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わたしの特技ですか? 整理整頓です。 ~なんでかお城のお偉いさんがたくさん相談しに来るけど、角を揃えただけなので~  作者: 絹田屋


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第三話 薬棚と、消えた三番の瓶



 朝、棚の布巾を畳み直す。三つ折りにして端を合わせる。指先で触ると、布の端が揃っているのがわかる。目を閉じていてもわかる。合っているときは合っている手触りがするし、ずれているときは、ほんの髪の毛一本ぶんでもずれている感じがする。


 これがお片付け術(極)とやらの恩恵なのかどうか、正直よくわからない。転生特典として選んだときは、部屋が綺麗に保てるくらいのものだと思っていた。でもこちらに来てから、指先や目の感覚がやけに鋭い。まあ、便利なので深くは考えない。


 洗面の水を汲んで、顔を洗う。棚の横に掛けた小さな鏡で髪を整える。鏡の中の顔は、まだときどき他人に見える。こちらでの顔だ。亜麻色の髪に、薄い青の目。前にいた頃は黒い髪で、もっとくたびれた顔をしていた。年も今よりずっと上だったと思う。今の自分がいくつなのか正確にはわからないが、若い。肌がきれいだ。前は鏡を見る余裕もなかった。鏡がどこにあるかもわからないような場所にいたから。


 髪を結んで、襟元を整えて、靴を揃えて。よし。


 窓を開ける。今日は空気が乾いている。洗濯日和だ。シーツを洗おう。


 洗い桶に水を張って、シーツを浸す。石鹸を擦りつけて揉む。汚れが落ちたら絞って干す。物干し竿の高さがちょうどいい。地面から百八十二センチ。シーツの裾が地面につかない高さだとわかる。


 ――いや、なぜわたしはこの竿の高さを正確に知っているのだろう。


 ときどきこういうことがある。見ただけで長さがわかる。棚の幅、箱の奥行き、紙の厚み。正確にわかる。転生特典の副産物なのかもしれない。片付けをしているとき、わたしの目は勝手にものの寸法を測っている。こちらの世界の文字が最初から読み書きできたのと同じで、理屈はわからないけれど、できてしまう。


 まあ、便利なのだからいい。シーツを干して、干し果物を齧りながら座っていると、扉を叩く音がした。


-----


 ホルスト家のルッツさんだった。


「ミーナさん、お仕事をお願いしたいのですが」

「ホルスト家の書庫にまた何か」

「いえ、今回は別の家です。当主からミーナさんを紹介させていただきました」


 ルッツさんが説明するには、城下町に薬種問屋を営むヴェーバー家という家があるらしい。名前は貴族風だが、元は商家で、二代前に功績を認められて准男爵の称号を得た家だという。


「薬種問屋の棚を整理してほしいとのことです。ホルスト家の当主がミーナさんのことをお伝えしたところ、ぜひにと」

「薬棚ですか」

「はい。大きな棚が複数あるようで、管理が追いつかなくなっていると」


 日当を聞いたら銀貨十二枚だった。かぶ二百四十個ぶん。最近かぶの値段が上がっているので、正確には二百十六個だけれど。


「行きます」


-----


 ヴェーバー家の薬種問屋は城下町の南通りにあった。表は店舗、裏手に調合室と薬棚のある部屋がある。


 案内してくれたのは、ヴェーバー家の当主の娘だという若い女性だった。エルマと名乗った。背が高くて、手が薬焼けしている。薬師の手だ。


「父が体調を崩しまして。それまで薬棚の管理は全て父がやっていたのですが、わたしでは」

「お父様のやり方がわからない、と」

「そうなんです。父にしかわからない法則で並んでいて。いえ、法則があるのかどうかも」


 薬棚の部屋に入った。


 壁一面に木の棚が据えられている。棚には小さな陶器の瓶がずらりと並んでいた。ざっと見て百二十ほどある。いや、百二十三。なぜ数えなくても数がわかるのか自分でもよくわからないが、棚に並んだものの総数はだいたい一目で把握できる。瓶にはそれぞれ紙の札が貼られていて、薬草や鉱物の名前が書いてある。


 一見すると整然としている。瓶は棚に収まっていて、倒れているものもない。マルケス商会の倉庫やホルスト家の書庫に比べれば、よほど片付いている。


 だが、わたしの目が引っかかった。三箇所、同時に。


 まず、二段目の右端の瓶が隣の瓶より三ミリほど前に出ている。次に、五段目の中ほどで瓶の大小の並びが崩れている。大きな瓶の列に小さな瓶がひとつ紛れ込んでいる。


 そして三つ目。棚の三段目。左から七番目の瓶と八番目の瓶の間に、瓶ひとつぶんの隙間がある。ほかの隙間が瓶の直径の半分ずつなのに、ここだけ瓶の直径とぴったり同じだけ空いている。


