カネヒロの話
今日は、カネヒロの命日だ。
だから、カネヒロの話を書く。それだけだ。
*
蝉が、鳴いていた。
前歯の内一本は、半分折れて中身が丸出しだった。神経が断絶した時の痛みは、既に慣れっこだった。あごの骨にひびが入っているのだろうと、思った。足首は体育で捻挫したと言えばいいだろうけど、それ以外はどうやって説明しようか。そうだ、階段から落ちたことにすればいいか。僕は元来、運動が苦手なのだから。
そういう具合に、僕は自分をどう偽るかについて思案していた。買いなおしたばかりの上履きが、コンクリート橋の下に流れる、川の底に沈んでいるのが見えた。最初はエサだと思って近づいた鯉の何匹かが、あきれた様子で離れ散っていく。青葉の間から差し込んでいる曇り空の向こうの太陽は、ダイヤモンドのように青白く光っていた。
体育館の裏に立てかけられた雑多な道具の中に、僕は歯の残りを見つけた。倒れそうになりながらそこへ近づき、どうにか拾い上げる。たぶん、くっつかない。そう、頭の中でつぶやくだけで、口の中の痛みが増幅するのが分かった。涙は流すだけ流して、助けを求めるだけ求めたけど、誰も僕のことに気づく様子はなかった。いっそこのまま身を投げれば、と、橋の下を見る。高さは十メートルくらいだろうか。でも、頭から落ちなくちゃいけない。
「死ぬな」
あの頃の僕の動悸は、いつも母の言葉によって引き起こされるのだった。死んではならない。それは残酷な大人の嘘だった。その言葉のせいで、父親の背中を自分も引き継いでいるのだということを思い出すのだ。あんな風になれたらよかったのに、あんな風に、頼りがいのある大人だったらよかったのに、現実は違う。僕の身体は、もしかしたら初めからフィクションなんじゃないかと思った。だとすれば納得できる。でも、神様が、大人が、親が、僕をその舞台から退場させようとはしない。僕の足に鎖が繋がっている。深い深い場所に固定された丈夫な鎖が、そこにはあった。だから酷く重いのだ。ハードルすらも超えられない僕の身体は、だからこそ重いのだ。
普通に走りたい。普通に、普通の人間として普通の人生が送りたい。こんなに正直な言葉を僕が紡いでも、僕の声は聞こえないんだ。僕は子供だ。僕は、立つことすらもままならない。なんで、死にたいのに死ねないの。死にたいのに死にさせてくれないの。どうして、どうして、太陽はこんなにいつも明るいの。どうして鳥の声はこんなに美しいの。僕のそんな独白は、仏法者の悟りなのか。そうならさっさと解脱したい。僕は十分に傷ついたじゃないか。どうして、どうして僕はこんな醜い姿に堕したのだ。
「死ぬな」
ああ、もう、いいよ。うるさいよ。黙ってくれよ。お願いだ。
「聞いてんのか?」
突然後ろから聞こえたその言葉に、僕は驚いて後ろを振り向いた。橋の上にいたのは、先ほどまで僕をいたぶった連中と、よく一緒にいる若い男だった。黒髪で、ジャージ姿。どこからくすねたのか、煙草を口に咥えている。背丈は僕より少し大きい。脇に自転車を抱えた彼は、それを止めるとこちらへ近づいてくる。
「……死なれると、こっちが嫌なんだよ」
「迷惑だろ、僕が生きてたって」
「死なれる方が嫌だね」
「お前も、お前もそう言うのかよ!」僕は叫んだ。
「お前も、僕が消えるのを嫌がるのかよ! どうして、どうしてみんな僕を一人にしてくれないんだ。どうして消えさせてくれないんだ。どうして殺さないんだ。どうして?」
どうして、という問いが頭の中で何度も反復した。どうして、どうして僕はここまで苦しまなくちゃいけないのか。
「黙れ」彼が声を荒げ、僕は口を閉ざした。
「うぜえんだよ、そういうクソみたいな長台詞。はっきり言って、キモい」
