第十四話……「どういうこと?」
そして、家に帰ってすぐに、もらった紙の束をリビングのテーブルに広げ、私達はそれぞれ別のソファに座って、原作と台本を読み始めた。
れいさんの言う通りだ。本当に時間を忘れて読んでしまった。『シン』も『ゼロ』も面白すぎる。しかも、これほど少ない変更で、最大の効果を発揮していると言ってもいい。
まず、『アイ』が交通事故による手術ではなく、脳動脈瘤による手術を受けることに変更、感動シーン含むお見舞いエピソードが追加されることで、より感情移入しやすくなっていた。
また、人間離れしていく過程がより細かく描写されることで、二人の戸惑いとすれ違いが段階的に、よりリアルになった。これは『ゼロ』にも見られる描写だ。
政府による殺処分は削除され、国内テロを画策する過激派組織が『アイ』を確保するために暗躍しているという情報を『アイ』自身が見つける流れに変更されていた。
途中、『アイ』は生まれた時から天才だったことが執刀医から内輪の医師に明かされ、幼いながらに脳を酷使したことが脳動脈瘤の一因という話も追加されていた。
これにより、『展開の都合で病気設定にしたのでは?』との新たに生まれるであろう批判は存在し得ない。ちなみに、人工知能を植え付けたのは天才の知能をできるだけ維持するため。
私は当初、彼らはマッドサイエンティスト集団だと思っていたのだが、全く違ったということで、最初に受けた印象よりもずっと優しい世界だったことが分かる。
そしてラストは、過激派組織に『アイ』を洗脳するための天才がいることが分かり、その天才に追い詰められて、結局国外に逃げる。
しかし、『アイ』と人工知能の融合に加え、『アイアイ』の追加キスシーンで、お互いの意識がデータとしてやり取りされ、お見舞いエピソードで『アイ』が小説を読むことが好きだったことと、バッドエンドの作品をハッピーエンドにするならどういう展開にするかを楽しく語り合っていたことを共有、思い出す。
同時に、『アイ』の台詞から、『ゼロ』の内容が『アイ』のシミュレーション世界であった可能性が示唆されていた。
最終的には二人で最高に面白い人工知能作品を作り上げて世論を味方につけつつ、過激派組織に立ち向かって行くという、続編を期待させる内容になっており、舞台の特性上、『俺達の戦いはこれからだ』の打ち切りエンドはあり得ないので、これなら観客も大満足で帰って行くだろうと思わせてくれる。
しかも、小説の描写は『ゼロ』にもあるので、ハッピーエンドにできなかった悲劇を強め、それを観ることで、ハッピーエンドに向かって行く『シン』の喜劇を強める形にもなっている。
台本は、これを忠実に舞台で再現できるほど詳細に書かれていた。
『ト書き』には、登場人物の原作にはない感情と細かい動きまで指示されており、演出である『音効』、照明や舞台効果についても、どういったものを使えばいいかまで記載されていた。
つまり、この台本は原作以上の原作であり、これを読むと、そのシーン一つ一つが容易に目に浮かぶのだ。とんでもないものを私達は読ませてもらっていると驚愕した。
天川くんを見ると、彼も読み終わっているようだが、左腕で髪をくしゃくしゃにして頭を抱えながら、驚愕とも絶望とも取れる複雑な表情をしていた。家では目を隠していないこともあり、こんな天川くんは見たことがない。
「天川くん、大丈夫? なんかすごい顔してるけど……」
「……。あ、ああ……ごめん。想像していた百倍面白かったんだけど、同時に『こんなとんでもないものを、れいさん本気でやるつもりか?』って思っちゃって……。
いや、今の言い方だと他人事すぎるか……。僕も含めて、本当にできるのかって、やっぱり思っちゃって……。『バランサー』のここねちゃんがいたとしても……」
今の天川くんに、私が『できるかどうかじゃないよ。やりたいかどうかだよ』というありきたりな台詞を言っても、逆効果だろう。
天川くんは、私のことを天才だと思っているので、天才は何でもできるから良いよね、と思われて終わりだ。
何か良い言葉はないかと考えていると、前にふと疑問に思ったがスルーしていた言葉があったのを思い出した。
「天川くん、前に言ってた『役と役者は関係があるようで実は全くない』ってどういうこと?」
「え? う、うん……れいさんの教えだよ。役者の経験や才能が役を決めるのではない。役はそこにあるだけで、そこにどれだけ近づけるか、近づこうとする者が役者であり、最も近い者が演者となる……。だから……、どれだけ演技が上手くても役に恵まれない者もいるし、逆に下手でも、役に最初から近い者は演者となる……か」
天川くんが話しながら、いつもの顔に戻った。どうやら、上手く行ったようだ。
「ふふっ、まだ続きがありそうだね」
「うん。『業界では話題作りや裏接待のために、役から遠い者が演者となる場合が多い。そして、その者が前述の役者でない場合もある。しかし、それは必ず作品を汚し、貶める』。
