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ハートストップ

作者: 空見タイガ

 どうしてずっといっしょにいられないんだろう。夏帆(かほ)と……デートしていて……あたしがいつもどおりふざけていたら……もうほんとうにいやって……。あたしが悪かったんだろうか。うん、あたしが悪いに違いない。夏帆が悪いわけないんだから。思い出せ……思い出せ……どうしてこんなことになっちゃったのか。

 いつもどおり……ふざけていたら……そういえば出会ったときから呆れられていたっけ……中学生になって……入学式……に向かう途中……あたしは知らない猫を追っかけていた……ひだのきれいなスカートをなびかせて……でも白い靴下には泥がついていた……入学式の前日には雨が降っていて……道には水たまりができていた……ぴょんと跳び越えようとしてたら失敗して……いつも失敗ばかりで……そのときも黒い猫を追いかけるのに夢中で……無我夢中で……一心不乱で……がむしゃらで……走り回っていたら曲がり角で女の子とぶつかって……その子はあたしに突き飛ばされて「どこ見てんのよ」と怒鳴った……そこまで怒らなくてもいいのにと思ったら……水たまりに尻もちをついていた……あたしが笑っていたら女の子は「なに笑ってんだ」と斜めにすいっと起き上がって……実際に斜めにすいっと起き上がったわけではないけど……そんな感じでなめらかに起き上がって……だからあたしの首に片手がそえられて揺さぶられても笑いが止まらなくて……そしたらもっと怒られて……「あっ」とあたしが気づいたときには猫はいなくなっていた……だから「あなたのせいで猫がいなくなった」と半泣きで抗議したら「そんなことより学校でしょ。早く行くよ」とあたしは引っ張られていった……知らない人に知らない学校につれていかれると思ったら同じ制服を着ていることに気づいた……すぐに気づいてもよかったはずなのに……あたしは散漫で……その子の顔がキリッとしていてかわいいことしか見えていなかった。いつから好きになったか覚えてなかったけど一目惚れだったのかも……でも好きになったから思い返した顔がきれいだったのかも……でも……何にせよ……あたしは……夏帆とはもう……。

 なんでなんだろう。たぶん今より前で入学式より後に……あたしはきっととんでもないことをやらかしてしまって……夏帆と……デートしていて……あたしがいつもどおりふざけていたら……もうほんとうにいやって……あんたとは絶好だからねって……。絶好なんて……絶好される心当たりなんて……いっぱいあるような……見放される心当たりが……いっぱいあるような……そもそも絶好だと言われたのは一度や二度じゃないような……事あるごとに怒られながら言われたような……いつの間にか仲直りしていたような……でも今回はもう取り返しがつかなくて……。思い出せ……思い出せ……どうしてこんなことになっちゃったのか。

 絶好だから……絶好……そういえば中一の夏……中間テストの前ぐらいに初めて言われたんだった……あたしが夏帆からノートを借りていて……次の日の朝に返す予定だったんだけど……当日……登校中……ふと……急に……いきなり……通学路の近くにあった用水路のことが気になって……というのも用水路に流れている底の透けた浅い水がどことなく涼しげに思われて……きらきらしてきれいだなあと勢いよく転落防止柵から身を乗り出したら……もちろん転落防止柵のおかげで転落は防止されたんだけど……あたしがリュックみたいに背負っていた鞄から……その日はたまたまフタを閉めなかったので……ざばあと中身が落ちて……慌てて拾って靴下が濡れて……仕方ないから脱いでポケットに丸めて入れてそのまま裸足に革靴で学校に行って……もうすでに着席している夏帆におずおずと濡れたノートを渡して……夏帆は「わあ」と怒って……ほんとうに「わあ」って言って……第一声が「わあ」になると思わなかったから笑っちゃって……教室どころか学年の廊下をとどろかすぐらい夏帆が怒って……「あんたとはもう絶好よ」と言われて……そのとき目の前が真っ白になって……真っ暗だったかも……とにかく血の気がさーっと引いて……いや顔が火照ったかも……とにかくショックを受けて「たかがノートぐらいで」となだめようとしたら頬を叩かれて……片頬を叩かれたからには片頬を殴りかえさないと両成敗にならない気がして……殴って……近くにいた人たちから止められるぐらいの大げんかのつかみ合いになった……それが最初の絶好だった……。あたしも悪かったけど……夏帆も神経質なところがあって……だってもしあたしが夏帆だったらノートを用水路に落とされても怒らなくて絶対になじらなくて絶好なんてしなくて……そもそもノートを用水路に落とされたくなかったら貸さなきゃよかったのに……少なくともあたしだったらそうするのに……夏帆はまたノートを貸してくれて……あたしとはまったく違う考えを持っている夏帆だから好きになったのかな……あたしが怒らないときに怒るから好きになったのかな……それともノートを貸してくれるから好きになったのかな……夏帆も自分とは違うところであたしのことを好きになってくれたんじゃないかな……それともノートを貸せるから好きになったのかな……真相はわからないけど……今までは仲違いしても仲直りできていた……お互いの違いを受け入れてなじむことができた……けど……もう……できなくなった……。

