第三章
第3章 浮気貴族の崩壊ショー
「準備は万端ね、ララリー」
「ええ、行きましょう。……最初の“ゲーム”の始まりよ」
陽光まばゆい午前の舞踏会。
開催地は侯爵家の令嬢・シャリーナが主催する春の交流パーティ。貴族たちの噂話が渦巻く社交の舞台だ。
その中心に、うぬぼれた笑みを浮かべて立っていたのは――
「やあ、ララリー嬢。君の美しさに、今日も心を奪われそうだ」
ブレンダン・エンブラム。
つややかな金髪と軽薄な口調で、周囲の令嬢たちに甘い言葉を投げては、いかにも自分がモテていると勘違いしている男だ。
ララリーは、微笑みを湛えて言った。
「……まぁ、ブレンダン様。相変わらずお口が軽やかですこと」
「はは、貴族の嗜みというやつだよ。君のような高貴な薔薇に言葉を捧げるのは、男の本能だとも言える」
「では、他の“薔薇”にも同じように口説いているのは?」
その言葉に、ブレンダンの笑みが引きつる。
「たとえば――この手紙は、どの“薔薇”に宛てたものでしたかしら?」
ララリーは、レースのハンカチに包まれた数通の恋文を、優雅に差し出した。
その瞬間、ざわっ、と周囲の空気が揺れた。
「えっ、それ……私にも同じ文面が……」「いや、これ……まさか……!」
次々と手紙を手にする令嬢たちが現れる。
すでにエールルが事前に「同じ文面の手紙」を回収し、彼女たちに警告していたのだ。
「……ちょ、ちょっと待て、これは何かの……」
「説明をお願いします、ブレンダン様。あなたはわたくしに“運命の女性”だと言いましたわね?」
「私にもよ。しかも“唯一の存在”だと……!」
責め寄る令嬢たち。
しだいに囲まれ、汗をにじませるブレンダン。その姿は、まるで狩られる獲物のようだった。
「ララリー、お見事だわ」
壁際で状況を見守っていたエールルが、ひそかに親指を立てる。
「貴族社会で“誠実さ”を失うのがどれほど致命的か……わからなかったのね、あの男は」
「ええ。……でも、これは始まりにすぎないわ」
ララリーの瞳は冷ややかに輝いていた。
***
その後、ブレンダンは「数十名の令嬢を同時にたぶらかしていた」として、社交界での評判が地に堕ちる。
いくつかの家からは正式な抗議が入り、彼の結婚市場での価値は“紙くず”になった。
しかもそれをきっかけに、デーナ夫人が私的に動かしていた財団の不透明な資金提供先にも目が向き始める。
「これで、一手目は成功ね」
「うん、でもまだまだ敵は手強い。……次は?」
「ええ――次は、“あの夫人”の仮面を剥がすわ」
ララリーの唇が、復讐の誓いとともに吊り上がった。