朝起きたら幽体離脱していた
しいなここみ様主催の「朝起きたら……企画」参加作品です。
目が覚めた。
ありがたいことに、信じがたいことに、今朝は仕事が休みなのだ。
何日ぶりだ? 14連勤だったから15日ぶりだな。
などと呑気なことを考えつつ、目を開けたら、あれ?
足元に寝ている奴がいた。誰だ誰だ誰だ? あ、あたしだ。
待て。何であたしが寝ているあたしを見ているのだ? どういうことだ? これは?
◇◇◇
すぐ合点がいった。これは「幽体離脱」だ。そう違いない。
え? 死んだんじゃないかって? ちっちっち、甘いなあ。それに気づかぬあたしではない。今の勤務先のこき使われようじゃあいつ死んでも不思議ではないからね。
しかしだ。寝ているあたしの鼻の穴に指を近づけたら、ちゃんと呼吸している。すなわち生きている。ということは「幽体離脱」だ。どうだ。この完璧な論理。
誰もツッコミもほめもしない一人暮らしの中、「幽体離脱」のあたしはドヤ顔をした。
◇◇◇
「幽体離脱」だと自分の本体から離れられないのでは。そんな懸念もあったが、楽勝で離れられるようだ。おまけに空を飛べる。
これはいい。少なくとも退屈しなくてすみそうだ。そして、この部屋から出られるか? おおっ、壁をすり抜けたぞっ!
折しも外は「快晴」。吹き抜ける風が何とも心地よい。せっかくだから、もっと上空に上がってみよう。
見える見える。行きかう人がまるでアリのようだ。
ふふふふふ。ふはははは。わーっはっはっは。
思わず笑いがこみあげる。働けー働けー。愚民どもー。そんなセリフが口から出る。
あたしのそんなセリフをよそに、人々はあたしの方を見ようともしないって、ひょっとして見えてない?
あたしは上空から下に降り立ってみた。やはり見えていない。朝でせわしないということもあるにしろ、全員がスルーということは見えていないということだ。
この時ほど自分が女だったことが残念だったと思ったことはない。男であれば堂々と女湯に入るというロマンを味わうことができたのに。
◇◇◇
ぷかぷかぷかぷか
お空のお散歩を楽しんできたが、さすがに少し飽きてきた。そろそろ帰ろかなと思い始めた頃。
「わーっ」
どこからともなく少年の声。ふと見ると一軒家の二階の窓から少年があたしを指差して凝視。
少年。人に指差すとは失礼だよとも言おうとしたが、今のあたしは「幽霊」か。つーか少年。君にはあたしが見えるのかい?
「はっ、はっ、はっ、裸の女の人が空飛んでいる」
おやま。ご指摘を受けて初めて気が付いたよ。今までの幽霊登場の幾多の作品は殆どが着衣だったけど、考えてみれば全裸が普通よね。服は「幽体離脱」しないもの。
見れば少年、顔が真っ赤。にもかかわらず、ちらちらとこっちを見ている。何だか面白い。うん。こんなわくわくするのは久しぶりだ。
かくて少年のいる家の二階の窓にどんどん近寄る。少年、大慌てで家の窓を閉め、更にカーテンを閉める。
ふははは。甘い甘いぞ。ミスドのポン・デ・リングより甘いわ。こっちは天下無敵の「幽体離脱」。壁だろうがカーテンだろうが楽勝ですり抜けるわ。
「ぎやあああああ」
壁をすり抜けたあたしに、少年、力の限りの悲鳴。
「何―、どうしたの? 今の声?」
階下から聞こえる女性の声。お母さんか?