 なんでなんだろう。たぶん今より前で中一の夏より後に……あたしはきっととんでもないことをやらかしてしまって……夏帆と……デートしていて……あたしがいつもどおりふざけていたら……もうほんとうにいやって……あんたとは絶好だからねって……突き飛ばされて……。突き飛ばされるなんて……単純に暴力だけど……訴えたら勝てるけど……勝ってもうれしくないけど……突き飛ばされる心当たりも……いっぱいあるけど……いっぱい突き飛ばされてきたけど……いっぱい抱きしめられてもきて……でもこれからは抱きしめてもらえなくて……思い出せ……思い出せ……どうしてこんなことになっちゃったのか。

 突き飛ばされた……初めて突き飛ばされたのは……中学一年生の秋で……今より一年前ぐらいで……あたしたち……三人グループで……その他のひとり……も友だちだけどあたしにとって夏帆は特別で……でもその子のほうが夏帆と席が近くて……二学期の席替えでも夏帆と席が近くて……あたしもあたしの近くの席に友だちがいたけど……こう見えてもいっぱい友だちがいたけど……でも夏帆がその子と話しているのを見るとたまらなくなって……あたしは二人のあいだに割って入ってその子の頭にかじりついたり羽交い締めにしたりして……そしたらある日……昼休みに夏帆があたしを呼び出して……ちょっと険悪な感じで呼び出して……校舎の四階にある階段を上った先の屋上……は鍵が開いていなかったから扉の手前に……最上段まであたしを連れてきて……腕を引っ張って段まで上らせて……平たい場所に辿り着いてもあたしの腕を強くつかんだままで……「あんた、あいつのことどう思ってるの」とこわい顔をして聞いてきて……やっぱり消しゴムまでかじっちゃうのはよくなかったのかなと思って……観念して「夏帆のことが好きだから、あの子と夏帆が話すところを見たくなかった」と答えて……夏帆はずっと黙っていて……あたしの腕をつかむ手がすっと離れていって……また何か間違えたのかな……あたし間違えてばかりだな……みんな優しかったからこれまで何とかなったけど夏帆は手厳しいからな……夏帆に嫌われるのかな……こんなことならみんなに嫌われていいから夏帆にだけは好きになってもらいたかった……と考えていたら……夏帆は顔を背けて笑い出して……いっぱいいっぱい笑っていて……ひきつるぐらい笑っていて……もはや泣いていて……泣くほど笑っていて……顔は見えないけど泣きじゃくるぐらい笑っているのがわかって……あたしの回答ってそんなに面白かったのかな……それとも夏帆ってもしかして笑い方がへんな子なのかなと思って……でもあんなに泣くほど笑った夏帆をあれ以降は見たことがなかったし……これからも……もう……見ることができなくて……。

 どうして取り返しがつかないんだろう。どうして仲直りできないんだろう。どうしてなんだろう。あたしはただ……夏帆と……デートしていて……秋だし……気持ちのよい秋だし……真っ昼間で……少し寒くなってきたけど日差しはぽかぽかで……人がいっぱいいて……行事が少しずつ近づきつつあって……仮装をしている人もいて……店のディスプレイも装飾がいっぱいあって……期間限定のスイーツも……あたしはいろんなものに目移りして……夏帆に何度も話しかけて……はしゃいで……いろんな人に手をふったり写真を撮ったりして……あたしがいつもどおりふざけていたら……「もうほんとうにいや」って……「わたし以外を見ないで」とそっぽを向かれて……「夏帆はいつもと同じ格好だから眺めてもつまらないよ」と言い返して……夏帆はつーんとしだして「あんたとは絶好だからね」って……それでどんどん前に進んでいって……前ってのは目的地のことだけど……まあ目的地もなくぶらぶらしていたんだけど……そこは交差点で……歩行者側の信号は青で……たくさんの人がいて……仮装している人もいて……わいわいと話していて……向かっている場所から叫ぶ声がして……みんなが同じ方向からこっちに走ってきて……だけど立ち止まって撮影しようとする人もいて……信号がちかちかしだしたのもあって……あたしは走って……だって気になるものがあったら気になるから……横断歩道を渡りきって……何が起きたのかを見ようとしたら突き飛ばされて……あたし……寝転がっていて……起き上がって斜め前を見たら……男の人たちが誰かを地面に押しつけていて……奇抜な格好をした人を押しこんで丸くするみたいに圧を掛けていて……斜め上から写真をいっぱい撮る音が聞こえて……動画を撮る音も聞こえて……「大丈夫ですか」とあたしの肩を揺さぶる声も聞こえて……知らない人たちがあたしの後ろでいっぱい膝をついていて……振り返ると夏帆がしずかに目を閉じたまま血まみれで倒れていた……。

 どうして時間は進むんだろう。どうして止まったまま進むことはできないんだろう。どうして止まったまま進んじゃうんだろう。どうして続かないんだろう。どうして続いてしまうんだろう。どうしてずっといっしょにいられないんだろう。

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