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02 アキハバラ01

 秋晴れの秋葉原、日曜午後のヨドバシカメラ前の通りは混雑していた。

 如月コンサルティングに勤務する真田悠斗は後輩の河合春菜と二人で人込みの中を歩いている。


 最近よく見かけるようになった3D広告が、ビルの上から通りに覆いかぶさるように飛び出している。

 巨大なティラノサウルスの3D映像は大きな口を開けてずらりと並んだ歯をむき出して吠えている。これはディズニーの新作映画の広告だ。

 その向かいのビルには人気アニメの美少女キャラがセーラー服姿で高速ダンスを踊っている。


 二人は最近オープンした丼玉屋の新店舗の視察に行くところだった。

 丼玉屋は全国にチェーン店を展開している。元々は牛丼専門店だったが、牛丼以外のメニューを開発して廉価な定食屋として事業を拡大していた。

 その丼玉ホールディングスが先月から、アンドロイドによる無人接客サービスを秋葉原店で開始した。


 真田と春菜が所属する如月コンサルティングは、企業の業務を分析して改善策を提案したり、新規事業の立ち上げや運用を支援するコンサルティング業務を行なっている。

 丼玉屋の今回の企画には、真田は初期の段階から携わっており、この日もコンサル業務の一環で、開店したばかりの秋葉原店の営業状況を視察しに行くところだった。


「真田さんは秋葉原よく来るんですかー?」

 春菜が興味深そうに3D広告を見上げながら質問する。


――― 河合春菜

 今年度の新入社員だ。正確には第二新卒というのだろう。情報系の学部を卒業後、IT系の会社で一年ほど仕事をしたあと中途採用で入社してきた。

 すこし痩せ気味だがモデルのようにすらりと背が高く、短くカットした髪によく動く大きな瞳が人目を引く。その目が真田の顔を覗き込むように見つめる。


「時々な、それにしても今日のお前のその格好は何だ、言い訳してみろ」真田があきれた表情で言う。

 春菜の服装は、無地の白いTシャツに薄手のライダースジャケット、下は細身のジーパンだった。

「やっぱりラフ過ぎだったでしょうか」

「確かに今日は日曜だが、今からお客様のところに業務で行くわけだろ? もう少しどうにかならなかったのか」


 真田は子供に言い聞かせるように春菜をたしなめる。

「すみません、昨日の夜スーツがたいへんなことになってしまって。私のオフィスカジュアルはこれが限界でした」春菜は申し訳なさそうに手を合わせ上目遣いで謝る。

 真田はあきれ顔でネクタイを外し、春菜の服装とバランスを取ることにした。


「真田さんあの行列、もしかして」

 春菜が指をさす、その先の歩道に長い行列ができていた。行列の最後尾には丼玉屋の制服を着た男性が『丼玉屋 最後尾』と書かれたプラカードを持って立っている。そこから蔵前通り方面に向かって延々と人が並んでいる。

