第六話……「これは分からないですよ」
次の日、私は天川くんとの待ち合わせ前に、『ウォッチャー』に立ち寄り、演劇関係の本がないか見て回った。
特定の物を探していたわけではなく、単にそういう本があるのか疑問に思っただけだ。
「ない……か……」
「何かお探しですか?」
私の独り言に答えるように、背後から女性店員に声をかけられて、私は特に驚くこともなく振り返った。暗にそれを待っていたからだ。
この人、声も顔もめちゃくちゃかわいいんだよなぁ……。
その女性店員は、黒髪のボブカットで小柄、最も分かりやすい例えで言えば、学校の図書室で図書委員として本を読みながら、ちょこんと座っている薄幸少女。男子からすれば、守ってあげたくなるタイプ、だろう。
しかし、ずっと前からここで働いていて、年齢が全く分からないというとんでもない人だ。見た目だけなら二十歳前後なんだけど。個人情報保護の観点から、名札を付けてないので、名前は分からない。
「あ、いえ……。何かを探しているわけではないんですけど、演劇の本とかってあるのかなって思って……」
「演劇ですか。少ないけど、ありますよ。こちらです」
案内されて指を差された先の棚には、確かに一部ではあるが、いくつか本が並べられていた。
なぜ私がそのスペースを見つけられなかったかと言うと、本のタイトルが奇抜で、演劇関係の本だとは思わなかったからだ。
「『観ている人を観て自分のモノにする』『エンターテイメント運営の手法』『コンテンツプロデューサーになろう!』。
いやぁ、これは分からないですよ……」
「まぁ、演劇に特化した本はそんなに売れないので、一般化したタイトルで釣ろうってことだと思います。それでは」
淡々と話して、すぐに元の場所に帰って行った店員さん。後ろ姿もかわいかった。
それにしても、本の内容をちゃんと確認して、それを置き場所含めて記憶してるんだ……。改めて、本屋店員のすごさが分かった。
さて、案内された手前、何かを買わないといけない強迫観念に駆られて、どうしようか迷っていると、『真の天才に会った話』という本を見つけた。
天川くんは私のことを『天才』だって言ってたけど、当然自覚もないし、そんなことはないと思っている。
それなら、お姉ちゃんや、近所で話題になっていたこの辺に住んでいるらしい囲碁の神童の方がよっぽど天才だ。この本屋に去年貼ってあったポスターの囲碁大会でも優勝したらしいし。
まぁ、それはともかく、『真の天才に会った話』の中身を念のため確認すると、劇場関係者が経営の天才に会って、衰退していく劇場を再起させたという内容だった。
ノンフィクションで、天川くんの話もあったからか、本当にそういう話があったのなら興味はある。
よし、これにしよう。
「お願いしまーす。あ、そのままでいいです」
私は、女性店員に声をかけ、ポイントカードを出した上で本の会計をしてもらうと、天川くんとの待ち合わせ場所に向かうため、本屋を出ようした。
その矢先、彼女の微かな声がレジから聞こえた。
「やっぱり、それを選びましたか。天才同士、引かれ合うものですね……」
「え?」
「あ、すみません。耳が良いですね。こっちの、テレビの話です。ありがとうございました」
レジの奥の方を指差した後、彼女は私にお辞儀をした。どんな番組だったんだろう……。
そもそも、テレビの音声も終始聞こえなかったけど……。
それから、昨日と同じように、天川くんと駅前で偶然合流し、電車に乗った。
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