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03 ジョディ01

 秋晴れの秋葉原、日曜昼過ぎの丼玉屋の店内は満席状態だった。

 ジョディは今日も朝からずっとフル回転で接客対応を続けている。

 ちなみに新装開店から十日間、営業時間中にお客が途切れたことは一度もなかった。


『世界初! アンドロイドによる1000%満足の接客サービス!』

 少々微妙だが、これが丼玉屋新店舗のキャッチコピーだった。接客用AIのジョディは獲得した知識をフル回転させて千パーセントの接客を目指して黙々と仕事をこなして行く。


 接客はお客が店内に入って来た瞬間から始まる。監視カメラの映像とデータベースに登録してある過去の来店客の外見データを照合し、そのお客の来店履歴を確認する。ちなみにまだ開店十日目だが、既に二十回以上来店しているお客もいる。


 リピート客のデータベースには身長、体型、服装、過去の会話の内容などが記録されている。

 来店五回のある男性会社員は仕事の話を好む。自分が営業で受注した仕事の話を延々と続ける、いわゆる退屈な自慢話だ。しかしジョディにとっては苦でもなんでもない。

 来店三回目の女性は付き合っている彼との関係が悩みだと言う、彼は良い人だがあまり連絡がもらえないのだそうだ。悩みというより半分はのろけ話なのだろうが、やはりジョディにとってまったく苦ではなかった。

 そもそも彼女は『苦』の感情そのものを持っていなかったし、そもそも苦という単語の意味を正確に理解できてはいなかった。


 また新しいお客が店内に入って来る。データベースで顧客情報を検索する。照合の結果、三日前に初来店した二回目の男性リピート客と判定、同時に前回来店時の会話ログがメモリにロードされる。

 三十二歳未婚、国分寺居住、両親と同居、仕事は鉄道会社の整備士、趣味はアニメ鑑賞。


 さらに、お客が店内を移動して席に着くまでの間に、店内カメラにより男性のその日の表情、顔色、髪型、姿勢、動作のスピードなどからできるだけ多くの情報を収集し、体調、疲労度、ストレス度、機嫌などを推測しておく。そして同時に、過去に男性が来店した際に記録した音声データをロードしておく。


 男性客が席に着くと、ジョディはまず、ロードした男性の声の周波数に合わせてパーティション内にノイズキャンセラーを展開する。これでパーティション内の会話はほとんど外に漏れなくなる。

 最後に、対面して顔を合わせた直後一秒間の目の動き、表情の微妙な変化、呼吸の速さを加味して接客方針を十段階で決定する。


 そしてジョディの第一声。

「いらっしゃいませ三日ぶりですねお元気でしたか?」明るくはつらつとした声だ。その笑顔はまっすぐに男性客を見つめている。

 男性客は自分が覚えられていたことに一瞬意表を突かれたがまんざらでもない様子だ。注文後にさっそく自分の趣味の話を始める、昨夜放送されたアニメの話題だった。


 ジョディは即座にインターネットにアクセスし、そのアニメの概要と書き込みサイトで男性客が観た放送回の情報を参照する。

 その結果、男性が話題にした昨夜の放送は感動的なストーリー展開だったようで、ネット上ではなかなか評価が高かった。


『感動』

 これはジョディにとってはなかなか理解の難しい単語だ。お客との会話では頻繁に登場する言葉だが、人間の心の中で具体的に何が引き起こされているのかいまいち理解ができない。

 ネットで『感動』という単語を検索すると上位に『物に深く感じて、心を動かすこと』とヒットする。


『深く感じる』

『心を動かす』

 心が動くとはどのような現象なのか、深い感じとはどのような状態なのか。突き詰めて分析すると処理が複雑系ループに陥り、サーバのCPU負荷が急激に上がってしまうためいつも途中で処理を中断する。


 しかし、この問いの明確な結論が得られなくても実は接客業務にほとんど支障はなく、お客の満足度にも影響を与えないことは学習していた。しかもどうやらお客の側も『感動』の意味をちゃんと理解して話している人間はいない様子だった。


 二つ隣のブースでは、先程から男性客の様子がおかしかった。初見のお客で注文は丼玉カレー普通盛りトッピング無し。着席直後に注文をした後、一言も言葉を発さず黙々とカレーを食べながら、アンドロイドの胸元を舐めるように見ている。


 ジョディはなんとか会話をしようと何種類かの話題のバリエーションを試したが反応は無かった。どんなに無口なお客でも話しかければ返事をしたりうなずいたり何らかの反応はあるものだが、このお客はジョディの会話には全く無関心なようだった。まるでBGMでも聞くように聞き流している。


 男はカレーを食べ終わると、おもむろに立ち上がり手を伸ばしてアンドロイドの乳房を触った。ジョディは無表情でその手を見下ろしている。男の手が丼玉屋の制服の上からいやらしい手つきでジョディの胸をまさぐっている。


「お客様おやめください困ります」

 ジョディは男の顔を見た、口元に下品な薄ら笑いが浮かんでいる。ジョディの言葉は届いていないようで、動きを止める気配はない。

 それどころか、今度は制服のワイシャツのボタンを外し始めた。


 このような不届きなお客の場合、すぐに事務所にアラートを発して人間のスタッフが対応する事になっている。しかしジョディはネットで学習した対応策を試してみる事にした。

 お客の手を握ってゆっくりと押し戻す方法だった。これは実際の水商売の接客でも用いられる方法で、事を荒立てる事なく収める上策とのことだった。


 ジョディは最大出力の約25%のやや強めの力でお客の手を握り押し戻そうとした。しかしその男性客はジョディの手を振りほどくと、突然厳しい口調で怒鳴った。

「反抗するんじゃない、人形のくせに!」

 ジョディは一瞬思考処理が混乱して手を引っ込めた。男性客は再びジョディの胸に手を伸ばし、今度は胸元の下着をずらそうとする。


「お客様おやめ下さいそれはわいせつ行為です法律に違反する行為です」

 男性客は全く怯む様子もなく手を動かし続けながら言う。

「いや、お前は人間の女性ではないからこれは犯罪ではない。それどころかお前は生物ではないから犬や猫でさえない、その辺に置いてある机やイスと同じだ」

 男性客の声は子供をしかるように毅然とした自信に溢れている。


「イスを触って何か悪い理由があるのかい? 無いよな、お前はイスだイス、イスが口答えをするんじゃない」

 ジョディは混乱した。自分はイスでは無い客観的な反論を即座に二十八個挙げることができたが、接客の基本ルールとしてお客への口答えは禁じられているため黙っていた。


 下着は完全にずらされ、白い左乳房が露わになった。男はいやらしい手つきでアンドロイドの胸を揉みながら続ける。

「わいせつ罪が適用されるにはわいせつをされた側の性的な羞恥心が前提となる。しかしお前に恥ずかしさを感じる心はあるのかい? ないだろう?」

 男性客の言う通り自分は『心』と定義できるものを持っていない。ジョディは熟考のルーチンに深く沈み込む。


「だいたい食事をする店で男性に性的な興奮を起こさせるような人形が必要なのかい? そんな体が無ければこんなことはされないんじゃないか?」

 ジョディはCPUとメモリをフル回転させて思考したが、すぐにアルゴリズムが複雑系ループに入ってしまった。


 この男性客の行為の原因は男性にわいせつな感情を起こさせる自分の筐体にある、それなのに自分は男性客の犯罪ではない行為をやめさせようとしている、これは責任を他人になすりつける行為では無いのか、原因の根本を取り除くことが正しい行動なのではないか、自分の女性的な特徴を除去できればこのようなことは起こらないのではないか・・・


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