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今日もまた、目が合わなかった

今日もまた、目が合わなかった ― 澪の気持ち ―

作者: 海空丸
掲載日:2025/12/05

澪の視点を描いてみました。

前編、後編から読んでいただけたら嬉しいです。



少し肌寒くなってきた頃。ーあなたに出会った。



私は、父が最近オープンした食堂で一緒に働いている。


働くことに慣れていない私は、家族の力を借りてでしか社会に貢献できなかった。

そんな自分に強く憤りを感じていた。


オープンしたてでまだ日も浅い。

父は、何年間も社会で辛い思いに耐えながら、お金を貯めて私のためにこの食堂を作ってくれたんだ。


―だから頑張らなきゃ


短いこの夜の時間。

この重たい心に蓋をして必死に働く。


賑わっていないこの静かな街。近くにお店も少ない。

沢山の人が来てくれた。


ここに来るお客さんは、仕事終わり沢山のストレスや疲れが溜まった人たちが

次々と夜ご飯やお酒のためにきた。


そんな人達の姿を見て私は、胸が痛んだ。





私が十八歳の時。


友達も彼氏もいて外から見れば充実しているように見えていたと思う。


だけど、体だけは幼い頃から弱かった。


元々明るかった私は、そんなこと気づかせないくらい明るく楽しく見せた。


そのせいだったのか、


「痛い」


伝えなきゃいけないその言葉すら家族、彼氏、友達。

誰にも伝えられなくなっていった。


突然、体は毎日痛んでいくようになった。


アルバイトをしていたが、


「体調が悪いので休ませてください。」


を繰り返すうちに、私はクビになっていった。


これがきっかけで、仲がよかった彼氏の顔が曇る日々も増え、耐えきれず私は別れを選んだ。



あれから三年が経つ。


全てを遮断した私が手にしたのは、少しだけ良くなってきた体と見守ってくれた父。


それと、心の病が残った。





そんな私のために父が作ってくれた食堂。

大切にすると決め、頑張って働いた。




久しぶりの人との関わりに胸が重くなる。


夜の時間という事もあり酔っ払ったお客さんが


「おねえさん、仕事は?

