第一章
第1章 断罪の日、2人の少女は出会う
真紅の絨毯が敷かれた玉座の間には、冷たい空気が張り詰めていた。
王座の前で、ひとりの少女が跪いている。美しい銀の髪、憂いを含んだ紫紺の瞳。かつて帝都中の令嬢たちの憧れだった、公爵令嬢ララリー・エバレッセである。
「……申し開きはあるか?」
王の声は冷たく、容赦がなかった。
「ございません。私はただ……陛下と、王子殿下のご判断に従うのみ」
静かに答えるララリーの声には、もう抗う力も残っていない。
ララリーが断罪された理由は、「第一王子ロイズ殿下を誘惑し、後公爵夫人デーナに嫉妬して嫌がらせをした」――そんな、誰が聞いても不自然な内容だった。だが、その嘘を信じ込ませるために彼らは周到に罠を張り巡らせた。証人も書状も、すべて偽造。ララリーが唯一心を許していた侍女ですら、金と脅しに屈した。父、ブリンジット公爵はすでに病に倒れて久しく、母マリアンヌは後妻の策略によって表舞台から追われていた。
――味方は、もうどこにもいない。
地の底に沈むような絶望の中、ララリーは思った。
(この世は、正しさでは報われない。ならば、私がこの世を正すしかない)
処刑台へと連れられる途中、彼女は心の奥底で、女神へと祈った。
「どうかもう一度だけ、力を……復讐の機会を……!」
***
意識が戻ったとき、ララリーは見慣れた自室の天蓋付きベッドにいた。
カーテンの隙間から差し込む陽光。庭園の香り。部屋に飾られた花。全てが――断罪の少し前、あの日のままだった。
「……戻ってきた?」
ララリーの胸に、確信が走った。
そしてその直後――
きゃあああっ!! いったーい!! って……どこ!?」
バルコニーの扉の向こうから、騒がしい少女の声が聞こえた。開けてみると、派手に転んだらしい見知らぬ金髪の令嬢が、スカートの裾を押さえて座り込んでいた。
「……誰?」
「あっ……あの、ごめんなさい、ここって……まさか、本物のララリー様……!?」
「本物?」
「いや、これは夢だ。きっと夢。でも痛いし、動けるし、でも推しが目の前にいるし……って、えっ、えええええ!?」
少女は慌てふためきながらも、なぜかララリーを見つめる目が熱い。尊敬、崇拝、そして涙すら浮かべていた。
***
「……あなた、本当に違う世界から来たの?」
「うん。私は仲村凛。27歳。ブラック企業勤めの社畜だったけど、ある日トラックに轢かれて死んだの。で、女神様に願ったの。“推しのララリー様を助けたい”って」
「……推し?」
「つまり、あなたのことよ! この世界は乙女ゲームとして存在してて、ララリー様はヒロインでも悪役でもなくて、でもファンの間では“悲劇の聖女”って呼ばれてた!」
意味が分からない単語が多かったが、少女の目には一切の偽りがなかった。奇妙な言葉を使いながらも、その声には確かな情熱と、心からの想いが宿っていた。ララリーは思った。
(この子なら……信じてもいい)
「なら、名前を教えて。ここでのあなたの名は?」
「えっと……フィンバータ伯爵家の娘、エリールルらしいです。だから、ララリー様、エールルって呼んでください!」
「……ララリーでいいわ。こちらこそ、よろしく」
こうして、かつて全てを奪われた少女と、推しを救うために転生してきた女が出会い、運命の歯車が静かに動き出した――。