その次に発した彼の言葉に、僕は思わず耳を疑った。
「さっさと足見せろ」
彼は突然、包帯とシップをポケットから取り出すと、僕の方に近づいた。僕は、突然の出来事に戸惑うほかなかった。
「どうして?」
「黙ってろって言ってんだ、日本語通じねえのか?」
僕は、彼が静かに僕の左足に包帯を巻き始めるのを、ただ黙って見つめていた。彼は何も言わず、僕もただ見つめるだけだった。さっきまで雲がかかっていた空に、青空さえ見え始めていた。それに呼応して、橋の向こう側の森から、鶯の鳴き声が聞こえた。
「……名前は?」
「浩紀。カネヒロって呼べ」
「かねひろ?」
「みんな俺をそう呼ぶ」
きつく包帯を縛り上げながら、彼は唾を吐いた。「立てるか?」
その時彼が差し出した右手は、とことん不愛想だった。乱暴ですらあったので、僕は彼がそのまま僕を突き落とすんじゃないかと邪推した。
「変なこと考えんな」
「……ごめん」
「それと、こういう時は謝るより、感謝が先だろ」
「……ありがとう」僕は、静かにそう言った。
*
「どうして、僕を助けた?」
「死なれたら困るからだよ」カネヒロは、僕を自転車の後ろに乗せながらそう言った。彼のジャージは煙草臭かった。背負ったバックの中に、教科書は一冊も入っていない。
「…あいつらに、狙われない?」
「あのバカ共がか? 狙ったらこっちからやり返してやる」
「どうして」
「お前、女かよ。どうしてどうしてって、それとも赤ちゃんか?」
「ごめん」
彼は下り坂で自転車を加速させながら、足を広げてハンドルから手を放す。不安を引き換えに爽快感が肌をくすぐった。この丘は、僕が住んでいる街を上から一望することができる場所にあった。中学校と、それを囲むように広がる団地。学校の裏手を流れる川は、大きくカーブしながら、いくつかの街を超えて、最終的には太平洋へと流れていく。
その景色のすぐ向こうに、巨大な入道雲ができつつあった。まるで巨人のような佇まいのそれは、筋骨隆々のデウス像のようにも思えた。それともアキレスか。神話好きの少年の頭に、次々にそれらの絵が思い浮かぶ。裾野に広がる田園風景は、青々とした稲が一斉に風に吹かれて、波打つ緑のグラデーションを作っていた。
「お前、ピアノできるか?」
「え?」
「音楽の授業で弾いてただろ。できるかって聞いてんの」
「…人並みには」
彼は下り坂を降り切った交差点でハンドルを右に切り、すぐ近くの民家の前で停車した。
「来い」
カネヒロに言われるがまま古い日本家屋の中へ入った。障子にはいくつも小さな穴が開いていて、それは恐らく足元に落ちた小さな肉球の主によるものなのだろうと思った。おそらく野良猫だ。壁に掛かったカレンダーには、黒いサインペンで大きく×印が書かれている。決して綺麗な文字ではなかったが、予定らしいものも残される。それらはすべて、カネヒロの文字に違いなかった。
細い廊下を歩いて、左側にあった部屋に入る。雑多に散らかった部屋の隅から隅まで、沢山の楽器が置かれていた。壁にはエレキギター、足元には電子ピアノ。ドラム。机の上には、パソコンが一台置かれている。彼はそれを操作すると、EDMを立ち上げた。
「打ち込み」
「え?」
「打ち込みだよ。俺がメロディー弾くから。パソコンに打ち込め」
彼はそういいながら、フレットがすり減った古いアコースティックギターを抱えると、床に座った。
「で、でも操作方法なんて」
「見りゃ分かるだろ」
「大体、何の曲をやるの?」
「俺の曲」
「作ってるの?」
「スターになりたい」彼は壁に掛かったビートルズのポスターを指さした。
「でも……」
「俺はピアノなんて弾けねえんだ。でもそれが夢を諦める理由にはならねえ」
彼の眼は、本当にまっすぐだった。まっすぐな光の持つ、暖かさみたいなものを僕はそこに感じた。
