アレグロ(8)
[カホラ]:「あ、おーい吹雪」
[吹雪]:「あれ、先輩」
召集場所の近くに先輩がいた。
[吹雪]:「どうしたんです? こんなところで」
[カホラ]:「うふふ、ちょっとした後押し? 吹雪をね」
[吹雪]:「マジですか? ありがたいです」
[カホラ]:「もう私との約束は果たしたものね、準決勝進出は。次は決勝。優勝したら、もっといいご褒美を考えておくわ」
[吹雪]:「そんな、恐縮です」
[カホラ]:「ふふ、頑張って? ファイト」
先輩は握り拳を二つ作って、俺の前で力を入れた。
[カホラ]:「応援してるわ」
[吹雪]:「はい、全力で行きます!」
何ともありがたい後押しだ。余計に気合いが入ったぜ。よし、やってやる。
……………………。
召集場所には、すでに杠の姿があった。俺を見つけるやいなや、鋭い視線を俺に向けてくる。
[聖奈美]:「来たわね、大久保吹雪」
[吹雪]:「来たぞ、約束通りに」
[聖奈美]:「ふん、途中でやられるかと思ったけど、まあ、ここまで来れたのは誉めてやるわ」
[吹雪]:「そりゃどうも」
[聖奈美]:「でも、次はそうは行かないわよ。次の対戦者はあたし、二連覇のためにも、この上は絶対に譲らないわ」
[吹雪]:「なら俺は、それを奪うつもりでやってやるよ」
[聖奈美]:「ふふ、あなたにできるかしらね」
[吹雪]:「勝負は、ゲタを履くまで分からないさ」
勝負前から、敵意剥き出しだな俺たち。ぶっちゃければ、こんな風にいがみ合うのは好きじゃないんだが。今ばっかりは仕方ないか。
[召集者]:「じゃあお二人とも、会場に入ってください」
[二人]:「はい」
俺たちはそれぞれの場所に向かった。
[実況者]:「――さあ、マジックコロシアムもいよいよクライマックスです。会場はたくさんの観客で溢れかえっております。この戦いに勝利したものが、歴代マジックコロシアム優勝者に名前が刻まれます。これから始まる激戦を制すのは果たしてどちらなのでしょうか? それでは、決勝に駒を進めた二名を紹介しましょう。左サイド、学園で噂になっていた杠の刺客、果たして、勢いそのままに去年のチャンピオンを破ることは可能なのか? 能力の高さは先の試合で立証済み、大久保吹雪選手です」
ものすごい歓声が周囲から上がりだした。さすがは決勝、こんな歓声を浴びたのは人生初めてだ。
[クラスメイト]:「フレー、フレー、ふ・ぶ・き。それ、フレ、フレ吹雪、フレ、フレ吹雪、ワー!」
[実況者]:「そして右サイド、去年の鮮やかな勝利はみなさんの心に焼き付いていることでしょう。一年生にして圧巻の試合を見せてくれた去年、今年も大いな期待がかかっています。二連覇なるか、前チャンピオン、杠聖奈美選手です」
一際大きな歓声がどっと上がった。だが、杠は涼しい顔をしている。もう、会場の空気には慣れているんだろう。威風堂々、そんな様子が目に見える。
[実況者]:「共に二年生の対決となります。噂の二人が、いよいよ合間見えます」
[繭子]:「ふーちゃーん、負けちゃダメよー」
[舞羽]:「吹雪くーん、頑張ってー」
[クラスメイト]:「いけー、杠ー、大久保を打ち負かせー!」
[女子生徒]:「聖奈美ちゃーん、今年も優勝を勝ち取ってー」
[実況者]:「会場のボルテージも一気に急上昇。二人の選手にたくさんの声援が飛んでいます」
杠、あいつはどんな魔法が得意なんだ? 以前の言い合いの時、氷系の魔法が得意と言っていたが……。杠に限って、それ一辺倒ってことはおそらくないだろう。得意なだけで、きっといろんな魔法が使えるはずだ。何と言っても去年のチャンピオン、実力は折り紙付きのはず。慎重にいったほうがいい、か?
