第十三話……「その答えは」
思ったよりも早くに『モダマス』を出たので、ランチのために、その辺のスパゲッティ専門店に入った。
あの後、れいさんとさらに少し話して、他の劇団員との顔合わせは明後日を予定し、それまでに一通り台本を読んでおくことにもなった。
「ここねちゃん、今の内に正直に話しておくと、僕は正直不安なんだ」
『マスカレード』にほんの少しだけ名前の雰囲気が似ているという理由だけで『カルボナーラ』を二人で頼み、出来上がりを待っている間、天川くんが神妙な面持ちで、心の内を話し始めた。
「え、そうなの? そんな風には見えなかったけど」
「『投影』できるここねちゃんがそう言ってるってことは、僕の演技が通じてるってことだから、自信を持っていいんだろうか……」
「いや、残念ながら普段は全く意識してないから、それは関係ないよ」
「そっか……。じゃあ、改めて話すと、『ペルソナライズ』が『愛しのアイアイ』を上演した時には、僕はまだアイドルだったから、もちろん演者じゃなかったんだけど、それを観たことはあるんだ。
君と共演した時とまでは言わなくても、当時の僕には衝撃的だった。こんなに面白い作品があって、それを舞台化して全く魅力を失わず、それどころか、生き生きとした演技で観客を虜にする人達がいるなんて思わなかったから。それに、劇場全体がその世界のために存在するようにも感じた。
それから僕は、色々な劇団の『愛しのアイアイ』を欠かさず観てきたけど、それに迫ることはおろか、全てが足元にも及ばないものだった。
ここねちゃんと観たのは、その中でも良い方で、脚本も演出も役者もクオリティは高いけど、それが噛み合っていない典型だった。劇場そのもののことは考えられてもいなかった。
それはなぜなんだろう、なぜそういうことが起きるんだろうと後で改めて考えた時に思ったのは、『ペルソナライズ』の『愛しのアイアイ』が絶妙なバランスで成り立っていたものだからじゃないかってことなんだ。
今言ったことを単に『噛み合っていたから』と言い換えたわけじゃない。全員が全力を出した末に、バランスが偶然成り立っていたと言った方が良いかな。つまり、『奇跡』の産物。
『ペルソナライズ』の全員とは、照明や道具、衣装、メイク、広報、もぎり等々、本当に全員のことを指すけど、その全員が読み合わせに参加して理解を一致させている。こんな劇団は世界で他にない。
でも今回、夏休み期間と学校に通う僕達の都合がおそらく優先されて、読み合わせ含めて公演初日まで一ヶ月しかない。
れいさんが最高の台本と称する『シン愛しのアイアイ』なら、前回の全員全力以上の全力を出さないといけないはずなのに、そんな短期間で実現できるのか。
それは『愛しのアイアイゼロ』にも当然言えることだし、主役の一人を演じる僕が不確定要素として入ることで、そのバランスが容易に崩れるのではないか。
それが不安なんだよ。観客に違和感を抱かせるんじゃないかって。
このことはもちろん、れいさんにも相談するつもりだけど、その前にここねちゃんには話しておきたかったんだ」
こういう時、女の子が相談相手なら共感しておけばいいだけだが、男の子の場合は、ちゃんと解決策を求めているはず。
それに、論理や推理を重要視している天川くんが、自ら答えを得られずに相談してくるなんて、よっぽどのことだ。
私は天川くんの力になりたい。私の家に住まわせてくれないかと言われて、今の同棲を始めた時のように。それがまさに一緒に進んで行くということだから。私達には問題の共感なんて意味がないから。
でも、私に何ができるんだろう。演劇に詳しくない私は答えを持っていない。れいさんが持っているなら、天川くんにとってはそれで良いのだが、私が良くない。
答え……その答えは何だろう……。
ん? 『その答えは』と聞いて思い出した言葉がある。
と同時に『なんなんだあの人は。私達に影響を与えすぎでは?』とも思った。
ちなみに、その言葉とは、『結果オーライ』ではない。
「天川くん、その答えは『私達自身』だよ」
「僕達自身? それは……その言葉は聞き覚えがある……。『ウォッチャー』だよね。でも、その『こころ』は?」
「天川くんが『裏社会探偵X』で私と共演した時のことをカフェで話してくれたよね。その時、なんて言ってた? 私の演技を『全く違和感なく、むしろ周囲に溶け込むような演技』って言ってたよね。
そして、もう一つ。あのドラマは『奇跡』だったとも言った。
ねぇ、これって天川くんの言う『絶妙なバランス』のことなんじゃない? あのドラマは『奇跡』だと思っていたけど、『奇跡』じゃなかった。私達がその場に揃って、私が『投影』しつつ、バランスを取っただけっていう『運命』にすぎなかったんだよ。
だとしたら、それは『私』が成り立たせることができるんじゃないかな? れいさんもそれを分かっているから、あのスケジュールで組んだとか。論理は飛躍してるけど、私の言ってること変?」
「……。いや……変じゃない。ありがとう、ここねちゃん。それこそ、腑に落ちたよ。確かに、『役者が揃った』ことは偶然。ここねちゃんが確実にバランスを取れるのであれば、運要素は皆無だからね。つまり、視聴者には違和感を抱かせることはない。当時、俳優の自信を喪失させるなんていうのも杞憂だったんだ。
でも、『だけ』って言ってるけど、本当にすごいことだよ、それは。
僕自身が違和感を抱かせないような完璧な演技ができるのはまだ先だろうけど……。
でも、それに関連して、れいさんのやりたいことも分かった。
『ゲキヤク革命』の目的の一つでもある。ここねちゃんと共演させることで、この一ヶ月で僕達を『上のステージ』に引き上げるつもりだ。
逆にそうならないと、さっき言った通り、『シン』も『ゼロ』も完成しない。まさか、こんなに早く実行に移すなんて思わなかったよ」
切りの良いところで、サラダ付きの『カルボナーラ』が到着し、私達は黙ってそれを食べた。
家でもそうだが、食事中は無音と無言で過ごし、食べ終わったら思う存分話す。食事の感想もその時だ。そうしないと、いつまで経っても食事が終わらないし、美味しくなくなるから、と二人の意見が一致した。
完全無音でも全くストレスにならない私達の関係だからこそできることだろう。
デザートのショコラケーキを食べて、コーヒーで一息つくと、私から話を振った。
「まずは、家で原作と台本を読んでみようか。そしたら、色々と分かるかも。自分の演技でそれを表現、実現できるかどうかも含めて」
「そうだね。ここねちゃん、頼りがいが出てきたねぇ」
「それ、れいさんの真似? ちょっとだけ似てて面白かった」
「僕は完全に似せたつもりだったんだけど」
「それ、れいさんに言ったら、主役降ろされるよ」
「その時は、『すみません! れいさんは綺麗でかっこよくて、僕が真似するには百年かかっても表現できないほど素晴らしい一流役者でした!』って謝るよ」
「そういうの嫌いそう」
「間違いないね。かわいいって言った方が効果的かも」
「分かるー」
私達は、れいさんをネタに楽しく談笑して、家に帰った。
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