「…僕じゃなくていいだろ」僕はそういった。
「なんでお前以外じゃなきゃいけないんだ?」彼は言った。「俺がお前と一緒にいると周りになんか言われるからか? 俺がこうしてお前を助けることが、俺にとって悪いからか?」
そうだ、とは言えなかったし、ちがう、とも言えない。
「そんなの、どうでもいいことだ。ほら、やってくれ」
そして、彼は僕をパソコンの前に座らせて、口であの歌を歌い出したのだ。そのメロディーは、耳に焼き付いて離れない。彼の声に、僕は魔法のようなものを感じた。それは才能のある人間が持っている初めから綺麗な宝石というよりも、手垢がついてボロボロになった古いキャッチャーミットみたいな、ボロボロだけれど味のある声だった。
「…上手いね」
「当たり前だろ、練習してんだ」
彼はその日、初めて僕の前で笑った。
彼はその時まで、僕を含めて、人前で一度も披露することはなかった。それは卒業まで彼が守り通した秘密であり、彼がミュージシャンとして正式にデビューのその時まで守り通されることとなった。デビューの直前まで、彼の近くの人間で、彼に音楽の才能があることを知っていたのは、僕ただ一人だけだった。
*
あの曲は、カネヒロの最高傑作だった。評論家でも、ミュージシャンでもない僕が言うのだから、信用はされないだろう。だが、僕は間違いなくあの曲がそうであるということが出来る。カネヒロという人間の真夏の太陽みたいな情熱から、僕は自分の消えかかった蝋燭に再び魂の火を灯す勇気を与えられたのだ。それはほんの短い季節の、ほんの一瞬の奇跡みたいなものだったけれども、でも確かに現実に起きた出来事だった。
いつしか僕は、週末になるとカネヒロの家に行って、彼の古いパソコンと電子ピアノで曲を作る作業に熱中した。最初は不器用だった仕事も、少しずつ上手くいくようになっていった。単調な4ビートが8ビートに、短音だけだったベースが唸り始め、ギターの音はギラギラと個性を得始めた。曲の合間に流れるピアノのパートは、どこか繊細で、けれども味があった。作曲にまるで興味のなかった僕も、カネヒロと遊んでいるうちにそれを覚えて、いつしか音楽に熱中していた。学校とは違って、ここなら自分が自分でいれるような気がしていたし、そのことをカネヒロが嫌がることも無かった。
カネヒロは僕に煙草と酒を教えた。半グレとして知られていた彼のことだから、そういう危ないことは沢山やっていた。だが、同時に彼は生きるためのエネルギーに溢れていた。生きたカエルを絞めて、焼いて食べるとうまいということを知っていた。山の中へ歩いていくと、野草やキノコが、小学生時代の宝物みたいにところどころに見つけられて、その内のいくつかは、適切な処理を施すことで食べられるのだということを知っていた。そして、帰り際に見上げる夕焼けは、本当に綺麗なのだということを知っていた。
「生きろ」というカネヒロの言葉は、他の人が言うのとは違う、まったく別の重みがあった。無責任な大人の言葉なんかじゃなかったからだった。カネヒロの「生きろ」は、僕の胸に焼き付いて離れなかった。生きなければならないと思った。そうでもしなければ、カネヒロの生きた軌跡みたいなものが消えていくんじゃないかと思った。彼の音楽が、彼の言葉が、少しずつ有名になっていく度、僕は彼のその一つ一つの言葉が、僕らのこの秘密基地から、だんだん遠い場所に連れていかれてしまうような気がした。
