第十八話 大掃除の手順書と、よく似た人
三日かけて手順書を仕上げた。
紙五枚。一枚目は城全体の見取り図と工程の概要。二枚目から四枚目が日ごとの作業内容と担当の割り振り。五枚目が必要な道具と資材の一覧。
見取り図を描くのが一番楽しかった。城の構造を頭の中に組み立てて、紙の上に落とす。中央棟は三階建て。東棟も三階。西棟は二階。地下は中央棟の直下。各階の部屋数と棚の数を、記憶から引き出して書き込んだ。正確にはわからない部屋もあるが、廊下を歩いたときに数えた扉の数と間隔で推定した。
前にいた場所では、計画を立てることが苦手だった。
何をどの順番でやればいいのかわからなくて、結局何もできずに一日が終わった。今は違う。棚の整理と同じだ。全体を見て、分類して、順番を決めて、割り振る。手が動く前に頭が動く。頭が動けば手がついてくる。
テルナー様に見せた。五枚を順番に机に並べた。
「城の見取り図を、これだけの精度で描けるのか。一度も測量していないのに」
「廊下を歩いたときに、だいたいの距離は見えていますから」
「……もう驚かないことにした」
テルナー様が手順書に目を通して、一箇所だけ赤で印をつけた。
「地下の武器庫は大掃除の対象から外しなさい。あそこは軍務の管轄だ」
「わかりました」
武器庫を外す。理由は管轄の問題だとテルナー様は言ったが、調査中の場所に人を入れたくないという意味だろう。わたしは聞かなかった。聞かなくてもわかることは、聞かないでいい。
「ケスラー内務官にもお見せしようと思います。施設管理の統括ですし、マルタさんがキッチリしたものが好きだから喜ぶのでは、と言っていたので」
テルナー様の手がわずかに止まった。一瞬だった。すぐにいつもの顔に戻った。
「そうだな。筋を通しておくのはいいことだ。ニクラスも連れていきなさい」
ニクラスさんを指名するのは護衛の意味だろうか。それとも、ケスラー内務官のそばでの様子を見させたいのか。考えても答えは出ない。言われた通りにする。
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手順書の写しを作って、関係する部署に配った。
マルタさんには最初に渡した。読みながら「すごい、ほんとに将軍だ」と言った。将軍ではない。
ブルーノさんには厨房の工程だけ抜き出した一枚を渡した。「食器棚を全部出す日」に赤丸がついている。ブルーノさんは「俺の棚に触るのか」と警戒した顔をしたが、食器の配置図を見せたら黙った。
「……よくできてるな。使いやすい順番になってる」
「ブルーノさんの配置が元からよかったので、ほとんどそのままです。一段だけ入れ替えるのはどうかなと」
「どこだ」
「鍋の段と皿の段です。鍋のほうが重いので下の段に。皿を上に移すと、配膳のときに持ち上げる高さが減ります」
「……なるほど。腰が楽になるな」
「はい。ブルーノさんの腰が心配だったので」
「余計なお世話だ」
口ではそう言うが、配置図を大事そうに厨房の壁に貼っていた。
フリーダには「あなたの部屋は前回片付けたので、大掃除では維持確認だけでいいです。ただし棚の上の埃だけ払ってください」と伝えた。フリーダが「了解です、隊長」と敬礼した。隊長でもない。
「あと、大掃除の期間中は布が散らかりやすくなると思うので、作業中の衣裳は箱にまとめて蓋をしてください」
「細かい……でもミーナに言われると従ってしまう不思議」
リーゼ様には「東棟三階のリーゼ様のお部屋は二日目の午前です。ハンナさんにお伝えいただけますか」と頼んだ。リーゼ様が「わたしも手伝う」と言ったが、城主の娘に雑巾を持たせるわけにはいかない。
「見学していただくだけで十分です」
「つまんない。じゃあ差し入れ係にする。お菓子持っていく」
それは助かる。掃除の合間の甘いものは士気に関わる。
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残る一枚は、ケスラー内務官のぶんだ。執務室へ赴くのがいいだろうか。
