第六話 武器庫の数と、疑いの目
洗濯物を畳む。自分の服が四着だけなことをしみじみと、いいなと思っていた。
生成りのワンピースが二着と、薄い灰色のが一着と、少しだけ青みがかったのが一着。どれも同じ形で、袖が手首まであって、丈はくるぶしの上。洗いやすくて、乾きやすくて、動きやすい。
前にいた場所でも、毎日ほとんど同じ格好をしていた。けれどあれは選んだわけではなかった。決められたものを着て、決められた時間に動いていた。みんなが同じものを着ている場所で働いていた。あの頃の服にはわたしの好みは一切入っていなかった。
今は違う。この四着はわたしが選んだ。布の手触りが好きで、洗ったあとの匂いが好きで、着ていて体が楽だから選んだ。四着あれば二日に一度の洗濯で回る。棚に畳んで並べると、四つの四角がぴったり揃う。それが好きだ。
畳み終えた服を棚に仕舞って、残りの一着に袖を通す。今日は生成りの日だ。
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朝食のかぶの汁物を飲んでいると、扉を叩く音がした。
城の衛兵だった。見覚えのある顔だ。前回、書庫に案内してくれた人だろう。
「ミーナ殿。テルナー財務官より、再度お力を借りたいとのことです」
「帳簿ですか」
「いえ、今度は武器庫の整理だそうです。軍備品の棚卸しに先立って、庫内を整理できる人が必要と」
武器庫。剣とか弓とかが入っているところだ。
「わたし、武器は扱えませんが」
「並べ替えてもらうだけとのことです」
日当を聞いたら金貨一枚だった。前回と同じだ。
「行きます」
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城の地下に武器庫はあった。
階段を下りると、石壁の冷たい空気に変わった。松明の灯りで、広い部屋が照らされている。書庫より天井が低い。その代わり奥行きがある。
壁面に木の棚が並んでいる。棚には剣、短剣、槍の穂先、弓。中央の台に盾が積まれている。奥のほうには矢筒と、革鎧を掛けるための横木がある。
迎えたのはテルナー財務官ではなく、ブレンナー軍務官という男だった。四十代半ば。体が大きくて、腕が太い。軍人の体だ。
「テルナーの紹介か。帳簿の件では世話になったと聞いている」
「いえ、並べ替えただけです」
「うむ……。今回も同じようにやってくれればいい。棚卸しの前に、中身を種類ごとに揃えてくれ。重いものもあるから、手伝いをひとりつける」
ブレンナー軍務官が若い兵士を呼んだ。ヴォルフと名乗った。背が高くて無口だ。書庫の整理を手伝ってくれた書記官と雰囲気が似ている。
軍務官が出ていった。わたしとヴォルフさんが武器庫に残った。
まず全体を見る。棚は八列。中央の台が二つ。横木が壁に四本。量はそこまで多くないが、分類がされていない。剣と短剣が同じ棚に混ざっている。槍の穂先と矢じりが同じ段に入っている。
それから、わたしの目が数を拾い始めた。
剣、四十七本。短剣、三十三本。槍の穂先、二十八個。弓、十五張。盾、二十一枚。矢筒、十二本。革鎧、九着。
棚の裏に台帳が掛けてあった。在庫の数が書いてある。日付は半年前だ。
台帳の数字を見る。剣、六十本。
四十七と六十。十三本足りない。
短剣。台帳は四十本。実数は三十三。七本足りない。
弓。台帳は二十張。実数は十五。五張足りない。
どの品目も、台帳の数字より実物が少ない。
わたしは台帳を閉じて、もう一度数えた。数え間違いかもしれない。棚の奥に落ちているものがあるかもしれない。
棚の裏側に回って確認した。壁と棚の間に落ちているものはない。棚の一番下の段も覗いた。何もない。隣の部屋に繋がる扉があったので開けた。空の小部屋だった。ここにも何もない。
二度数えても、数は同じだった。
わたしにできることをする。種類ごとに分類して、棚に並べ直す。
「ヴォルフさん、剣を棚から下ろして壁際に並べてください。長いものと短いものを分けて」
ヴォルフさんが頷いて動き始めた。剣を片手で軽々と持ち上げる。わたしには両手でも重いものを、この人は何でもないように運ぶ。わたしは分類の指示を出しながら、短剣や矢筒など自分で持てるものを移動させた。
長剣の中でも刃の形が違うものがある。柄の材質も違う。わたしは剣のことを何も知らないが、形と大きさで分けることはできる。同じ形のものを揃えて棚に戻す。長さ順に並べると、一本抜けたときに長さの列が崩れるからすぐわかる。
「こっちの棚に、長い順で入れてください」
彼が黙って従う。わたしが指さした位置に、正確に置いていく。いい手伝いだ。
弓は弦の状態で分けた。張ってあるものと緩めてあるものがある。弓の扱いは知らないが、きっと意味があるのだろう。状態ごとにまとめて壁に立てかけた。
盾は大きさ順にヴォルフさんが重ねていく。革鎧は横木に掛け直した。革の状態がいいものと傷んでいるものがある。分けて掛けた。
