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「魔王として転生した元勇者、もう人間には味方しない」  作者: ごま
この世界に、俺の居場所はない
2/16

「玉座の目覚め、黒神盤の囁き」

空気が、淀んでいた。


冷たく、重い。


それはただの温度でも、湿度でもない。


まるで空間そのものが腐りかけた臓物のように、じっとりと張りついてくる。


目を開けた瞬間、俺は息を呑んだ。


――いや、“リオン”という名にすら、いまの自分は違和感を覚えていた。


天井は黒く、石の彫刻に覆われていた。


複雑な魔法文字と禍々しい紋様が這うように刻まれている。


灰色の光に照らされているにもかかわらず、まるで影がこちらを睨んでいるかのような気配すらあった。


玉座の間。


かつて、勇者として訪れた魔王城とはまるで別物だった。


重たい金属音がどこからともなく響き、空気が軋む。


壁が――呼吸している。


(……ここは……本当に……あの世界か?)


視界を巡らせながら、俺はゆっくりと立ち上がった。


足元は、漆黒の石。


そこに浮かぶ魔法陣のような紋様が、自分の動きに合わせて脈動している。


そして、自分の手を見て――思わず立ちすくんだ。


皮膚は白を通り越して青白く、爪は黒く染まり、わずかに尖っている。


手首には細く刻まれた魔族の印。


以前の自分とは明らかに異なる肉体。


(これは……俺の、体か……?)


慌てて足元に映った金属装飾を覗き込む。


そこには、見知らぬ“男”の姿。


長い黒銀の髪。


紅い瞳。


深紅の紋章を胸に刻んだ漆黒のローブ。


それでも、その顔立ちにはかすかに見覚えがあった――だがそれは、鏡越しに見た“昔の自分”に似ているだけ。


「……これが……俺……?」


つぶやいた瞬間、胸の奥で何かが共鳴するように疼いた。


その左手の甲に、光が浮かんだ。


黒い魔法陣。


中心に、黄金の“目”が開く。


生きているように動き、見ている。


こちらを、そしてこの世界を――


黒神盤。


(お前は、リオンではない。お前の名は――リヴァン)


声がした。


誰のものでもない、だが確かに自分の奥から響いてくる。


「……リヴァン……」


その名を口にした瞬間、世界が軋んだ。


黒神盤が脈動し、空間が赤くひび割れる。


呼吸を呑む間もなく、神盤がその名を祝福するように光を放った。


リヴァン――それが今の、自分の名前。


あの時、勇者として女神に裏切られ、処刑された自分はもういない。


目覚めたこの世界で、自分は――


(魔王、なのか……)


視線を上げると、そこにあった。


巨大な黒曜石の玉座。


背もたれには骸骨の彫刻。


その眼窩の奥から、赤い光がこちらを見つめていた。


自分はそこに座っていた。


目覚めたのは、玉座の真下――玉座の主として。


足を踏み出す。


その一歩に、広間全体が低く唸った。


「……俺は……本当に……」


呟いた言葉に応えるように、広間の先にあるステンドグラスが目に入った。


そこに描かれていたのは――


「俺……?」


金の髪、金の瞳。聖剣を掲げ、仲間たちと笑う“英雄リオン”の姿。


あの時、笑ってなんかいなかった。


魔王を倒した直後、自分は仲間に裏切られ、処刑された。


女神の声が降り、「お前は不要だ」と言い放たれた。


それが事実だったはずだ。


なのに、この絵は――そんな過去を、嘘に変えている。


「ふざけんなよ……」


リヴァンの声が低く震えた。


世界は、自分を裏切ったくせに、都合よく“英雄”として描き残した。


その時――


キィィ……と、音もなく玉座の間の扉が開いた。


入ってきたのは、一人の少女。


白銀の髪、紅の瞳、深紅のローブ。


死霊族――魔族の中でも、最も古く知を重んじる種族。


「目覚められたのですね、魔王様」


少女は深く頭を下げた。


その所作は滑らかで美しいが、冷え切っていた。


「……誰だ、お前は」


「アルヴィアと申します。


死霊族の記録官として、百年の間、あなた様の覚醒をお待ちしておりました」


「……百年……?」


言葉の意味が、理解できなかった。


「あなた様が“処刑”されたのは、今からちょうど百年と十二日前。


現在、地上では第五代聖王政が施行されております。


あなたの名は、いまや伝説の勇者として人々に語られておりますよ。


“魔王を討ち、平和をもたらした英雄リオン”――と」


リヴァンは、ただ黙っていた。


百年。


自分が死に、世界が好き勝手に自分を語り継ぎ、裏切りも処刑もすべて“美化”された百年。


そして今、そんな世界に再び目覚めた自分は――


「……いいだろう」


黒神盤が強く脈動した。


空間に小さな雷光が走る。


「俺がこの世界をどうするか――それを決めるのは、俺だ」


リヴァンは、玉座に背を向け、歩き出した。


その背に、アルヴィアは深く頭を下げる。


「了解しました、魔王様。


これより、あなた様の意志のままに、世界を動かしましょう」


扉が音を立てて開かれる。


今、世界は新たな魔王の覚醒を知る。


そして――


彼の選ぶ未来は、誰にもわからない。



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