カネヒロと高校が別になった時、僕は運命的なものを感じた。それは、カネヒロとこの先も友達であることが出来なくなることに対するものではなく、彼という人間が希薄なっていくようなことに対してだった。実際、カネヒロは僕を庇い、それによってクラスの中で僕の立場が少しずつ良くなるのに従って、少しずつ壊れていくような感じがしたのだ。僕と違って、大っぴらにいじめがあったわけではない。ただ、彼自身が僕といることで、彼自身の現実性みたいなものが失われていくような気がしたのだ。だが、彼は決してそれに文句も言わず、ただ周囲を睨みつけてそれで終わりだった。彼に対する明確ないじめはなかったし、僕に対するいじめは、あの日からほとんどなくなってしまった。
*
卒業式の日。カネヒロは僕と一緒に自転車に乗って、あの坂道を下っていた。かごの中には、乱雑に投げ込まれたバックがあって、そこに卒業証書の入った筒が、思い出の写真を壁に貼り付けておくための画鋲みたいに、突き刺さっていた。彼は小さく口笛を吹いたり、空を見上げたりなんかしていた。その眼はとても透き通っているように見えた。
「自由」に値段がつけられるなら
お前らの自由を手に入れられるくらいの、金持ちに俺はなりたい。
彼は口笛を吹きながら、そんな歌を歌っていた。
ああ、こういうのが青春って言うんだな、と子供心に僕は思った。僕はそれが今目の前で過ぎていくことでありながら、同時に思い出す対象になりつつあることを自覚していた。過ぎ去っていく季節の儚さは、記憶に磨かれたスノードームみたいだ。なぜこの季節が、なぜこの場所が、なぜこの瞬間がこれほどまでに尊いのだろうと、僕は思った。カネヒロという人間が、僕の魂の向きを替えたのだ。
どうして、こんな言葉が頭の中から出てくるのかさえ、当時の僕にはよく分からなかった。もっと正直に、「お前と友達でいたい」とか言えばよかったのだろうか。でも直接伝えたら、今度は僕が変な人間と思われることになるかもしれない。近い将来、カネヒロには、夢を追いかけるのを助けてくれる僕よりもずっと素晴らしい友達ができるに違いない。僕はその道の途中で、必要だから拾われたに過ぎないのかもしれない。でも、彼の優しさは脇役に対するそれではなくて、主役が相棒に対して向けるそれに近いような気がしていた。
僕がカネヒロの相棒になれるなんて、馬鹿みたいな話だ。本当に、とんでもなく馬鹿らしい発想だった。僕は自分が道端に捨てられた子犬のようなものなのかもしれないと思った。あるいは、幼年時代のおもちゃ代わりの木の枝とかに似ているのかもしれない。どちらにせよ、もうすぐ捨てられるのだ。でも、それでもカネヒロは僕を、普通の人間だと思った。その優しさが悪くて、許せなかった。
「……なんで、俺たちの街には桜がないんだろうな」
彼の言葉で、初めて僕も気が付いた。
僕が育ったこの街には、桜の木が一つだって生えていない。そこには思い出すべき春の情景としての、薄桃色のうつくしい花を咲かせる木々は存在しない。ただ、風が吹く。
「ひょっとすると」僕は口を開いた。
「ベタすぎるからじゃないかな」
その言葉を聞いて、カネヒロは突然笑い出した。あんまり急に笑うから、自転車が左右に揺れる。僕は怖くなって、彼の肩をしっかりとつかんだ。田んぼの用水路に頭から突っ込む寸前のところで、自転車は音を立てて土手に横転した。二人して、卒業式から帰る途中に制服を汚した。なぜだか分からないけど、僕らは笑うことしかできなかった。顔がムズムズした。きっと春の陽気のせいなのに、どうしてもこらえられない。僕が先に笑い出すとカネヒロもつられて笑った。そういえば、彼がこんなにうれしそうに笑うのは、その時が初めてだった。
「ベタすぎる。ほんとだよ、ほんとに…」カネヒロはそういった。
「そんなに面白かった?」
「ああ、最高」
彼は上半身を起こすと、頭についた土ぼこりを払い落して、自転車を持ち上げた。かごから落ちたバックと卒業証書の筒も、僕らと同じように汚れていた。いや、汚れているを通り越して、もはや美しかった。
