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SCP -NUKシリーズ  作者: kinpo


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第2話 SCP-NUK-02 忘却の遺品

【SCP-NUK-02 収容インシデント記録 抜粋】


「いいか、主任。

サイトへの報告は不要。

状況を把握次第、速やかに『単なる盗難事件』として事態を収拾しろ。

この情報は財団内部でも機密扱いとする」

 

イヤホン越しに聞こえる上層部からの指示は、いつもと変わらぬ事態の矮小化だった。

だが今回は、指示の裏に潜む焦りが感じられた。

 

(前回の教訓。

彼らはSCP-NUK -01の二次異常体が、非紙媒体にまで拡大したことを知られたくない。

組織のプロトコルの不備と、隠蔽の連鎖が始まった)

 

私は、記憶・心理部門研究員の身分を隠し、夜闇に紛れて現場の住宅街へ潜入した。

リビングでは、異常性の中心にいるカップル、夫のアシュレイ氏(30代)と妻が、

ひどく混乱した様子で座り込んでいる。

 

「ミスター・アシュレイ、落ち着いてください。

その指輪が原因の異常と見ています。

詳しく状況を」

 

夫は、薬指に嵌められたプラチナの結婚指輪を、

まるで自己の存在を否定する異物でも見るかのように凝視していた。

 

「この指輪だ……」

 

彼の声は震えている。

 

「妻が、昨夜から急にこれを『ただの金属片』だと言い出したんだ。

『これが結婚指輪だ』という概念そのものが、彼女の頭から消えたように」

 

妻は、傍らで両腕を抱きしめ、顔面蒼白だった。

 

「違うの。

指輪だと知っているわ。

でも、これを見たとき、胸に感じるべき重みが何もない。

……ただ、店先に並ぶ、縁もゆかりもない鉄くずのようにしか見えない」

 

彼女の言葉は、SCP-NUK-01が引き起こした記憶の抹消よりも、ずっと悪質に感じられた。

 


(愛の記憶情報そのものを消すのではなく、情報に付随する情動的な価値、

すなわち愛の証としての意味を攻撃している。

これは、SCP-NUK-01の『愛の深さに応じて存在を抹消する』異常性が、非紙媒体へ転移した結果だ)

 

私が指輪に近づこうとすると、アシュレイ氏は指輪を両手で覆い隠すように握りしめた。

 

「頼む、触らないでくれ!」

 

「どうしてですか?」

 

「これを握ると、頭の中で彼女との愛の記憶が、まるで映画のように強制的に再生されるんだ。

初めて会った日のこと、プロポーズ、新婚旅行……指輪を通して、愛の記憶が脳に流れ込んでくる。

だが、再生されるほどに、隣の彼女の瞳には虚無が増していくんだ!」

 

私は、この異常の残酷さに息を飲んだ。

 

(指輪が愛の記憶を宿し、所有者にそれを強制し続けることで、配偶者からは愛の証としての意味を奪い去る。

これは、私が失った家族の形見に、同じ異常が隠されていたらどうなるか、というトラウマの具現化ではないか)

 


(私が父から受け継いだあの懐中時計。

もし、その中に宿ると信じていた「家族愛の記憶」が、実はこの異常によって捻じ曲げられた偽りの痕跡に過ぎなかったとしたら?

私の人生の動機そのものが崩壊する)

 

私は平静を装い、アシュレイ氏の手元から指輪の異常性を読み取った。

 

「SCP-NUK-02。

オブジェクトクラスはEuclid。

この異常は、愛の深さを媒介にして存在の痕跡をねじ曲げ、収容を困難にしています」

 

私は、彼の指の震えと、妻の「愛されていない」という瞳に、私自身の個人的な動揺と、

組織への不信感を深くリンクさせた。

これは、私自身の失われた家族の真実を突き止めるための、避けられない戦いだと悟った。



アイテム #: SCP-NUK-02

オブジェクトクラス: Euclid


特別収容プロトコル

SCP-NUK-02は、現在、暫定措置として高遮光・高圧密着式収容容器に隔離され、

サイト-██のレベル3バイオハザード区画内にて貯蔵される。

SCP-NUK-01への適用プロトコル(遮光・遮音)は、SCP-NUK-02の異常性には無効であることが確認された。

 

異常増殖の抑制: SCP-NUK-02との視覚・接触による異常性発現が確認されたため、収容室内への立ち入りは、感覚遮断プロテクターの着用を必須とする。

• 物理的破壊の禁止: SCP-NUK-02は、物理的な破壊を試みた場合、異常性が愛の記憶を宿す他の非紙媒体へ連鎖的に二次転移し、増殖する可能性が示唆されている。そのため、終了処置および分解実験はレベル4許可が必要となる。

• 二次転移監視: 収容室および隣接区画の全ての文書、写真、愛着を持つ物品に対し、異常な改竄(文字の滲み、意味の欠落など)がないか、2時間ごとの高解像度スキャンを実施する。

 