「ここ、瓶がひとつ抜けていませんか」

「え?」


 エルマさんが近寄って棚を見る。


「……言われてみれば、隙間がありますね。でもどの瓶が抜けているのか」


 わたしは棚全体を見渡した。瓶の並びに規則がある。すぐにはわからないが、ある。札の文字を目で追う。


 最上段の左端から。甘草、桂皮、芍薬、当帰、川芎――。


「あ、これ、五十音順じゃないですね」

「えっと、父は独自の分類で……」

「いえ、五十音ではないのですが、効能別のような気がしますね。この段は解熱に関わるもの、この段は鎮痛、この段は……」


 三段目を改めて見る。左端から順に札を読む。ある種類の症状に使う薬草が並んでいる。七番目と九番目の間に来るべきもの。効能の系列と、名前の順番と、瓶の大きさから推定すると。


「もしかして、紅花? という瓶ではないですか。この並びだと、七番目の次に紅花が来るのが自然です」


 わたしに薬草などの知識はないが、そうだと分かるのが不思議だ。

 エルマさんの顔色が変わった。


「紅花。――紅花は高価な薬種で、在庫管理を厳密にしていたはずです。瓶ごとなくなるなんて」

「棚から落ちたか、別の場所に置いたか。調合室のほうにありませんか」


 二人で調合室を探した。棚の裏、作業台の下、引き出しの中。わたしは棚と壁の間の隙間に目を向けた。薬棚の背板と壁の間に、指三本ぶんの隙間がある。覗き込む。


 暗がりの中に、小さな瓶が横倒しで落ちていた。


「ありました。棚の裏に落ちています」


 棚を少しだけ動かして瓶を取り出した。札には「紅花」と書いてある。蓋はしっかり閉まっている。中身も無事だった。


 エルマさんが瓶を受け取って、しばらく黙っていた。


「……この瓶、もしかして……」

「何かありましたか?」

「半年前から帳簿と在庫が合わなくて」

「はあ」

「紅花は一瓶で金貨五枚します。帳簿には在庫があるのに、棚にないので、誰かが持ち出したのではないかと。――使用人のひとりが疑われていました」

「……それは」

「父が倒れる前に、その使用人を問い詰めたんです。でも本人は知らないと。結局うやむやになったまま父が倒れて」


 エルマさんが瓶を胸の前で握っている。


「この瓶が、棚の裏に落ちていただけだったんですね」

「そうみたいです」

「……あの使用人に、謝らなければ」


 わたしはその話にどう応じていいかわからなかったので、棚の整理に戻った。


 まず、さっき気になった二段目の瓶を奥に押して列を揃える。五段目の紛れ込んだ小さな瓶は、札を見ると鎮痛系の薬草だった。三段目に属するものだ。元の位置に戻す。


 それから瓶を全て棚から下ろした。百二十四。紅花を足して百二十四。瓶を下ろしながら、棚板に埃が溜まっている段とそうでない段があるのに気づく。埃が少ない段は頻繁に出し入れされている。よく使う薬種が入っている段だ。その段を目の高さに持ってくれば、エルマさんの作業が楽になる。


 棚板を布で拭く。瓶の底も一つずつ拭く。百二十四回。拭きながら札の文字を読んで、分類を頭に入れていく。エルマのお父さんの分類に従って元の順番に戻しつつ、瓶と瓶の間隔を均等に揃えた。瓶の直径の半分。全ての隙間を同じにする。こうすれば、ひとつ抜けた瞬間に隙間の広さで気づける。


 棚の端に、各段の分類を書いた札をつけた。


「お父様の分類はよくできていました。効能別にまとまっているので、調合のときに探しやすいはずです。ただ、どの段が何の分類か、お父様の頭の中にしかなかったので、それを書き出しただけです」


 エルマがすべての棚を見て回って、しきりに頷いている。


「それと、よく使う薬種が上のほうの段に入っていたので、手元の高さの段に移しました。踏み台を使わなくて済みます」

「ありがとうございます。脚立を出すのも面倒だったので助かります」

「あと、三段目と五段目は瓶の高さに対して棚板の間隔が広すぎます。一センチと五ミリほど棚板を下げると、上の段にもう一列入ります」

「……そんな細かいこと、目でわかるんですか」

「なんとなく見れば。棚板の位置を変えますか」

「お願いします」


 釘を外して棚板を調整した。測らなくてもわかる。棚板と瓶の頭の間に指一本ぶんの隙間があるのが、取り出しやすくて収まりもいい。


 作業が終わる頃には日が暮れかけていた。


-----


 帰り際、エルマさんが門の前まで見送りに出た。


「ミーナさん。あなたがやったのは、片付けだけではないと思います」

「いえ、角を揃えただけです。そんなに特別なことは」

「あの使用人は、疑われてからずっと顔を伏せて働いていました。それが今日、晴れるんです」


 それはよかった。でも、わたしは棚の裏を覗いただけだ。隙間があれば覗く。物が落ちていれば拾う。それだけのことで。


「また何かあればお声がけください。薬棚はきれいだと気持ちがいいので」


 帰り道、月が出ていた。今日の日当で干し肉が買える。人参の炊き込みご飯に干し肉を足したらどうだろう。贅沢だ。たまにはいい。


 肉屋はもう閉まっているだろうか。足を速める。閉まっていたら明日でいい。明日のほうが新しいのが入るかもしれない。


 部屋に帰ったら、まず手を洗って、靴を揃えて、棚の布巾を確認しよう。朝のまま整っているはずだ。整った部屋に帰れる。それだけでいい一日だった。

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