「何でもない。何でもない。絶対に上に上がってくるなよっ!」
声を荒げる少年。ふむ。カーテンを閉め切った部屋。デスクの上に結構高そうなパソコン。こいつは。
「少年。引きこもりか?」
「悪いかよ」
ぷいと顔を背けながら、ちらちらと我が裸体を見る少年。若い。若いのお。
「別に悪かないが、何でまた引きこもりやってんだ?」
「ふん」
少年は我が裸体とちら見を続けながら、答えてはくれる。
「やんちゃな奴らがいろいろしでかしてくれていることが全部僕のせいにされたんだよ。万引きだの学校でのタバコだのね。どう見たって僕がやったんじゃないのに。先生がみんな僕のせいにする。やんちゃな連中とかかわりたくないんだよ」
「ふうん。そいつあ理不尽だね」
「そうなるとやんちゃな連中は先生のお墨付きができたとばかり調子づく。学校なんか行ってられないよ。いや行こうと思っても行けないんだ。体がずんと重くなって足が進まなくなる」
「なるほど。それで食ってはいけてるのか?」
「!」
少年。驚くまいことか。何でそんなこと聞くの? という表情。
「そりゃあ飯は親が作ってくれてるから困らないけど……」
「ならいいんじゃないか。食うに困らないなら」
ここで少年は我が裸体のちら見をやめて、下を見て、別の意味で真っ赤になる。
「何だよっ! いきなり裸で空飛んでやってきた幽霊に言われたくないよっ! 大体おまえ何者なんだよっ!」
「ああ」
そういえばいきなりだったな。それはそう思うのも無理はない。
「あたしはこれでも会社員なんだ。どういうわけだか、今朝、幽体離脱してしまってな。空中散歩を楽しんでいたんだが、君があたしを見つけてくれたので、つい面白くなってきてしまったわけだ」
「幽体離脱って……」
少年は一瞬当惑したが、すぐにあたしの方を向き直った。
「それでどういうつもりなんだよっ! 自分は会社員で立派に働いてて、それに比べて引きこもりのおまえは駄目だとか、外の世界に出れば楽しいこともあるとか言いたいのか?」
「いやあ」
あたしは頭をかいた。もっとも幽体の身の上。頭がかけているか怪しいが。
「少年。君には気づかされた。体の調子が悪くなって行けなくなるなら、休むのも一つの選択だろう」
「え? 気付かされたって?」
「これでもあたしは昨日まで14連勤だった女だ。幽体離脱した時もいつ死んでも不思議ではないと思っていたくらいだ。何となく流されて勤めていたが、休むのもアリだと気付かされた」
「そ、その」
少年はあたしの答えにかなり驚いたようだ。あたしはこういう性格だからパッと言ってしまうところがあるが。
「いいの? それで食べていけるの?」
「ああ、あたしの勤め先は薄給だが、何しろろくに休みというものがなかったから、金使う暇がなくて、金はある程度ある。しばらくは食っていける。後はまあ出来ることからやってみるわ」
少年はまた下を向いて、ぶるぶる震えていたが、やがて顔を上げた。
「うん。うん。僕も出来ることからやってみるよ」
「おう、他の連中が他のことやっている時間にパソで情報収集してんだろ? 出来そうなこと、面白そうなことからやってみ」
あたしは幽体のまま、少年に別れを告げ、家に帰った。どうなるかとも思ったが、びっくりするくらいあっさりと元の体に戻った。
その場で辞表をしたため、翌日朝一番で出した。やれ期待してただの、これからどうするつもりだだの言われたが、全てスルー。あんたがあたしに期待していたのは「安価で文句を言わずずっとよく働くこと」だけだろ。
その後は幽体離脱をすることもなく、しばらくぼーっとしていたが、それも飽きてきた。
もともと絵を描くことが好きで、元の勤め先のブラック企業もIT系だったので、デジタルでイラストやマンガ描いて投稿していたら、いつの間にやら中堅どころの同人マンガ家とか言われるようになっていた。
そんなある日、イベントで女友達と同人誌を売るあたしは懐かしい顔に会った。
「おお、少年。久しぶりじゃないか」
「ちょっと何言ってるのっ!」
女友達が血相を変える。
「この人。新進気鋭のラノベ作家さんだよっ! どうもこんなむさ苦しいサークルに来ていただきありがとうございます」
そこまで卑下することもないと思うが。
「少年。いやもう青年か。何年ぶりだ?」
「5年ぶりですよ。あの時、ああ言われて好きな文章書いて投稿していたら、ラノベ作家で成功することができました。お礼を言おうにも、名前も聞いてなくて。それがたまたま同人マンガ家さんの集合写真を見ていたら、あなたが写っているじゃあないですか。会えてよかった」
「何を言うか。しょう……青年。あたしは言いたいこと言ってただけだぞ」
青年は苦笑。
「僕は結果的に助けられましたが、あなたはそう思っているんでしょうね。ところで新作のラノベの原稿が脱稿して、出版の計画があるのですが、挿絵のイラストレーターやってもらえませんか」
女友達は卒倒した。
「うちのサークルの作家が……さんの新作ラノベのイラスト担当に……」
あたしは卒倒しない。
「ふむ。ではそのラノベの原稿を読ませてくれんか?」
青年は笑顔だった。
「はい。こちらです」
さて読むとするか……
読んでいただきありがとうございました。




