第一話……「え……うん……」
「一緒に帰らない?」
「え……うん……」
その時、私は何を考えていたのだろう。きっと何も考えていなかった。
それほどまでに自然に、彼に対する私の『イエス』の返事が、脳内と教室内に響いていた。
…………。って、いやいや、なんで冷静に心情を説明してるの、私!
隣の席の天川くんとは、ほとんど話したことないんだよ⁉️
それなのに、私と一緒に帰りたいなんて、どう考えてもおかしいでしょ⁉️
今日、一緒に日直してた時だって、会話ゼロだったじゃん!
いや、会話ゼロでこなせたこともすごいけど。
いやいや、それよりなんで私⁉️
クラスにはもっとかわいい子もいるのに、超地味で友達ゼロの私を誘うって何?
チョロそうだったから? 私の身体が目的なの?
お姉ちゃんの日々の努力を真似してたから、身体だけは自信あるけどさぁ。
それとも、男版美人局かな?
私の見立てでは、天川くんは、普段前髪で目を隠していて、さらに眼鏡男子だけど、実はイケメンだと思ってるんだよね。
あ、これは多分、私しか気付いてないはず。長年、アイドルオタクをしてきた勘とでも言うのかな。
アイドルオーラならぬイケメンオーラが何となく見えるような気がするんだよね。
もしくは、天川くんが人気のない場所に私を誘い出すと、その辺の女チンピラが出てきて、『ちょっと! なんでアンタみたいなブサイク地味子が、あたいの彼ピと一緒に歩いてるのさ! 慰謝料五百万円よこしな!』とか言って、断ると後ろから屈強な男達が出てきて、色んなことをされちゃうんだ。きっとそうだ。
そんなあり得そうなくだらないことを私が脳内早口で考えていると、早くも駅前の通りの本屋を通り過ぎようとしていた。
この本屋『うおち屋』は、地元民からは『ウォッチャー』と呼ばれている店で、私と学校の中間の位置ぐらいにある。
ちなみに、ここの前で私は先日初めてナンパされた。
驚いたなぁ、あんな人が私なんかに声をかけてくるなんて……。
……。って、いや、時間経つの早すぎない⁉️
空間転移魔法でも使った?
私がいくら思い込みが激しくて周りが見えなくなったとしても、こんな体験したことないんだけど。
「それじゃあ、また明日。バイバイ」
「あ、うん……。さよなら」
そして、あっという間に天川くんと駅前で別れてしまった。もちろん、最後の挨拶以外、会話ゼロだった。私が記憶を失っているわけではない。
……え? 何のために一緒に帰ったの?
何かないの? 美人局イベントとか、脅迫イベントとか。
でも、告白イベントはダメだよ。私はアイドル志望なんだから、誰とも付き合えないからね。
まあ、オーディションどころか、書類審査で全部落ちてるんだけど……。
私はなぜか少しだけ自意識過剰になり、そして悶々としながら、帰路に着いた。
「モテモテだねぇ~。三ヶ月前には、男性アイドルからもナンパされてるし、どうするの?
向こうから音沙汰ないんだったら、天川くんと付き合っちゃう? それとも、キープ?
