第三十話 お揃いのリボンと、巾着の家
鏡の前で髪を結んでいて、気づいた。
髪が伸びている。城に来たときは肩のあたりだったのが、今は背中の真ん中まで届く。結ぶのに手間がかかるようになった。いつもの一本結びだと毛先がばらける。
前にいた場所では、髪のことを気にする余裕がなかった。伸びたら切る。それだけだった。切ることすら面倒で放置した時期もあった気がするが、もう思い出せない。
今は違う。鏡がある。鏡の中にそばかすの顔がある。亜麻色の髪が伸びて、少しだけ印象が変わった。素朴だけど、前よりましだ。
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朝食のとき、リーゼ様が来た。
「ミーナ、髪伸びたね」
「はい。括りにくくなってきました」
「括ればいいじゃん。リボンで」
「リボンですか」
「うん。フリーダがいつもわたしの髪を編み込みにしてくれるんだけど、ミーナは一本にまとめるだけでしょ。リボンで括ったら可愛いと思う」
フリーダが横から顔を出した。
「リーゼ様の言う通りです。ミーナさんの髪の色だと、薄い色のリボンが映えます。青系か、白に近い色」
「フリーダさん、わたしは——」
「たくさん増やさなくていいです。リボン一本です。棚は増えません」
棚が増えないなら、いいのかもしれない。
「ねえ、一緒に買いに行こうよ。市場に」
リーゼ様が目を輝かせている。城主の娘が市場に行くのは、本来あまりよくないことなのだろう。でもリーゼ様の顔は「止めても行く」という顔だった。
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午後。お忍びで城を出た。
リーゼ様が普段着に着替えて、フリーダが付き添いで、わたしが案内役。ヴォルフさんが少し離れてついてきている。護衛というより、散歩についてくる犬のような距離感だ。
城下町の市場は冬の終わりでも賑わっていた。布地屋、革細工屋、食料品の屋台。リーゼ様はきょろきょろしている。城の外に出ること自体が珍しいのだろう。
「ミーナ、あの屋台何?」
「焼き栗です」
「食べてみたい!」
「リーゼ様、目的はリボンです」
「リボンのあとで」
布地屋の一角に、リボンの棚があった。色とりどりのリボンが巻かれて並んでいる。幅も素材もさまざまだ。
フリーダの目が光った。職業病だ。棚の前にしゃがみ込んで、リボンを一本ずつ手に取って確認し始めた。
「ミーナさんの髪の色と目の色を考えると、この薄い青か、この淡い緑がいいです。白は映えますけど汚れやすいから日常使いには向きません」
「わたしは何でも——」
「何でもいいと言わせません。自分で選んでください」
自分で選ぶ。フリーダが真剣な目で言っている。この人は衣裳のことになると一歩も引かない。
リボンを手に取った。薄い青。巾着と同じ色だ。触ってみた。柔らかい。絹ではないが、手触りがいい。幅は二センチくらい。髪を括るのにちょうどいい。
「これがいいです」
「即決ですね」
「いい色だなと思いました」
リーゼ様がわたしの隣に来た。
「わたしも同じのにする」
「え?」
「お揃い。同じ色で同じリボン。いいでしょ?」
「リーゼ様は編み込みだから、幅はもう少し細いほうが——」
「同じのがいいの」
リーゼ様は譲らない。同じ薄い青のリボンを二本買った。銀貨一枚ずつ。
買ったリボンを手に持って、市場を歩いた。焼き栗を買った。三人で分けて食べた。ヴォルフさんにも一つ渡した。「いらない」と言うかと思ったら、黙って受け取った。かぶに続いて二回目だ。
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城に帰った。控室で、鏡の前に立った。
リボンで髪を括った。一本に束ねて、リボンを巻いて、蝶結びにした。フリーダが「ここをこう」と手を出してくれた。結び目がきれいになった。
鏡を見た。亜麻色の髪に薄い青のリボン。そばかすの顔。巾着と同じ色が髪に載っている。
「似合う……!」
フリーダが言った。リーゼ様も自分の髪にリボンをつけて、わたしの隣に並んだ。鏡に二人の顔が映っている。明るい茶色の髪と亜麻色の髪に、同じ薄い青。
「お揃いだね」
「お揃いです」
お揃いのものを持つのは初めてだ。前にいた場所では、誰かとお揃いのものを持ったことがない。あったかもしれないが、思い出せない。でもいい。今、鏡の中に二人の薄い青がある。それだけでいい。
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夜。リボンを外した。
棚の上を見た。巾着がある。カティさんにもらった薄い青の巾着。ずっと空のまま、襟用のリボンの隣に並んでいた。フリーダがつけてくれた薄い青のリボンと、巾着。二つの薄い青が棚の上にあった。
でも今日、新しいリボンが来た。髪のリボン。
巾着を手に取った。口を開けた。髪から外したリボンを、くるりと巻いて中に入れた。ちょうどいい大きさだ。巾着の中にリボンが収まった。口を閉じた。棚に戻した。
明日の朝、巾着を開けてリボンを出す。髪を結ぶ。夜になったら外して、巾着に入れる。毎日。
空だった巾着が、毎日使うものの家になった。
カティさんの巾着に、リーゼ様とお揃いのリボン。
わたしの人生で出会った人たちが、棚の上の小さな布袋の中で重なっている。
それに、わたしが選んだ色だ。わたしが選んだリボンだ。わたしが「これがいい」と言って買った。
前にいた場所では、何かを「これがいい」と選んだ記憶がない。
選ぶ余裕がなかった。選ぶ気力がなかった。でも今は選べる。四着のワンピースを選んだように。贈り物の革紐を選んだように。城に残ることを選んだように。
巾着の口を、きゅっと閉じた。
いい一日だった。