[実況者]:「さあ、いよいよ試合が始まります」
[吹雪]:「…………」
[聖奈美]:「…………」
一瞬の沈黙が周囲を包む。
[実況者]:「決勝戦、レディー・ゴー!」
ついに戦いの火蓋が切って落とされた。
[聖奈美]:「いくわよ! 大久保吹雪」
[吹雪]:「ああ、こい!」
[聖奈美]:「――エル・エルゼウス、氷の精霊よ、我に大いなる力を与えたまえ。――アイシクルボム!」
やはり氷系か。氷には、炎だ。
[吹雪]:「――クロスフレイム!」
俺の魔法が、杠の魔法を打ち消す、と思われたが――。
[吹雪]:「な、何?」
[聖奈美]:「ふふ……」
杠の放った魔法は俺の魔法ではかき消えず、俺の元に一直線で飛んできた。
[吹雪]:「な、何でだ? 相性は抜群のはず」
[聖奈美]:「ふふ、あんた、あたしを誰だと思ってるの? 杠聖奈美よ、そんな簡単にかき消えるような柔な魔法なんて打たないわよ」
[吹雪]:「何?」
[聖奈美]:「まあ、せいぜい足掻くといいわ」
[吹雪]:「く、うわっ!?」
[実況者]:「おおっと、杠選手、最初からものすごい攻撃です」
溶けない氷、これは想像以上だ。今までのとはわけが違う。
[聖奈美]:「ほら、どんどんいくわよ! ――ブリザード!」
強風と共に、ものすごい勢いで雪が俺に襲いかかる。
[吹雪]:「くそ……」
もう一度だ、もう一度試してみよう。
[吹雪]:「――バーニングエッジ!」
……………………。
[聖奈美]:「ふふ、攻撃したつもり? それで」
うん、やっぱりダメか……。というか、溶けない氷なんて、今まで見たことがないぞ。一体どうやって……何か打開策を立てないと。
[実況者]:「杠選手、強力な攻撃で大久保選手を押しています」
[繭子]:「ふーちゃーん、気合いよ~」
分かってるっての。でも今は、やり過ごすしかない。
[聖奈美]:「む、身のこなしが速い男ね。――アイシクルボム!」
攻撃する隙を与えない気か?
[吹雪]:「むう……」
くそ、防戦一方じゃないか俺。何だか釈然としないぞ。
[聖奈美]:「ふふ、やっぱり、あたしにはかなわないのかしら?」
[吹雪]:「何だと? まだ始まったばかりだ」
[聖奈美]:「早く本気を出しなさいよ、大久保吹雪」
言われなくても……。そうだな、氷の魔法を相殺しなくちゃいけない理由はない。要は杠に俺の魔法を当てればいいわけだ。よし、やってやるぜ。
[吹雪]:「――エル・エルフィリス、風の精霊よ、我に力を与えたまえ、ファインブロー!」
[聖奈美]:「んう!? この猪口才な」
杠はステップを踏んで俺の魔法を交わした。
[吹雪]:「くそ、避けたか」
[聖奈美]:「そう簡単には当たらないわよ。女を舐めないで」
別に舐めてるつもりはないんだが……。
[聖奈美]:「次いくわよ? ――エル・エルバヌス、氷の精霊よ我に力を与えたまえ。――アイスレイン!」
また氷系か、くそ、うっとうしいな。
空から、たくさんの氷が俺めがけて降り注いでくる。
[聖奈美]:「喰らいなさい!」
避けれるか? 俺は影を見て、落下してくる場所を予測する。
[吹雪]:「よっ――と」
何とか避けれた、と思ったが。
[吹雪]:「つ――!?」
どうやら掠っていたらしい。俺の右腕に傷が付いていた。
[聖奈美]:「また避けたのね、あんた」
[吹雪]:「そりゃ避けるだろ、普通」
[聖奈美]:「次は、外さないわよ。もう一度、喰らいなさい! ――アイスレイン!」
[吹雪]:「この……」
またしても降り注ぐ氷の雨。それに、一発目よりもたくさん降っているように見えるのは気のせいか?
[吹雪]:「いや、気のせいじゃないぞこれは」
明らかに影の量が増えている。相殺は、可能か? やるしかない。
[吹雪]:「――ウィングエッジ!」
俺は降ってくる氷めがめて魔法を放った。
バーン!
[吹雪]:「うわっ!?」
[聖奈美]:「きゃっ!?」
爆発音と共に、氷の破片が降ってきた。
[吹雪]:「これは、危ないな」
尖ってないだけいいが、少々失敗した。
[聖奈美]:「危ないじゃないの、ちょっと」
[吹雪]:「危ないって、お前が打ってきたんだろ」
[聖奈美]:「確かにそうだけど、あたしを巻き込むのはやめなさい!」
[吹雪]:「横暴だぞ、それは」
[聖奈美]:「何ですって、この――アイシクルボム!」
[吹雪]:「くそ……」
早く何とかしないと、いずれ直撃しちまう。ブースト状態にしたいが、なかなかその隙を与えてくれない。
[聖奈美]:「そうやって走り回ってるといいわ」
いちいち馬鹿にするようなことを言いやがって。というか、さっきからアイツの魔法の威力が上がってるように見えるのは俺の気のせいか? 今のアイシクルボムに至っても最初に打ってきた時よりも爆発力が高かったように見える。あれだけ打っているっていうのに……どういうことだ?
[聖奈美]:「ふふ……」
笑ってやがる。俺からも仕掛けたいが……。
[聖奈美]:「そこよ! 喰らいなさい!」
[吹雪]:「なっ――!?」
しまった、一瞬の隙を付かれた。
[聖奈美]:「アイシクルボム!」
[吹雪]:「く、間に合え――うぐっ……!?」
俺は大きく後ろに吹き飛ばされてしまった。
[実況者]:「大久保選手、直撃です! 大丈夫なのか!?」
[繭子]:「ふーちゃん!」
[舞羽]:「吹雪くん!」
……………………。