説明

SCP-NUK-02は、SCP-NUK-01(手紙)の異常性が強い執着を媒介にして非紙媒体(プラチナ製結婚指輪)へ二次転移したオブジェクトである。

SCP-NUK-01が情報(記憶)を抹消するのに対し、SCP-NUK-02は情報に付随する情動的な価値(愛の証)を攻撃する。

 

• 危険性: SCP-NUK-02が愛の記憶を宿す限り、物理的な収容が困難であり、異常性が連鎖的に増殖する可能性を秘めている。この特性は、オブジェクトクラスをKeterへ引き上げる論拠となっている。

 


「遮光・遮音プロトコルでは意味がない。

この指輪の異常性は、愛の記憶を起点に、視覚的な実在性を歪ませているんだ」

 

私は、緊急措置としてSCP-NUK-02を特殊な容器に隔離させながら、監視室で部下たちに説明していた。

周囲の空気は、アシュレイ氏の家で感じたような、非実在の虚無に満ちている。

 

(この連鎖的な異常性の増殖は、SCP-NUK-01の悲劇的な美しさを完全に失わせている。

まるで、愛のウイルスだ。美談ではなく、情報災害だ)

 

「SCP-NUK-01は投函という行為で記憶を抹消した。

回収すれば異常性の増殖は止まった」

 

私は、プロジェクターにSCP-NUK-01の文書画像(アランとマリアの手紙)を映し出した。

 

「だが、このSCP-NUK-02は違う。

これは非紙媒体だ。

指輪という愛の永続的な象徴に異常性が移ったことで、『愛の記憶』を宿す限り、自己増殖する可能性がある」

 

部下の一人、記録分析官が血の気の引いた顔で尋ねてきた。

 

「では、主任。

指輪を物理的に破壊したらどうなりますか?

異常性を消滅させられるのでは」

 

「愚問だ!」

 

私は強く言い放った。

 


(指輪の物理的な破壊は最悪の選択だ。

破壊された瞬間、指輪が宿していた愛の記憶の総量が、周囲の別の愛の媒体に分散して転移し、

無数のSCP-NUK-02が生まれるだろう。

愛は質量の法則に従わない)

 

「もし破壊すれば、この異常性はアシュレイ氏と妻の結婚生活に関わる全ての物品、

例えば結婚証明書や記念写真、あるいは二人の間で交わされた契約にまで増殖し、収容は不可能になる。

我々が今、隔離できているのは、指輪という単一の媒体に異常性が集中しているからに過ぎない」

 

私は急いで隔離室の隣接区画に置いてあった、アシュレイ氏夫婦の結婚証明書のレプリカを手に取った。

文書を読み上げようとした、その瞬間――

 

(文書の文字が……)

 

証明書に記載されていた日付と二人の署名が、まるで熱で溶けたインクのように、意味不明な黒いシミへと変わり始めていた。

 

「早く!

文書を回収しろ!

この異常性はもう、触れていない物品にまで連鎖的に拡大している!」

 

私は叫んだ。

視覚情報や物理的な接触を介さずに、愛の記憶を起点に実在性を改竄し始めている。

 


(組織の甘いプロトコルが、この事態を招いた。

遮光・遮音などという過去の遺物に固執した上層部の判断ミスだ。

これは、もうKeterクラスへの昇格を前提とした、根本的なプロトコル改定が必要な事態だ)

 

このままでは、アシュレイ氏と妻の存在そのものの痕跡が、このサイト-███から完全に消去されてしまうだろう。

私は、自身の失われた家族の形見が、もしかしたらこの種の異常によって、すでに無意味な痕跡に変えられてしまっているのではないかという、個人的な動揺を抑えきれなかった。



「主任、繰り返しA-101プロトコルを命じます。

SCP-NUK-02の異常性の真の拡大範囲を隠蔽し、速やかに回収せよ。

外部への情報漏洩が最悪の事態です」

 

イヤホン越しに、上層部から回収を急かす命令が何度も送られてくる。

 


(彼らが恐れているのは、異常性そのものよりも、SCP-NUKの連鎖が組織の隠蔽体質を白日の下に晒すことだ。

私は彼らの道具に過ぎない)

 

私は、重い罪悪感を覚えながらも、グローブを嵌めた手をアシュレイ氏の薬指へ伸ばした。

 

「ミスター・アシュレイ、申し訳ありません。

これは危険なオブジェクトです。

財団の特別プロトコルに基づき、強引に回収します」

 

「やめてくれ!

これは、俺と彼女の全てなんだ!

これだけが、俺が彼女を愛していたことの証明なんだ!」

 

彼の瞳は悲痛に歪んでいる。

指輪が強制的に再生する愛の記憶が、彼の精神を極限まで苛んでいた。

 

(この異常性の中で、彼は記憶の虚無と強制される愛という、二重の苦痛に耐えている。

彼の愛の深さこそが、この異常性のエネルギー源だ)

 

私は無機質な命令に従い、問答無用で指輪を彼の指から引き剥がした。

カチッ。

指輪が指を離れた瞬間、アシュレイ氏の顔から、愛の記憶の熱が一瞬で失われた。

それは、炉の火が消えるように、静かで完全な消滅だった。

彼は、傍らにいる妻を振り返り、虚ろな、しかし完全に見知らぬ人間を見る眼差しで言った。

 

「……あなたは、誰だ?

