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01 カーリー04

 香織は渋谷陣営のプレイヤーを全滅させるとドローンの情報を確認した。あたりに敵の気配は無かった。

 下着はびしょびしょに濡れていたが、もうしばらく興奮の余韻に浸っていたかった。香織は落ち着きを取り戻すために目をつぶって一つ、大きく深呼吸をする。脳裏にはまだ最後の男の断末魔の表情が残っている。

 香織は目をつぶったまま恍惚の笑みを浮かべる。


 目を開き再び双眼鏡を覗くと、いつの間に現れたのか、路上に一人の女性プレイヤーが立っていた。

 モデルのような長身に、デニムジャケットとレザーパンツのアバターだ、美しい黒髪が眩しい。

 しかし何より香織が驚いたのはその顔立ちだった。


 BAPのアバターはプレイヤーの顔をスキャンして作られるので本人に似た顔の作りになる。ある程度の調整はできるが、基本的な骨格は大きく変えることはできない。

 しかしこの女性の顔は、その基本的なパーツの構造と配置のレベルで、香織が今まで見たどのアバターより完璧に均整が取れていた。まるで有名な彫刻家の作品を見ているような、息をするのを忘れてしまうほどの美しさだった。


 アバターをタップしてハンドルネームを表示させると『ジュリア』と表示される、品川陣営の青文字だ。

『品川陣営? こんな敵地に近い所でたった一人で?』

 普通に考えれば、たちまち囲まれてなぶり殺しにされる。


『装備は・・・右手にシグザウエルP228、拳銃一丁だけ、ありえない!』

 明らかに右も左も分からない初心者が軽装で迷い込んで来たという状況だ。

 普段の香織だったらどうなろうと気にも止めなかったが、そのプレイヤーの美しい顔立ちが無性に気になって放って置けない気持ちになっていた。


 ビルを出て注意しに行くか、いやそれでは二人揃って襲われる危険性が高い。窓から手を振って知らせるか、それも位置がバレて襲撃される。

 せめて襲われた時に援護射撃をするしかない、なんとか自力で逃げ切ってくれれば。


 香織が悶々と考えを巡らせているのに、当の本人はのんびりと辺りを見回しながら、午後の散歩を楽しんでいるような風情だった。時々唯一の武装のシグをぐるぐる回してガンプレイをしている。妙に上手だ。


 いや、感心している場合ではない、なんとか彼女を安全地帯に導かなくては。


 その時香織は、ジュリアの大理石のように美しい額に赤い点が付いているのに気づいてハッとした。狙撃銃のレーザーだ。自分以外にもこのポイントで張っていたスナイパーがいたのだ。

「危ない、逃げて!」

 香織は思わず叫んでしまった、しかしその声は彼女には届かなかった。


―――パァン

 銃声が鳴った。


 その直前、ジュリアは首を右に傾けた、銃弾はそれたようだ。


―――いや、違う

「よけ、た?」

 ジュリアは何事も無かったように散歩を続けている。


―――パァン、パァン

 さらに続けて二度、銃声がした、ジュリアは踊るように半身になった。弾は当たっていない。


 香織は確信した、信じられないことだがジュリアは銃弾を避けている。

 秒速千メートル近い速さの弾丸をどうやって・・・香織は唖然として双眼鏡に見入った。


 その時、ジュリアがこちらを見上げた。

 目が合った。

 アバターとは思えない美しく澄んだ瞳で、香織に向かってにっこりと微笑み、人差し指を立てて左右に振る。


 香織は思わず双眼鏡から目を離した、胸が急速に鼓動を打つ。

『もしかして、私に気付いている?』


 また銃声がした。ジュリアはひらりと身を翻すと、そのまま悠然と路地に姿を消した。

 あたりは静まり返った。

 先ほど香織が狙撃した渋谷プレイヤーの死体が道に転がっている。


『夢でも見ていたのか』

 香織は呆然としながら双眼鏡から目を離した。

 ジュリアの笑顔が脳裏に焼き付いている。

 香織の胸に恋慕に似た想いがこみ上げた。


―――彼女にもう一度会いたい・・・


 その時、香織の思考をかき消すように、『緊急』の赤文字が視野に表示され、同時にけたたましく警報が鳴り響いた。

 部屋の外の廊下に設置しておいたセンサーが反応したのだった。


『敵? 動物?』

 香織は遮光カーテンから出て窓の外を見下ろす。いつの間にか香織のいる建物の入り口付近に銃を構えた敵が二人立っている。

『スナイパー狩り! ドローンに反応は無かったはず、ジャミングをかけられてすり抜けられた?』

 ビルの入り口に設置しておいたセンサーは恐らく発見されて解除されたのだろう、廊下の天井に設置したセンサーが最後の砦だった。


 ドアの外に足音が聞こえる。

 香織は素早く壁際に移動し、起爆装置を起動する。


―――ドンッ!


 鈍い音がして床にセットしておいた爆薬が爆発し、大きな穴が空く。

 香織はその穴にスルリと体を滑り込ませ真下の6階の部屋に下りた。そのままドアを開けて廊下に出る、下の階に敵はいないようだ。


 廊下の窓からビルの裏を見下ろすと、裏口にも見張りが二人いる。香織は廊下の窓を開けて体を乗り出し、ドラグノフをセミオートで連射する。見張り二人は不意をつかれて倒れた。


 上の階から階段を降りてくる足音が聞こえる。

「下だ、絶対に逃がすな!」

 怒鳴り声が聞こえる、香織は廊下の窓にフックをかけてロープで一気に降下した。


 地面に着地すると、そのまま品川陣営が支配する五反田方面に全力で走った。

 四機のドローンのジャミングをフルパワーで稼働させながら。

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