第四章
第4章デーナの仮面にひびが入る日
「……わたくしに、落ち度でも?」
上品なサロンに響く、涼やかな声。
後公爵夫人・デーナ・エバレッセは微笑を崩さず、周囲を睨んでいる。
だがその余裕は、すでに表面だけのものだった。
「最近、公爵家の資金が不透明だと噂されていますわ」
「中でも、“文化財団”の資金流用疑惑は、公爵家の名に関わるのでは?」
若き令嬢たちが、あえて“会話”という形で突きつける告発。
背後にいるのは、もちろん――ララリーとエールル。
ララリーが断罪される直前、公爵家に仕えていた会計係が失踪していた。
エールルはその痕跡を辿り、帳簿の改ざんと不明支出の記録を掘り起こしていた。
そしてそこには、ひとりの名前が何度も現れる。
ブレンダン・エンブラム――
今は貴族の庇護を受ける青年貴族だが、実態は……
「……ただの学者の息子だったはず。なのに、急に“名家の庶子”として現れた」
「さらに奇妙なのは、彼がデーナ夫人の“推薦”で社交界に現れたということね」
ララリーは言った。
「つまり……ブレンダンは、デーナの愛人だった」
「そして、デーナは公爵家を手に入れるために、彼を“後継候補”として仕立て上げた」
***
一方、公爵家の奥まった離れで――
「ブレンダン、しばらく姿を見せない方がいいわ」
デーナは冷たい声でブレンダンに命じた。
「私の立場を揺るがすような真似をしないで。……あの日、何があったか忘れたの?」
そう、“あの日”。
ララリーの裁判で提出された証言と証拠。それらが――ブレンダンの嘘によって構成されたものだと、彼女たちは気づき始めていた。
「あなたの証言が崩れたら、私たちのすべてが終わるの」
デーナの瞳に、ほんの一瞬、恐怖が浮かぶ。