「なあ、龍之介」彼は僕の名前を呼んだ。
「ん?」
「お前、作家になるのが夢なんだろ?」
「…そう、だね」僕は少し恥ずかしくなった。
「だったら、俺がバンドで成功して、お前が有名作家になったときは仕事を頼んでも文句言うなよ」
「何それ」
「あ? いいだろ別に」
「いいけどさ…ベタだぜ」
僕らは、また笑った。僕の笑いは、彼の笑いと、どこか違うところがあった。少しだけ恥ずかしかったのだ。それだけ、カネヒロは僕にとって太陽同然の存在になっていた。彼がこの世界から欠けてしまったら、僕はどんなに寂しい思いをしなくちゃいけないんだろうと思った。それはある種の恋に近かった。熱病みたいなものだった。
「じゃ、約束な」彼は僕にそう言いながらこぶしを突き出した。しょうがないな、と言いながら、内心僕は嬉しくて、小さく右手で応じた。堅くて、暖かかった。彼の心からの、正直でまっすぐな、本当の友達にしか見せないような、そういう約束だった。
だから、僕は彼が「さようなら」と言わずに田んぼの途中に現れた十字路で別れ、それから二度と会うことなく数か月が過ぎたある日に彼が自殺した時、彼がこの世界から出ていってしまったのだ、ということに、本当の意味で気づいたのだった。
*
さようなら じゃあまたな
そういってみんな出ていった。
きっと次は僕がこの町を出ていくのだろう
僕は彼の曲が葬式の場で流れた時、場違いな明るさに当惑すると同時に、彼の人間としての気高さを知った。彼は、死に際でさえ自分であろうとしているようだった。
棺桶の中のカネヒロは、穏やかだった。穏やかではなかったのだろうけど、穏やかに見えた。納棺の手際の良さは、世界から出ていく人間に対する最後の礼儀のように思えた。そこに線香を灯し、念仏を上げ、涙を流す人々の中には、日常生活の中にあるような悪意は一つも存在しなかった。彼らの手は、神様のそれのように美しかった。
彼の首は、縄のかかった跡が分からないように化粧が施されていた。彼はいつまでも、理想の彼であろうとしているかのように見えた。
違う。僕はそう気づいた。これは、これは、みんなが彼にそう望んだ彼の姿なんじゃないかって思った。その責任に耐えかねて、彼は倒れてしまったのではないかって思った。
あの曲の「僕」という一人称は、カネヒロ本人のことだったのだろうか。それとも、彼のような沢山の人間たちに向けられているのだろうか。「カネヒロ」という単語は、僕にとっては特別な三人称単数だった。実際、カネヒロは僕たちの世代の心の中にある何かを歌おうとしていることには違いなかった。けれど、彼の言葉は幾分まっすぐすぎた。ある人は、気に喰わないといい、ある人は蔑んだ。そんなことを言う彼らに「アンチ」という名前をつけたのは、掲示板で人を見下すことでしか自分の優秀さを語れない悲しい人間だけでなくて、普通に生活して、普通に彼の曲を聞いている人間たちもだった。彼らは皆、確かにカネヒロと同じ世界に生きていた。カネヒロと同じ町に住んでいた。
僕は、ずいぶん昔にカネヒロのいた町から逃げ出したと思っていた。だが、実際には僕はその町に居座り続けていたのだ。それが、僕にとって破滅的な自己否定を招く要因となった。僕は、この歌詞にのせられて自分も出ていく側になると勝手に妄想したのだ。だが、この歌詞の本当の意味を知っているのはカネヒロだけで、僕は何も知らないのだ。その他大勢と同じように、ただ投影して、崇めるだけ崇めるような、カネヒロが特に軽蔑していたような人間だ。それが悲しかった。それが嫌だった。この世界で、どうして僕だけ救われて彼が犠牲にならなくてはいけないのだろうと思った。