第4話 虚構の隣人 後編
【回収された機密アーカイブ:プロジェクト・エリュシオン初期記録】
日付: 19██/██/██
分類: Level 5 - Eyes Only (Overseer Council)
件名: 感情エネルギーによる現実性定義の可能性について
(真実の探求と秘密への接触):エリュシオンの影
情報遮断プロトコル・オメガ、発動。全セクターの外部接続を物理的に切断する。
警報と怒号が飛び交う中、私はその混乱を逆手に取り、
サイトの地下最深部にある第0記録保管庫の重い扉を不正解錠した。
(今なら誰も私のアクセスログを監視していない。Keter級のパニックは、最高の隠れ蓑だ)
冷んやりとした空気と、古紙の匂いが立ち込める暗闇の中、
私は前回(SCP -NUK -02)で得た手がかり、
架空の友達と初期研究者のキーワードを頼りに、データベースの深層を検索した。
検索結果が表示される。
ヒットしたのは、SCP-NUKという名称が与えられる遥か以前、財団設立当初の極秘プロジェクトの記録だった。
震える指でファイルを開く。
そこに記されていたのは、異常を収容するための研究などではなかった。
『愛は物理法則を超えるエネルギーだ。我々は神の不在を嘆くのではない。
愛によって神を、あるいは理想郷を創造するのだ』
私は息を呑んだ。
これは、異常の研究ではない。異常の創造だ。
画面をスクロールすると、手書きのメモのスキャン画像が現れた。
『愛による創造には、等価交換が必要だ。ある存在を虚構から現実へ引き上げるには、
現実にある別の存在を虚構へ突き落とさねばならない』
『愛の総量保存の法則。世界を愛で満たすには、愛されないものを間引き、燃料とする必要がある』
(間引き……? 燃料……?)
私の脳裏に、かつて消えてしまった家族の笑顔がフラッシュバックした。
彼らが消えたのは、不幸な事故でも、誰かの悪意ある攻撃でもなかったのかもしれない。
彼らは、この組織が夢見た理想郷を創造するための、
愛されないものとしての生贄(燃料)だったのではないか?
そして、そのドキュメントの末尾にある署名を見た瞬間、私の疑惑は確信へと変わり、
そして激しい殺意へと昇華した。
プロジェクト統括責任者: ███ (エリュシオン創設メンバー / 現O5評議会・初代構成員)
「……嘘だろ」
声が漏れた。
このSCP-NUKシリーズの異常性――手紙も、指輪も、そして今の虚構の隣人も。
それらは自然発生したアノマリーではない。
この財団の創設者たちが、現実を書き換えるために意図的に生み出し、
そして制御に失敗して遺棄した失敗作だったのだ。
(ふざけるな。世界を救う? 確保、収容、保護? 全部デタラメだ。
お前たちは、私の家族を、アランとマリアを、
数え切れない人々の人生を、ただの実験材料として使い潰した!)
私の内側で、財団職員としての忠誠心が音を立てて崩れ落ちた。
代わりに、ドス黒く、しかし冷徹な復讐心が鎌首をもたげる。
ここにある記録は、単なる過去の遺物ではない。
創設者たちが今なお目指している最終計画の青写真だ。
(このパンデミックも、彼らにとっては実験データの一つに過ぎないのか?
人類が滅びかけている今この瞬間も、彼らは高みの見物を決め込んでいるのか)
私は、スクリーンに映る創設者の名前を睨みつけた。
もはや、私は財団の研究員ではない。
私は、この組織が隠蔽し続ける世界の嘘を暴く、たった一人の反逆者だ。
【崩壊への序曲】
その時、ファイルの最下部に、不穏な追記データがあることに気づいた。
それは、今回のパンデミック――愛による現実改変の後に訪れる、必然的な副作用についての予測だった。
『現実の書き換えが臨界点を超えた時、世界は整合性を保つために、愛されない存在の質量を歴史から削り取る。
次は、歴史の修正が始まるだろう』
(歴史の修正……。次は個人の記憶や痕跡だけでなく、歴史そのものを消し去るつもりか)
背後の廊下から、警備員の足音が近づいてくるのが聞こえた。
時間がない。
私は、震える手でその極秘ファイルを個人の暗号化ドライブへコピーし始めた。
転送バーが進む数秒間が、永遠のように長く感じる。
転送完了。
私はドライブを引き抜き、監視カメラの死角になるように体を捻りながら、
白衣の内ポケットへと滑り込ませた。
ガチャリ。
保管庫の扉が開き、ライトが私を照らす。
「主任! こんなところで何を。Keter対応で上層部がお呼びです」
警備員の問いかけに、私はゆっくりと振り返った。
表情筋を総動員して、完璧な、忠実な職員の顔を作る。
「すまない。古い文献に、今回の異常との関連がないか確認していた。
……異常なしだ」
「そうですか。急いでください」
私は頷き、保管庫を後にする。
胸ポケットに入れたドライブの冷たい感触だけが、今の私を繋ぎ止める唯一の真実だった。
(全部、暴いてやる。これからは、私の戦争だ。ルールは私が決める)
私は、赤く染まった緊急照明の下を歩き出した。
その足取りは、もう迷っていない。
(待っていてくれ。必ず見つけ出す。お前たちが奪った愛の全てを、私が取り戻すまで)
これが、私が組織の敵となる、最初の一歩だった。




