第六章
第6章 偽りの後継者、ブレンダン
「彼が……“後継者候補”? 馬鹿な……!」
ララリーの手が強く握られる。
公爵家の血を引かぬ男が、自分の代わりに後継者の座へ――?
それが、ブレンダン・エンブラム。
母から愛を与えられず育ち、名もなき騎士の家の出でありながら、
デーナの寵愛を得て、公爵家の“代理執務者”の立場を手に入れた男。
そして今や、社交界では「次期公爵として正式に迎えられる」と噂される存在――
エールルは冷静に事実を確認していた。
「ブレンダンには、貴族としての正式な血筋も称号もない。なのに、彼の名義で土地が与えられている。これは――明らかに異常」
「デーナが裏で“作り上げてる”のよ、ブレンダンを貴族に。戸籍操作、偽の認定文書……やりかねない」
だが、エールルの分析はさらに深かった。
「この男、私たちが思ってるより“したたか”かもしれない。彼はデーナにとっての愛人であり、利用者。そして、いつか裏切るつもりでいる」
「……どういうこと?」
「彼はもう、デーナの影から出ようとしてる。資金の動き、交際範囲、密かに通ってる教育機関――全部、“一人の人間としての足場”を作ってる」
「……じゃあ、デーナすら……」
「切り捨てる気よ、時が来たら。そして“貴族”として完全に帝都に根を張るつもり」
ララリーは息を呑む。
それは自分を追放に追いやった女と、その女に寄生しながら、次の地位へと駆け上がろうとする男。
このまま放っておけば、公爵家は“エバレッセ”の名を奪われてしまう。
「私は……あの男を絶対に許さない。父が築いた家と、私の誇りを穢した者として――断罪する!」
***
その夜。エールルは、ロディン王子との“情報交換”の場へ向かっていた。
「殿下。……ブレンダンの出自調査をお願いできますか?」
「すでに動かしてある。名前を変える前の身元がわかった。“ブラン・ギルバート”。没落騎士の三男、放蕩と借金で家を捨てた男だ」
エールルの目が細められる。
「……ララリーに見せたら、喜ぶでしょうね」
「復讐に火をくべるのは、君の得意技のようだ」
ロディンは、どこか楽しそうに微笑んだ。
「では、そろそろ“世間”に知らせる準備を」
そして翌週、帝都の貴族紙に――
“ブレンダン・エンブラム氏に関する身元調査の結果と疑惑”
という見出しが躍ることになる。