まさかここだけじゃないよね〜。」


笑いながら、胸がひりつくような痛い言葉を投げつけてくる日も少なくは無かった。


辞めたかった。逃げたかった。


けどそんなことは許されない。

まだ頑張ろう。自分で自分を励ました。



その時、ドアが開きからんと小さな音が響いた。

私はその時、厨房で食器を片付けていた。


生ビールと焼肉丼の注文が入る。


お客さんの前に出ることも憂鬱で、また何か言われる。

そんな気がして怯えていた。


すくむ足を動かし、


「生ビールです。」


持って行った先にいたのは二十代くらいの男の人だった。


「ありがとうございます。」


私の事を見ない。

声も遠くにいるみたい。だけどどこか暖かく感じた。



これが彼との出会いだった。



今思えばこの時から不思議な雰囲気に包まれたような人だった。

たった一度。会ったすぐから、私も初めての感覚だった。



その日は帰っても彼が頭の中に浮かんできて、いつもの胸の圧迫感は久しぶりに感じなかった。


次来たら、おかしくないように店員として話しかけてみようかな。来てくれるのかはわからないけど。

ふと、そんな事を考えながら息を呑んだ。



彼は次の日も来てくれた。

私は、話しかけると決めていたのにできなかった。




彼が来てくれるようになって三回目の日。


一回目以降注文するメニューはボリュームが少ないものに変わっていっていることに気づき、調子が良くないのかな。

と少し不安になった。


いつの間にか考えている時間が少しずつ増えていく。



帰り際、お会計をしながら聞いてみた。



「仕事終わりなんですか?」


気になることは沢山あるけど、今はこの言葉しかでてこなかった。



「そうですよ。」


変だったかなと、言ってしまった言葉に焦った。


「最近来てくれますね。

また待っています。」


恥ずかしさを隠すように吐いた言葉は、余計に私の胸の音を大きくさせた。



なぜか、彼の冷たく暖かい空気は私に、光が差しているような気持ちをくれた。

感じた事もないこの感情を知りたくなった。



なのに、


この日から数日間、私のいつもの胸の痛みは強くなってしまい、

食堂を休んだ。


私が休んでいる間、お父さんは昼の仕事もあるのに一人で頑張ってくれている。

早く、戻らなきゃ。

そう思えば思うほど、胸には大きな靄が増えていく。



そんな私を、支えてくれているお父さんは、食堂が終わり家に帰ってきて私に言った。


「無理はしなくていい。

澪のペースでゆっくり、戻れる時でいいから。」


この優しさに胸は締め付けられた。


「後、最近くるお客さんも待ってるぞ。」


私は顔が熱くなった。

それと同時にそんなわけない。強くそう思った。



お父さんの言葉が本当かは分からないけど、もしも本当だったら…


だけど、私は彼の事これ以上考えてはいけない。

この気持ちに蓋をするように、そっと胸の痛みが治るまで待った。



治るのには二週間ほどかかり、やっと少しずつ呼吸が軽くできるくらいまでになった。


今日からまた頑張ろう。


彼の事を考えることはこの休みの間で減っていた。


久しぶりの食堂に来てからここは何も変わらない。

いつも通り接客をした。


ドアが静かに音を立てながら開いた。



彼が来た。


休んでいる間に考えることは減っていたのに。

顔を見た瞬間、なぜかほっとしてしまった。


私はいつも、心がうるさい。

聞こえてこないはずの声や雑音が耳にずっとまとわりついてくる。

そんな毎日にもう疲れてしまっていた。


彼に会ってからは、それが少し小さくなってくれた。


落ち着く。


そんな事を考えていたら彼が初めて話しかけてきた。

心臓が今にもこぼれ落ちそうだった。


休んでいたことを心配してくれているような優しい声だった。


でも目は一度もあったことはない。


考えているうちに彼が帰る時間はきた。



帰り際に彼は少し下を向きながらこう言った。


「美味しいご飯ありがとうございます。

いつもここに来るの楽しみにしています。」


私はなった事もないくらい全身が熱くなった。


恥ずかしさと嬉しさと色んな感情が騒がしくて何が何だかわからない。


行動できなかった私はなぜか咄嗟に名前を尋ねてしまっていた。


彼は驚いた姿で


「 奏です。あなたは?」


今これ以上話すことは心がもたないくらいだった。


「澪って言います。また来てください」


そう言って会話を終わらした。



帰ってからも何度も、

奏さん。


やっと初めて知ることのできた名前。


頭から離れることがなかった。



明日も会えるといいな。

そんな事を思ってしまった。



それからは、奏さんがくるのは週末だけになった。


名前を聞いたからびっくりさせてしまったのかも。

それとも忙しいだけなのかな。

だけど彼がくる日はどこか、暖かく心地がいい空気が流れていく。

それと同時に、いつもの胸の痛みも少しずつ顔を出す。


あなたの事を考えながらいつの間にか寒い季節になっていった。




今日は、奏さんが来る金曜日。

だけど、楽しみな気持ちと同時に痛みはどんどん強くなる。

この日が怖い。そう思ってしまった。



いつもと変わらずドアが静かに音を立てた。

奏さんだ。


いつも少ししか食べないのに目ずらしく生姜焼き定食を頼まれた。



調理はいつもお父さんだけど、頼み込んで私が作ることにした。

なぜか今日作りたい。強く思った。


頑張って作った生姜焼き定食を運んだ。

美味しかったらいいな。



彼と会ってから初めて目が合った。



「すごい美味しい。」


その一言と同時に私の顔を見上げていた。


「あ!初めて目が合った。」

声に出してしまった。


彼はテンパった表情をしていた。



一度もあったことのなかった目が、初めて私が作った料理を食べたときに、

目をまんまるくさせた子供のような顔を見て私は、


この人が本当に好きだな。


そう思ってしまった。



恥ずかしそうに下を向く姿。

喋らないけど、沢山考えていそうな目。

自分では気づいていないと思うけど、沢山気をつかってくれている彼が

いつに間にか、大切にしたいそう思った。



「なんだかそろそろ雪が降りそうですね。

見れたら嬉しいな。」


私が最後に彼に言った言葉だ。





名前を知ってからの日々は、それは本当に幸せで


彼を、知りたい。

何歳なんだろう。

遅い時間が多いけど、何をしている人なんだろう。

大切に思う人はいるのかな。



私は我に返った。

こんな事を考えること自分には、許されない。

胸はどんどん呼吸も浅くなり苦しい。


今の幸せな時間を続けることを、私はまた捨てた。

それから食堂にいくことは一度もなかった。



少しでも夢を見た私のことは私が一番大嫌いだ。


私は心の病を抱えていた。

決して人にはわからない。


周りからは、こんな小さいことで。

そう思われてきた事も知っている。


十八歳の時に、心が壊れてから色んな人たちの前から私は離れた。


でも私が離れたのは、その前からみんな私を面倒臭く思っていたから。

本当は離れたくなんかなかった。


もう人が離れていくそんな感情はもういらない。

元気だった私はもうどこにもいない。



あの日からお父さんはお店を閉めた。

私のいないカウンターに父が一人立ち尽くす姿を

私の病が終わらせた。



お父さんごめんなさい。


こんな私のために、食堂を作ってくれたのに。

こんなになってしまった私のことを今も見捨てないでくれている。


もう見捨ててほしい。



奏さん。大好きだった。

何を見ても靄がかかって見えた私の世界を

明るくしてくれた。


だけど今なら何もはじまっていない。


今なら傷つけずに済む。

そう言い聞かせて私は静かに病室の窓を見つめた。




もう綺麗に私の目に映ることのない雪が降り続けていた。



読んでいただきありがとうございました。


少しでも胸に残ってくれたら嬉しいです。


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― 新着の感想 ―
本当は両思いだったんですね。 切ないお話ですね。
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