いやぁ、色々考えないといけないから、大変大変」
家に帰り、このことをお姉ちゃんに話すと、案の定、私をからかってきた。
その気持ちは私にも分かる。私に妹がいたら、絶対に同じことを言っていただろう。
実際のお姉ちゃんの口調は、すごく柔らかく、優しいので、本気で言っていないことは明らかに分かる。
お姉ちゃんは、いわゆる旧帝大の学部二年生で、頭が良く超美人、スタイルも人当たりも良い完璧超人なので、この人こそアイドルになるべきだと誰もが認めたくなる存在だ。
しかし、本人はアイドルになる気も、彼氏を作って結婚する気も一切ないという、本来の意味での『女子力』『ガールパワー』の塊のような存在でもある。
以前、私が『なんで彼氏作らないの?』と聞くと、『ここねさえいれば、私はそれでいいんだよ』と言ってくれた。それが本気かどうかは分からないけど、私はそんなお姉ちゃんのことが大好きだ。
あ、『ここね』は、私『三空ここね』のことね。昔は、『ここねのことね』とか小学校のクラスの男子女子にからかわれてたけど、今は友達ゼロなので、そんなことさえ起こらない。
仮に言われても、百回聞いて耳タコだわと思うだけだ。
そんなどうでもいいことはともかく、どう考えても私を取り巻く現状は信じ難いことだし、現実離れしているとしか思えなかった。
「何かの間違いだよ。彼らの気の迷い。私は冷静だからね。『ファイブカウントアップ』の『そら』くんだって、今まで華やかな女の人しか見てこなかったから、私みたいなおっぱいがちょっと大きい超地味子を『希少種発見!』って思って声かけただけ」
「それなら、高校進学先と名前なんて向こうから聞いてこないんだよねぇ。明らかに、ここねの子役時代を詳しく知ってるでしょ。でも、良かったよね。『ファイアプ』のそらくんは、その中でもここねの一押しだったんだから」
「いや、そのファイアプ自体、あんまり推してなかったし、その中で言えばってことね。私と同い年だし、一番イケメンだったし、優しそうでオーラが違ったからってだけ。
そらくんがいるのに、なんでファイアプが売れなかったのか分からなかったけど、この前、解散して分かった気がする。
スキャンダルがあったリーダーと、その周辺のきな臭さがあったからなんだって。表面だけ見てたらやっぱりダメだね。
それと、私の子役時代って言うけど、一般公募で一回応募して、ドラマのモブとして、四話目の十秒ぐらい出演しただけだから。
それに、あの時は『九葉ねいろ』って芸名をお姉ちゃんと考えて応募時から使ってたから、普通は年齢さえバレないはず。
でも、考えようによっては、私の超地味さが、そこから全く変わらなかったってことか……」
「それは、ここねが盛りに盛ったり、その写真を応募の時に使ったりしないからでしょ。
私がアイドルにならないからって、私の名前を使ってるのに、ありのままの自分でアイドルになりたいからって矛盾して。そんなの現役アイドルの子達でさえ、無理だから。
せっかくかわいくなれるのに、それを不意にしてる。『舐めプ』か『甘え』か『言い訳』かのどれかなんだよね。
前にも言ったよね? 諦めるなら早い方が良いって。今のここねは、単なる『応募ロボ』だよ。諦めるのを引き延ばしてるだけ」
いつの間にか、アイドル応募の話になり、お姉ちゃんの鋭い言葉が私に刺さる。
でも、これはお姉ちゃんの優しさだと私は知っている。頭の回転の速さ同様、話題の切り替えの早さにも慣れてるし。
普通なら、ここで腹を立てて姉妹喧嘩をするところだけど、私達は違う。
「ありがとう、お姉ちゃん。私のこと心配してくれて。もう少し頑張ってみたい。もう少しだけ……」
やはり引き延ばそうとしてしまう私の言葉に、お姉ちゃんは仕方がないといった様子を見え隠れさせた。
「ごめんね、厳しいこと言って。大好きなここねのことを考えちゃうとつい。でも、ここねもちゃんと考えてね、自分のこと。今回が良いきっかけになればいいんだけど」
「ありがとう、お姉ちゃん。私も大好きだよ」
「ありがと、ここね。お詫びに夕食のあと、お風呂で慰めてあげるから」
「お姉ちゃん、それは自作自演、マッチポンプって言うんだよ」
「ここねだって、いつも私を慰めてくれるよね。一緒に良い気持ちに……気持ち良くなろうとか言って」
「……なんで言い直したの? そのことじゃなーい!」
私達は、いつも通り仲良くお風呂に入って、一緒のベッドで眠りについた。
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