 店内はアンドロイドによる無人接客が売りなのに、店外では人間が汗をかきながらお客の誘導をしているのは全く間抜けな光景である。


「すごい大盛況みたいですね」春菜は少し興奮気味に言う。

「無理言って広告費つぎ込んでもらったしな」

「テレビCMはネットでも話題ですものね」

「確かに、あれは泣ける」

「ジョディさん、ちゃんとお客さん対応できているかしら」


 行列は二百メートルはあるだろうか。やはり男性客が多かったが、意外にカップルも多い。外国人観光客の姿もちらほらと見えた。

「もしかしてあの行列に並ばないといけないですか?」

「今日の訪問は一応業務の一環だからすぐに入れてもらえると思う」


 二人が行列を横目に通り過ぎて秋葉原店に到着すると、店の前にスーツ姿の真面目そうな男性が汗を拭きながら立っていた。真田たちを見つけると笑顔で話しかけてくる。

「如月コンサルティングさんですか?」

「真田と申します。こちらはうちの河合です」

「お待ちしておりました、私は営業部の木村と申します。こちらからどうぞ」


 スーツの男性は店舗の横の通用口から中に入って行く。真田と春菜もその後に続く。

 廊下を抜けると一番奥がこぢんまりとした事務所になっていた。部屋の中央に小さな会議卓が置いてあり、奥の角にはパソコンデスクがある。

 部屋の中で丼玉屋の制服を着た中年の女性が待っていた。木村がその女性を紹介する。

「こちらは店長の横溝です」

「初めまして、横溝です」意外に声が若い。


 真田たちは名刺を交換すると席に着いた。店長の横溝がお茶をいれる。

「すみません狭くて」

「それにしてもすごい行列ですね」

「おかげさまで開店から常に満席状態でして」横溝が満面の笑顔で言う。


「アンドロイドは問題なく稼働しているんですね」

「今のところトラブルは起きていません」

「それは何よりです。ではとり急ぎモニタリング画面を確認させて頂けますか」

「分かりました、こちらへどうぞ」


 店長の横溝が真田をパソコンのデスクに促す。

 パソコンの画面にはシステムをモニターするためのウィンドウが開かれており、いくつかの折れ線グラフがゆっくりと右に流れている。


「サーバのCPU負荷やメモリ使用率には余裕がありそうですね、概ね三十から四十パーセント前後で推移しています。お客様の満足度もなかなか高い。得点は・・・平均70から80点くらいでしょうか」


 満足度はアンドロイドが接客中に読み取ったお客の表情やしぐさ、会話の内容でAIが判断する。肯定的な表情が多いほど満足度の得点が加算され、逆の場合は減点される。また、アンドロイドとの会話で使われたポジティブな単語とネガティブな単語の割合を分析して総合的に得点を算出している。


「ディスク使用率が結構なペースで増えているみたいですけど、河合、ちょっと見てもらえるか?」

「了解しました! 少々お待ちください。どれどれ?」春菜がパソコンの操作を交代してLinuxのウィンドウを開く。

 相変わらず春菜のパソコン操作は速い。左手でマウスを持ち、右手でキーボードを同時に高速で叩く。画面に次々とアルファベットや数字が表示され高速でスクロールして行く。


「ジョディさん、すごいペースでネットから情報を集めてます。この分だと2、3ヶ月後くらいには容量が危なくなるかもしれません。えーと、芸能、スポーツ、ファッション、アウトドア、政治、国際情勢、文学、科学や歴史の情報も集めてます。動画ファイルが結構多いのが圧迫原因ですね。接客の時の会話で使う予備知識でしょうかね。あと、心理学関連の情報が多いです」

 ジョディは今回の接客用アンドロイドを制御するAIの愛称である。


「会話の傾向はわかるか?」

「ちょっと待ってください」春菜がプロンプトにSQLコマンドを打ち込むと、ウィンドウにデータベースの絞り込み結果がずらりと表示される。

「やっぱり芸能系の話題が多いですね、次がスポーツ。政治と宗教は少ないです、事前の設定通りちゃんと会話の流れをコントロールしているようです」


「政治と宗教は避けるんですか?」店長の横溝が画面をのぞきこみながら不思議そうに質問する。

「はい、センシティブな話題なので。トラブルを避けるために、お客様から話題を振られてもさりげなくスルーするように設定しています」

「心理学関連の情報を検索することが多いのはなぜですか?」

「特別な設定はしていないのですが、会話を行う上でジョディ自身が必要と判断して情報を収集しているんだと思います」


「本日は実際の接客を確認していただこうと思いまして。お席を用意していますのでこちらへどうぞ」

 横溝が二人を促して事務室の扉を開けた。真田たちが後に続く。

 事務所の隣は厨房になっていた。丼玉屋の制服を着た店員が忙しそうに調理をしている。

 調理場の壁沿いに進むとさらに扉があり、客側の店内に続いていた。


 扉を開けると店内は満席だった。一般的な牛丼店のように大きくコの字型にカウンターが配置されている。座席は一つずつパーティションで区切られている。


「こちらのお席です」

 店長の横溝が真田たちを促して二人分の空いている席へ案内する。

 店内は驚くほど静かだった。


「席に座って注文ボタンを押すと接客が始まります。あとはジョディが自動で対応しますので、どうぞごゆっくり」

 横溝は簡単に説明すると軽く会釈をして再びバックヤードに戻って行った。真田と春菜は指定された席に座る。

「なんだかワクワクしますね、ディズニーランドのアトラクションみたい!」春菜がはしゃぎ気味に言う。

「仕事なんだからな、ちゃんと色々確認しておけよ」

「了解です!」

 春菜は敬礼で答えながら手前の座席に座る。真田はその左隣のパーティションに入った。


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