負はまだ終わってないわよ。それにあなたが唱えたのは光魔法、消費は激しいんじゃない?」
さすが、伊達に成績が優秀じゃない、か。
[聖奈美]:「このまま押し切ってやるわ。見てなさい!」
[実況者]:「た、大変なことになってきました。このような試合が近年でありましたでしょうか! これこそ決勝戦、両者のハイレベルな攻防に目が離せません!」
[繭子]:「みんなー、ふーちゃんに声援をもう一度送りましょー! いくわよーせーの――」
[クラスメイト]:「フレー・フレー、ふ・ぶ・き。それ、フレ、フレ吹雪、フレ、フレ吹雪、ワー!」
みんなサンキュー、まだ、頑張れそうだ。
[聖奈美]:「さあ、まだまだいくわよ! ――アイスエッジ!」
よし、ここは戦法を変えていこう。奴の意表を突いてやれ。
[吹雪]:「…………」
俺は、気づかれないように準備を始める。
[聖奈美]:「ふん、やっぱりもう魔力は残ってないんじゃないの?」
[吹雪]:「く……」
[聖奈美]:「避けるのも辛いのかしら? ふふ、いいわ、じわじわ追い詰めてあげる」
ブーストは解けたといっても、威力が大きいのは変わらない。直撃をしないように最新の注意を払いながら、俺は準備を進める。
[聖奈美]:「もう、しつこいわね。――アイシクルボム!」
よし、後少し――。
[聖奈美]:「喰らいなさい!」
[吹雪]:「何!? ――うぐっ!?」
直撃、はギリギリで避けたが、それによって起こる爆風までは避けられなかった。俺の体に切り傷がついていく。
[聖奈美]:「ふふ、どお? 大人しくあきらめたら?」
[吹雪]:「……ふ、ここからさ」
傷は負ってしまったが、準備は出来た。
[聖奈美]:「何よ、笑ってる余裕なんてあるの?」
杠がこちらににじり寄ってくる。――その瞬間。
ズガーン。
[聖奈美]:「きゃあっ!?」
杠の近くで、大きな爆発が起こった。すんでの所で交わしたようだが、動揺は隠し切れてない。
[聖奈美]:「今のは一体……まさか、あなた……」
[吹雪]:「ふ、俺が何もしないでいると思ったら大間違いさ」
[聖奈美]:「くそ……さっきのは演技だったのね」
俺が何をしたか。
俺は逃げる振りをしながら、爆弾を一帯に埋め込んでおいたんだ。詠唱して出現させた球体のボムを地面一帯に設置する。よく目をこらさなければ見えない大きさ、まして地面が荒れた今の状態ならさらに撹乱が利く。逃げながら詠唱するのは少々きつかったが、それでも不思議と集中力は続いていた。
奴の集中力を削るにはこれが最善の策だろう。
[聖奈美]:「くそ、あたしとしたことが……」
[吹雪]:「これで、互角以上に戦えるな」
[聖奈美]:「そ、そんなことないわよ。これくらいで、あなたと互角になんて――」
ズガーン。
[聖奈美]:「っ――!?」
強気ではあるが、少々不利になったのは確かだろう。よし、今のうちに攻撃を仕掛けるぞ。
[吹雪]:「――クロスフレイム!」
[聖奈美]:「く、この……」
足下に注意を払っているせいか、杠の動きは大幅に鈍ってきている。能力が上がっていない今が、奴を追い込む絶好のチャンスだ。
[吹雪]:「――バーニングエッジ!」
[聖奈美]:「ん、ふっ……」
ただ闇雲に攻撃をしているわけじゃない。炎の魔法を打っているのには理由がある。たとえ杠に命中しなくとも――。
ズガーン。
[聖奈美]:「きゃあっ!?」
地面にばら撒いた魔法爆弾の誘発を可能にする。
[聖奈美]:「うっ、集中さえできれば……」
[吹雪]:「そう簡単にはさせないぜ。――エル・エルウィアス、炎の精霊よ、我に力を与えたまえ。――ファイヤーブレード!」
[聖奈美]:「っ、避けなきゃ……――!? しまった、足下に……」
[吹雪]:「そこだ!」
俺は足下の爆弾めがけて魔法を放った。
[聖奈美]:「きゃあああああっ!」
爆発が巻き起こり、土煙が舞い上がる。俺は急いで杠の近くに走り寄る。
[聖奈美]:「く……」
[吹雪]:「…………」
[聖奈美]:「う、……ま、負けたわ」
その言葉と同時に、周囲から大きな歓声とどよめきが沸き起こった。
[実況者]:「大久保選手の勝利です! 去年のチャンピオンを破り、見事優勝を手にしました!」
[繭子]:「きゃー、ふーちゃーん!」
[舞羽]:「吹雪くん、おめでとー!」
[翔]:「吹雪ー、大好きだー」
男に言われても、あまり嬉しくないな。でも今は、そこまで悪い気はしなかった。勝った、んだよな? 俺。
[聖奈美]:「……く」
杠のこの様子を見る限り、どうやら本当のようだ。まさか本当に勝てるとは……よく頑張ったな、俺。今はこの雰囲気に酔ってもいい、かな?
[吹雪]:「……ん!」
俺がガッツポーズをすると、会場からはたくさんの歓声が再び起こった。