どうして俺は、ここにいる?」

 


(最悪の事態だ。

私がプロトコルを優先した不手際により、愛の媒体が切断されたことで、指輪が彼を支えていた「愛の記憶」全てが完全に消滅した。

彼は今、妻との人生の痕跡を、世界から失った)

 

妻は、夫の「あなたは誰?」という言葉を聞き、声も出せずに膝から崩れ落ちた。

彼女の涙は、夫を失った悲しみではない。

愛の記憶を失った夫から、存在の承認までもを奪われた、虚無の叫びだ。

 

「誰も、誰も……愛していない。

私が生きていたことなんて、最初から意味のない偽物だったのね」

 

その悲痛な言葉が、私の耳朶を打った。

 


(その叫びは、私が過去に聞いた、家族を失ったときの幻聴と完全に重なった。

家族の存在の痕跡が世界から薄れ始めたとき、私が感じた虚無感そのものだ。

プロトコルは、彼らを救済したのではない。

更なる悲劇を強いたのだ)

 

私は、上層部の命令に従い、プロトコルを優先した自分自身に、強い罪悪感を抱いた。

この組織のルールは、異常性から人々を救うのではなく、愛の真実から目を背けさせるための隠蔽装置ではないのか。

私は、愛という個人的で尊い感情が、組織の冷徹なルールによっていかに簡単に無意味なものに変えられてしまうかという現実を、この夫婦の悲劇を通して深く痛感した。



補遺-SCP-NUK-02-D:研究員██の緊急報告と警告


インシデント記録: SCP-NUK-02の強硬回収により、対象者(アシュレイ氏)の愛の記憶が完全に消滅した。

本研究員は、プロトコルA-101が、オブジェクトの愛の媒体切断による記憶の完全消去を誘発する重大な欠陥を有すると判断する。


収容状況: SCP-NUK-02は、現在、遮光性の高い特殊な容器に一時的に収容されている。

収容の安定性は極めて低いと判断される。


緊急警告: 上層部に警告する。

この異常性(SCP-NUK-02)は、もはや個人の執着に留まらず、愛の力で増殖し、実在性の連鎖的な改竄を引き起こす段階へ移行しつつある。

この異常を「個人の悲劇」として処理する現在のプロトコルは破綻しており、速やかにKeterプロトコルへの移行と、異常性の連鎖メカニズムの解明が必要である。


私は、血痕のついた回収グローブを外し、隔離されたSCP-NUK-02を収めた遮光容器の封印を確認した。

 

(結局、私がプロトコルを優先したせいで、あの夫婦の愛は永遠の虚無に変わった。

上層部の意図的な隠蔽が、この悲劇の連鎖を加速させている)

 

上層部の命令に従い、回収ログを「Dクラス職員による偶発的な事故」として処理したが、私の内心は激しく波打っていた。

彼らのルールは救済ではなく抹消のためだ。

 

私は、自身のデスクへ戻り、以前の収容時に密かに記録しておいた上層部の不審なアーカイブ記録を秘密裏に再調査した。

 


(私が唯一信頼できるのは、客観的な異常の記録だけだ。

私自身のトラウマに繋がる真実が、必ずこのアーカイブの中に隠されている)

 

制限付きアーカイブの古びた文書の中に、一枚の手書きのメモが挟まれているのを見つけた。

それは、SCP-NUK-01の初期研究ログの一部だった。

 

「この異常性は、かつて一般に流布していた『架空の友達』に関する都市伝説に酷似している。

愛の総量、ゼロ和ではない。

何かが欠落している。」

 


(架空の友達?

それは集合意識が、誰かを愛したいという願望を具現化するものだ。

異常性が、個人の執着から、ついに集団の願いへと拡大し始めたということか!)

 

メモの末尾に、鉛筆で小さく、しかし明確な筆跡が残されていた。

「初期研究者名:███(エリュシオン創設者の一人)」

 

その暗号めいた記述を見た瞬間、私の胸は凍りついた。

 


(創設者の一人、だと?

SCP-NUKの根源は、組織の、いや、人類の愛の定義そのものを書き換えようとした創設者の歪んだ願いにあるのではないか?)

 

私は、自身が失った家族の存在の真実と、この組織の根幹が、SCP-NUKという連鎖する異常性によって、深く結びついていることを確信した。

窓の外は、夜明けが近い。

私は、この連鎖が止まらないことを知っていた。


次に異常性が拡大するとき、それはもう、個人レベルの悲劇では済まされない。

私は、上層部の不審な行動を追跡し、組織のルールに背いてでも、この異常の連鎖を私自身の動機のために追う決意をした。


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