松明の灯りの中で、汗を拭いた。ヴォルフさんがいなければ倍はかかっていた。
棚ごとに配置図を書いた。各棚に何が何本あるかを記した一覧表を作った。台帳の数字と実数を並べて書いた。差が出ている品目に印をつけた。
これをブレンナー軍務官に渡せばいい。数が合わない理由は、……わたしにはわからない。
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ブレンナー軍務官が戻ってきたのは夕方だった。一覧表を渡した。
軍務官が目を通している。途中で顔が変わった。
「……剣が十三本足りない」
「はい。それ以外の品目も台帳の数と合いません。一覧表に差を書き出してあります」
軍務官がわたしを見た。目つきが違う。
「お前、本当に並べ替えただけか」
「はい」
「この武器庫に入ったのは今日が初めてだと言ったな」
「はい」
「鍵は誰に借りた」
「衛兵の方に開けていただきました。わたしは鍵を受け取っていません」
軍務官がこちらに一歩近づいた。体が大きい。圧がある。
「剣が十三本消えている。短剣が七本。弓が五張。お前がここに入る前に、こんな差はなかったはずだ」
「半年前の台帳と比較した結果です。わたしが来る前からこの差はあったのではないでしょうか」
「それを証明できるか」
「わたしには証明する手段がありません。ただ、数えただけです」
軍務官がさらに何か言おうとしたとき、階段から足音が聞こえた。
「ブレンナー殿」
テルナー財務官だった。白い髭を整えた、あの落ち着いた顔。
「何事か」
「ミーナ殿の報告について伺いたい。――まさか、彼女を疑っているのではないだろうな」
「……数が合わんのだ。そういう結果である以上、聞かない訳にいかぬ」
「ヴォルフもおりましたでしょう」
テルナー財務官が冷静に言った。ヴォルフが階段の上から降りてきた。軍務官がヴォルフを見る。
「ヴォルフ。この者が何か持ち出すのを見たか」
「いいえ。ミーナ殿は終始、分類の指示と記録をしていました。武器に触れたのは短剣と矢筒のみです」
テルナー財務官がわたしの隣に立った。
「ミーナ殿は先日、私の書庫の整理もした。彼女がやったのは帳簿を見やすく並べたことだけだ。しかしそれによって、三年間誰にも見えなかった数字の乖離が明らかになった。今回も同じことが起きている」
テルナー財務官の声は静かだが、力があった。
「それと、ひとつ付け加える。彼女は作業日を引き延ばして日当を多く受け取ろうとしない。三日かかると見積もった仕事が二日で終われば二日分しか請求しないだろう。私はそういう人間を疑わない」
ブレンナー軍務官が黙った。
「ミーナ殿。あなたは何をした」
「わたしは、角を揃えただけです。ここにあるものはわたしに扱えないものばかりですから」
テルナー財務官が軍務官のほうを向いた。
「棚卸しは半年ぶりだろう。この半年間、武器庫の鍵を管理していたのは誰か。それを調べるのが先ではないか」
軍務官の顔色が変わった。怒りではない。何かに気づいた顔だ。
「……その通りだ。ミーナ殿、非礼を詫びる」
「いえ」
「あなたの仕事は見事だ。一覧は使わせてもらう」
軍務官が一覧表を持って階段を上がっていった。足音が速い。
わたしは武器庫の中に立ったまま、整然と並んだ剣を見ていた。長さ順に揃っている。隙間も均等だ。綺麗に並んでいる。なのに、並べた結果がこうなるとは思わなかった。
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城の廊下で、テルナー財務官が並んで歩いてくれた。
「不快な思いをさせた。申し訳ない」
「いえ。数が合わなかったら、そこにいた人間を疑うのは普通のことだと思います」
「普通であっても、不当だ。あなたは依頼された仕事をしただけだ」
わたしは少し黙った。疑われたこと自体は、そこまで気にしていない。数が合わない原因を探すのは当然だ。ただ、整理すればするほど問題が出てくるのは、少し疲れる。片付ければ綺麗になる。それだけのはずなのに。
「ミーナ殿」
「はい」
「詫びと言ってはなんだが、近日中に執務室でお茶でもいかがだろうか。書庫の件でいくつか伝えておきたいこともある。美味い蜂蜜菓子があってな」
蜂蜜菓子。甘いもの。最近食べていない。
「……行きます」
「即答だな」
「甘いものに弱いので」
テルナー財務官が少しだけ口元を緩めた。笑ったのかもしれない。よくわからない。
城を出て、夕暮れの空を見上げた。城壁の石は相変わらず古いままで、新しい修繕の跡はない。今日の武器庫の数字もそうだ。並べ替えると、ないものが見える。見えないほうがよかったものも。
帰ったら服を洗おう。明日は灰色のワンピースの日だ。
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