第八章
第8章 女神の試練と未来の選択
公爵家の権限が凍結され、帝都では前代未聞の事態として話題が渦巻いていた。
ララリーはその渦中にありながら、かつてのように孤独ではなかった。
「――ほんっと、お堅い世界だね。書類ひとつにも印章が三つも必要ってどういうこと」
エールルは机に並んだ文書の山にうんざりしながらも、手を止めない。
彼女の現代的な知識と効率的な処理能力は、帝国の役人たちをすでに驚かせていた。
「ありがとう、エールル。あなたがいてくれるから、私は……崩れずにいられる」
「なにそれ、愛の告白? やだ照れるんだけど」
「ふふ……ちがうわ」
柔らかく笑い合うふたり。
それは、ララリーが「もう一度この時間を与えられた」理由そのものを思い出させる瞬間だった。
女神との契約――あの日、あの瞬間。
ララリーが“断罪される未来”の直前、魂の奥底で願った「復讐したい」という強い想い。
一方、エールルは事故に巻き込まれ、命の終わりを前に「誰かの役に立ちたい」「友達がほしい」と願った。
その二人の想いが重なった場所に、女神は現れた。
――“願いを叶えるには、それ相応の覚悟が必要です”
女神は言った。
過去へ戻すことは神の領域でも稀な奇跡。
しかしその分だけ“試練”が課されると。
「真実を見抜き、罪を照らし、魂の均衡を取り戻せ」
それこそが二人に課せられた使命。単なる復讐劇では終わらない――魂の正義をもって、この国を正すという試練だった。
その証拠に、女神は“啓示”という形でララリーにひとつの力を与えていた。
それは、“相手の偽りを見抜く”力。触れた言葉や物に込められた嘘を、直感として見抜く能力だ。
ララリーは、すでにその力を使っていた。
デーナの語る言葉、ブレンダンの経歴、評議会で提出された文書の不自然な点――
全て、女神の加護が示していた“歪み”だった。
「ねえ、ララリー」
「なに?」
「……私ね。気づいたの。あなたの“復讐”って、ただ誰かに仕返しするだけじゃないよね」
「……」
「あなた、誰よりこの国を愛してるんだと思う」
ララリーの目が、ほんの少し潤んだ。
「そんなこと、考えたことなかった。でも……エールルがそう言ってくれるなら、そうなのかもしれない」
私たちは、未来を選べる。
そう思えた瞬間だった。
――その夜。ララリーのもとに、また女神の声が届いた。
“次なる試練の扉が、開かれました”
“王家に潜む「裏切り」と「呪い」を見抜き、正すべき時です”
女神の言葉とともに、ララリーとエールルの戦いは新たな局面へと移る。