ニクラスさんに聞いた。
「ケスラー内務官の執務室はどこですか」
「中央棟の二階。城主の書斎の二つ隣だ。……いまから行くのか」
「手順書をお見せするだけです」
「俺も行く」
断る理由がなかった。ニクラスさんと並んで廊下を歩いた。中央棟の二階。城主の書斎の前を通り過ぎて、二つ目の扉の前に着いた。
扉を叩いた。
「どうぞ」
声は穏やかだった。低くはない。高くもない。中間の声。
扉を開けると、整然とした空間が広がっていた。
整然。それが最初の印象だった。机の上に書類が分類されて積まれている。積み方に法則がある。大きさ順ではなく、緊急度順だ。手前が急ぎ、奥が保留。棚は壁面に二つ。帳簿と文書がきれいに背表紙を揃えて並んでいる。窓際に花瓶がひとつ。廊下の花瓶と同じ花が生けてある。花の向きが窓のほうを向いている。光に向けてあるのだ。
ケスラー内務官は、三十歳中ごろといったくらいの男性だった。髪を短く刈り込んでいて、服に皺がない。姿勢がいい。目の下に薄い隈がある。
「ニクラスと……。お前が、ミーナか」
「はい。テルナー様のもとで財務官補佐をしております」
「聞いている。書庫を整理した子だろう」
「はい。本日は年末の大掃除の手順書をお持ちしました。内務官のお目通しをいただければと」
手順書を差し出した。ケスラー内務官が受け取って、一枚目から丁寧に読み始めた。読む速度が速い。目が要点を拾っている。
「城の見取り図を自分で描いたのか」
「はい」
「部屋数が正確だな。実測したか」
「いえ、廊下を歩いたときの印象で」
ケスラー内務官が手順書から目を上げて、わたしを見た。
「それはすごい。印象で、ここまでの精度が出るのか」
「ものの大きさや数が、見るとだいたいわかるんです。角を揃えるのが得意なだけですが」
ケスラー内務官がわたしの顔をしばらく見ていた。品定めとも違う。何かを確かめているような目だった。
「よくできている。この手順書はきっと役に立つ。私から何か指摘しても、大丈夫か」
「はい、ぜひ」
「では、一点だけ。二日目の工程で中央棟二階を四部屋同時に進める計画だが、人手が余る可能性が高い。それなら二部屋ずつに分けて移動班と掃除班、廃棄班でさらに人員を分けることで、人手を遊ばせずに済む」
「……確かに。人員の計算が甘かったです。修正します」
「直したら、もう一度見せに来るといい。いつでも良い」
「はい」
そのあと二三、会話して退室した。廊下でニクラスさんと並んで歩いた。
「ニクラスさん」
「ああ」
「几帳面な方でした」
「そうだな」
「一箇所だけ修正を入れてくれました。的確でした」
「……そうだな」
ニクラスさんの返事が短い。いつものことだが、今日はいつもより短い気がした。何か考えているのかもしれない。聞かなかった。
控室に戻って、手順書の修正に取りかかった。二日目の中央棟二階を四部屋同時から二部屋ずつに変更。人員の割り振りを直す。
炭筆を動かしながら、ケスラー内務官のことを考えていた。
あの執務室は整っていた。テルナー様の机よりも整然としていたかもしれない。書類の積み方に緊急度の法則がある。花瓶の花を光のほうに向けている。窓枠に埃がなかった。あの人は毎日自分で拭いているのだろう。
わたしと、少し似ている。
ただ、一つだけ気になった。
あの目の下の隈。寝ていないのだ。整った部屋に住んでいる人が、眠れていない。部屋が整っているのに心が整っていない。それは、わたしにとって想像しにくいことだ。わたしは部屋が整っていれば眠れる。眠れないのは、部屋以外の何かが散らかっているということだ。
似ている人が、半年前から元気がない。顔が険しくなったと、リーゼ様はそう言っていた。
何があったのだろう。何が、あの几帳面な人を変えたのだろう。整った部屋で眠れなくなるほどのことが。
考えても答えは出ない。でも手順書は直せる。直して、明日もう一度見せに行く。それだけのことをする。それだけのことしか、今のわたしにはできない。




