第四話……「私も初めてだから」
土曜午前十一時二十分、天川くんとの待ち合わせで駅改札前に私が制服で向かうと、丁度天川くんも駅前の向こう側から歩いて来ていた。
お互い制服だから見つけやすいのも、制服デートの良いところなんだなと初めて分かった瞬間だった。
そのまま無言で天川くんが改札の方を指差して合流。一緒にホームに向かった。まぁ、いつも通りだね。
ホームで電車を待っている間、天川くんが私の方をじっと見ているのが分かった。
何だろうと思い、私も彼の方を見るや否や、彼の口が開いた。
「そのヘアピン……」
「あ、これ? うん。今日行く小劇場をネットで調べてたら、流れで別の劇場に辿り着いちゃって、そこでオンライングッズ販売もやってて、一目惚れしたのあったから買っちゃった」
「すごく……いいね」
天川くんの反応と同時に電車が来て、彼の声がほとんどかき消されていたが、私は難聴系主人公ではないので、何を言ったかしっかり聞こえていた。
『すごくかわいいね』
ヘアピンのことだよね? それを付けた私のことじゃないよね?
「ありがとう……」
天川くんの印象から、直球のそんな言葉が出てくるとは思いもしなかったからか、なんだかこっちの方が恥ずかしくなって、俯きながら小声で返してしまった。顔、赤くなってるかな……。
男の人から『かわいい』と真剣に言われることがこんなに嬉しいなんて……。
相手が女子だったら、何でもかわいいかわいいと日常的に言っているただのお世辞だから、何とも思わないんだろうけど……。
それとも、『ただの男子』じゃなく、『天川くん』に言われたからなのかな……。
自分の感情を分析しようと、自分の感情を誤魔化そうと必死になりながら、私は天川くんの隣で電車の座席に揺られていた。肩が時々触れ合っても無我の境地で……。
たった二駅しか離れていないので、あっという間に現地に着き、昼食をどうしようかと考えていると、天川くんが事前に調べてくれていたらしく、近くのイタリアンレストランに入ることにした。
『現地で探すんじゃなかったんかーい』というツッコミは、天川くんのイケメンムーブで上書きされた。
女の子がトイレに行っている間に会計を済ませておくみたいな感じなのかなと思っていたら、まさにそれをされて、改めて彼のエスコート力に感心した。
もしかして、デート慣れしてるのかな……と急に不安な気持ちになった。本来ならそれは歓迎すべきことだけど……。
何だろう、この気持ちは……。
しかし、答えは一つしかなかった。天川くんに過去の女の影を見たくないということなのだろう。女慣れした男の方が良いという人が多いのかもしれないが、私はそうじゃなかったと分かった。
私が男慣れしていないこともあって、多分、一緒に歩きたいんだ。一緒に経験して行きたいんだ。一歩前から引っ張ってもらうよりも。
天川くんとなら、それができる、そうしたいと思ってたんだ……。だから……。
「僕はこういうの初めてだから、変だと思ったことがあったら何でも言ってね」
「あ、そうなんだ? 今のところ全然変じゃないよ……って言う私も初めてだから」
天川くんってエスパーなのかな。私が欲しい言葉を絶妙なタイミングで投げかけてくれた。
それに比べて私の返答ときたら……。何が『そうなんだ?』だよ、全く。
「ありがとう、嬉しいよ。それじゃあ、そろそろ行こうか」
そうして、私達は小劇場に向かった。天川くん、嬉しいのは私の方、私の方なんだよ。
目的地には早めに着き、お金を払って中に入ると、意外に奥行きがある内部だった。
下調べ中にはそんなことは思わなかったのに、実際に目の当たりにすると、違うものなんだなぁ。
開場はすでに始まっているので、私達は全体の真ん中辺りの、ある意味で特等席に座り、開演を待つことにした。時間が経つにつれて、段々と席が埋まってきて、開演直前には、全ての席が埋まっていた。
「人気の舞台なんだね」
私は天川くんに今更のことを小声で話しかけた。
「うん。脚本も面白いらしいし、役者陣も舞台では有名どころだからね」
天川くんも小声で私に返してきたが、正面を向きながら、ほっぺたがくっつくんじゃないかというほど顔を近づかせてきた。
わざとなのか、無意識なのか。
何となく後者のような気がした。と言うのも、天川くんの真剣な表情が、演劇に対する熱量を感じさせたからだ。
どうしてそんなに好きなのかは後で聞くことにして、間もなく劇『愛しのアイアイ』は開演した。
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