第十六話……「私のアイドル」
次の日、私達は駅前の通りを『ウォッチャー』方向に歩いていた。
『ウォッチャー』を越えた信号を右に曲がった先に百貨店があり、そこで稽古着を買うことにしたからだ。
プレゼントに最適な商品もあそこにはあるので、りゅうくんの誕生日前になったら行こうとも思っている。
そう言えば、誕生日聞いてなかったな。私も言ってなかった。お互いにあまり興味はないのかもしれないが、二人で楽しい生活を送るのなら、イベントは多いに越したことはない。
いや、りゅうくんの場合は調査済みで、私の誕生日なんて、すでに知っている可能性もあるか……。
右隣のりゅうくんをちらっと見ると、前を歩く二人の子どもを観察しているようだった。
いつもなら、あっという間に百貨店に着いているのだが、私達がまだ『ウォッチャー』前を歩いているのは、この子達の会話が面白いので、追い抜かさず、すぐ後ろを歩いていたからだ。
「お兄ちゃん、大会に参加してよー、お願いだからー」
「いいか、ゆう。人に頼み事をする時は、対価を示す必要がある。俺が囲碁大会に参加してタイトルを防衛しても、俺にとっては意味がないことなんだよ」
「じゃあ、私の身体あげるからー」
「よし、それじゃあ、お前に乗り移って、神の一手でも極めるか!」
「そうじゃなーい!」
「違うのかよ。だが、俺は別の道を行く。言っておくが、逃げたわけでも諦めたわけでもないからな。俺の才能を別のところで『活かす』だけだ。囲碁だけに」
「いや、全然上手くないからー」
そんな会話をしながら、二人は『ウォッチャー』に入っていった。
『ぷっ! あははは!』
私達は店のドアが閉まるのを確認し、通り過ぎてから、顔を見合わせ、思わず吹き出していた。
「やっぱり、ここねちゃんもツボに入ったか。今の兄妹、面白かったね。あの男の子が例の神童かな。小学生ぐらいなのに、すごく賢そうで、ユーモアがある会話をしてた。二人とも間違いなく神童だよ」
りゅうくんが感想モードに入った。私もそれに続く。
「うん、それに……あのお兄ちゃんの言葉に元気付けられた。別の道で才能を活かすだけ、か……。言われてみれば当たり前のことなんだけど、今まで受け入れられなかった。なんでだろう。それもあの兄妹の魅力のおかげなのかな。私に反応が似てたからっていうのもあるかも」
「同じ言葉でも聞きたい相手と聞きたくない相手、同様に状況や心境があるように、あの兄妹の話は強烈に聞いてみたかったからかもね。
同時に思ったのは、演劇はまさにその『聴きたい』『観たい』が全て重なったものであって、だから心に残りやすいのかも。
一方で、受け入れやすいからこそ、少しでも違和感があれば拒絶されてしまう可能性もある。仮にそれが完成されたものだとしても。
なんて言うか、それこそ整形した顔や、完全左右対称の人間の顔みたいな。そこだけ突出して優れていたり、完璧なのに違和感があったりする。
役者として、違和感がない表現は、やっぱり難しいと分かったよ。
言っておくけど、逃げるわけでも諦めるわけでもないからね。『役』に近づく意志を持ち、行動するだけだよ。『役者』だけに」
「いや、全然上手くないから!」
私達は、笑いながら横断歩道を渡った。
今思うと、りゅうくんも私も、個性が強烈な人を見ると、そのやり取りも含めて真似したくなるようだ。根っからの役者なのかな。
これから、本格的な読み合わせと稽古が始まる。
もしかすると、私が思っている以上に悩んだり、辛い経験をしたりすることがあるかもしれない。
でも、今の『私達』なら、必ず乗り越えて行ける。全力で前に進むことができる。
でも、もしかすると、『お姉ちゃん』の存在に頼ってしまうかもしれない。
でも、それは『私の』お姉ちゃんじゃない。『思い出の中の』お姉ちゃんだ。
でも、その『二つの』お姉ちゃんがいたから今の私がいる。
ねぇ、お姉ちゃん。私達を観ていてね。
私達二人の役者が織り成す、面白おかしく笑顔で過ごす人生という名の喜劇を。
最後に、これだけは言っておきたいことがあるんだ。
ありがとう。そして、さよなら。私のアイドル、私のこころお姉ちゃん――。
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