れいさんは毒舌だからさ、例えばアイドルが役に起用されて、台詞だけ読んで全く演技ができていない様子をテレビとかで見ると、いつも言ってるんだよね。
『演技が下手なのは別にいいんだよ。でも、私はアイドルですって言って、役者になろうとしないヤツを配役するなよ。それはただの配物であって、役でもない何かを役者でもないただの人に割り当てただけ。そして、それがつまらない登場人物や演技として現れて、作品も陳腐になるんだよ』って。
逆に、『裏社会探偵X』の追加オリジナルキャラで出てたアイドルは、当時から褒めてたらしいよ。『彼女は九葉ねいろの出演をきっかけに、完全に役者、女優の顔になった。それまでは、下手な演技で役者になろうとしないただのアイドルだったのに』って。実際、それから有名になって、転身して一流女優になったからね。
れいさんが後に彼女に会った時に当時のことを聞いたらしいんだよ。
そしたら、『最初は、監督達があのカットで、なぜ唖然としていたのか分からなかったんです。俳優のみんなもシーン全体の撮り直しを要求したりして。それが悔しくて、もらったテープを何度も見返したら分かりました。あの時、私は台詞も表情演技もなくて良かったとさえ思いました。もしあったら、死にたくなっていたと思います』って言ってたって。
ここねちゃんのすごさについてはもう言わないけど、やっぱりそういう姿勢が大事なんだと、れいさんの話を聞いて思ったんだよね。
それが、『役と役者は関係があるようで実は全くない』に全て詰まってるんだよ。
ありがとう、ここねちゃん。本当に君がいてくれて良かった。大事なことを思い出せたよ」
「ううん、天川くんが元気になってくれて嬉しいよ。でも、天川くんは自分のことになると、解決策が導き出せなくなるのかな。まぁ、それに関しては自分が言えることじゃないけど」
「そうかもね。似た者同士とも言えるかな。でも、今はそれでもいいかな。僕達がいつも一緒にいて、助け合えばいいだけだから」
「そうだね。でも、私の存在がある意味、その絶望感を引き起こしたわけだから、マッチポンプとも言えるよね」
「それは否定できないね」
私達は笑い合った後、いつも通り一息つくためのコーヒーを用意して、台本の感想を語り合った。
「天川くんに聞いてみたいことがあって……『愛しのアイアイ』って、明確には描写されてないけど、伏線らしきものはあって、これっていわゆる『ループもの』なんじゃないかって。
『アイ』は『ゼロ』が『シミュレーション世界とも夢とも思えるような』って言ってたけど、実はそうじゃなくて、もっと大きな外の世界の動きがあるような気がしたんだよね」
「それは僕も感じたよ。ただ、どこにも確定できる描写はなかった。少なくとも、現時点で答えはないね。続編でそれが明かされるかも」
「その関連で、私は『愛しのアイアイ』が『シン』も『ゼロ』も含めて、元々一つの作品を分割したり、小説用に切り抜いたりしたものなんじゃないかとも思ったんだよね。だから、台本は別にしても、すぐに原作を送ることができた」
「それは気付かなかったな……。言われてみれば、確かにそうだ。すごいよ、ここねちゃん! どうして気付いたの?」
「私の天才のイメージって、一つの行動に複数の意味を持たせるって言うか、一石何鳥にもなるように計算する人なんだよね。それがお姉ちゃんであって、その産物の一つが『九葉ねいろ』だったから。当然、私とは全く系統が違う。
真の天才が、他人に指摘されて元の作品を修正するような手間をかけるかなって思って、だったら、最初から全て計算されて、全て作られていたと考えた方が自然なんじゃないかって」
「なるほどね。僕の天才のイメージは、名探偵のように、散りばめられたピースを全て記憶していて、それを一瞬で綺麗に当てはめることができる人だったから、そこに発想が至らなかったわけか。
おそらく、れいさんもそこには気付いていない。あの言い方は、『ループもの』に気付いたぐらいじゃないかな。
感想会もそうだけど、自分がイメージする天才について語り合うだけでも面白そうだね」
天川くんは完全に元気になって、私に笑顔を見せた。これでいいんだよ、これで。
「でも、その天才がなぜ……」
天川くんが、左手で口を覆いながら小声で言った。まだ考え事をしているようだ。
「何か気になるの?」
「あ、いや……何でもない……。まだ考え中のことが口に出ただけだから。ここねちゃん、耳が良いね」
「それでふと思ったけど、耳が良いのも、もしかしたら何か理由があるのかな」
「……。どうだろうね。ただの生まれつきじゃないかな。目が見えなくなって、聴覚が研ぎ澄まされるみたいなのは、あるらしいけど……」
微妙に天川くんの歯切れが悪くなったような気がしたけど、まだ話したいことはあるので、この話はそこまでにした。
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