7話 吉兆の青い鳥 上
「青い鳥って知っている?」
「青い鳥?」
「そう、フルールブルーっていう鳥」
僕は紙に鳥の絵を描いた。花弁のような形をした翼を広げて、空を飛んでいる。
「こういう感じの鳥なんだけど、翼がすごく綺麗でさ。花が飛んでいるみたいなんだ。冬に活動する珍しい鳥で綺麗だから、見たらいい事が起こるっていう言い伝えがあるんだよ。吉兆の印なんだってさ」
「見ただけでいい事が…?何かの魔法か?」
魂縛の術を使って以来、カルフィスは魔法に嵌まっていた。
「なんでもかんでも魔法っていうのやめろよな。言い伝えだってば」
「言い伝え…根拠の無い話ということか」
僕はニコリと笑うとカルフィスの頬を両手で挟む。カルフィスの端正な顔が歪んだ。
「夢のないこと言うな!」
頬を膨らませて分かりやすい不機嫌顔をした僕にカルフィスは笑った。カルフィスは僕の笑った顔が一等好きだが、怒った顔も大好きなのだ。
「それにな、大昔に実際にあったことが元になっている言い伝えなんかもあるんだから、一概に根拠がないとは言えないんだぞ」
「では本当に吉兆の印だと思っているのか?」
「いやまぁ、まるっきり信じているわけではないけど…そういうのを信じて探してみるってのも楽しいだろ」
魔法は平気で信じるくせに、言い伝えを信じる僕を馬鹿にするのは納得がいかない。僕は唇を突き出してカルフィスを睨んだ。
カルフィスはククッと笑みを漏らして肩を揺らす。両手を軽く上げて降参の合図。
「悪かったよ、意地悪なことを言った。お前の頬が膨らんでいくのが面白くて、つい」
「……」
「ごめんごめん」
カルフィスは笑っていて反省の色がない。僕もそう深刻に腹を立てているわけではないが、幼い子供を揶揄うようなカルフィスの態度に臍を曲げていた。
しかし、僕は元々移り気が激しい性格だ。ひとつの感情に囚われることなく、カルフィスの心底からの笑みを見ただけで苛立ちは霧散していった。最近、カルフィスは笑う回数が増えてきている。僕にとってこれ以上ないほど嬉しい変化であった。
「それで、青い鳥を探しに行きたいのか?」
「そう。ちょうど雪も数日降っていないし、今日は晴れだ。絶好の機会だろ」
「ああ、そうだな。探しに行こうか」
前のめりに言う僕に、カルフィスは首肯する。また不機嫌になられてしまっては困ると言った。確かに。時間は有限だ。
♢♢♢♢♢♢
まだ少し雪が残る森の中を、僕とカルフィスは肩を並べて歩いていた。二人とも足元など碌に見ず、上ばかりに視線を向けている。
「本当に上にいるのか?」
「いるはずだよ。青い鳥は高いところを好むから」
僕たちが青い鳥探しに森に入ってから、既に数時間が経過していた。青い鳥は幸運の象徴とされるだけあって希少な生き物なので、そう簡単に見つかるものではない。僕の少ない知識で探し出すのは至難の技である。子供にしては聡い方である僕たちはなんとなく気付いているのだが、お互いに口に出せずにいた。カルフィスは探し始めてから熱中してしまっているし、僕はそんなカルフィスに向かって「帰ろう」などと言える立場になかった。なにせ、あまり調べもせずに青い鳥を探そうと言い出したのは僕である。
「他に知っていることはないのか?巣を作る場所とか引き寄せる餌とか」
「知らないよ。そんなことが一般的に知られていたら、吉兆の印にはなっていないもの」
ううん、とカルフィスが唸る。もう飽きてきた僕は雪を蹴ったりして遊んでいるが、カルフィスは眉間に皺を寄せて探し続けていた。
僕は雪の上に座り、カルフィスを見上げて問いかける。
「君は飽きたりしないの?」
「何にだ?」
「こういうのにさ。もう何時間も同じことの繰り返しじゃあないか」
視線を忙しなく動かしながら応えるカルフィスに、僕は関心を通り越して呆れ顔を浮かべていた。
「ああ…これは飽きるものではないからな」
「何?飽きるものじゃあないって」
僕は首を傾げた。世の中に飽きるものと飽きないものがあるのか。理解していない様子の僕を、カルフィスも首を傾げながら見つめ返す。
「お前は青い鳥を見たいのだろう?ならば探さなくてはな」
この世の真理を説くような当たり前という口調で、カルフィスが言った。
確かに僕は見たいというようなことを言ったが、なんとなく思い出したから散歩ついでにできたらいいなと軽く考えていただけだ。本格的な捜索になるとは思ってもみなかった。
「それは有難いのだけれど、僕はもう飽きてしまったよ」
「ああ、うん、それはさっきから気付いていた」
再び上を向いて捜索に勤しむカルフィスに、中断の意思はないようだった。
「もういいよ、帰ろう。僕は疲れた」
「もう少しだけ探そう。この先は私もあまり立ち入らない場所だ。そこまで行けば、きっと見つかるはず」
カルフィスがここまで頑なになるなんて珍しい。僕は目を見開いて驚いた。しかし、こちらも意見を変える気はない。飽き性な僕が数時間もっただけでも奇跡である。
尚、別々で行動するという考えは二人とも持ち合わせていない。二人一緒に探し続けるか屋敷に帰るか、行動は二択であった。
「どうして今回はそんなに拘るんだ。いつもだったらもう帰っている時間だろう」
「お前が見たいと言ったのではないか」
「そうだけれど、もういいって。疲れたし寒いし、帰りたい」
人間の僕はカルフィスと比べて体力が少ない。加えて寒さにも弱かった。数時間探したということを考えれば、僕の言うことにも正当性があるだろう。しかし、まったく疲れていないカルフィスにとっては、僕の主張が我儘に思えたようだった。
「お前は飽き性が過ぎるぞ。碌に我慢もできないではないか」
「我慢はしたさ!何時間探したと思っているんだ」
「そもそも、お前が言い出したことだろう!」
「だから、散歩ついでの軽い気持ちだったんだってば!珍しいから幸運の象徴なんだぞ!今日一日で見つけられるか!」
「見つけられる!見つけなければ!」
勢いに任せて僕と口論していたカルフィスは、言葉を探すように言い淀んだ。
「見つけなければ…だって…吉兆が…」
カルフィスが最も恐れるものは、僕と会えなくなることだ。僕がカルフィスを友だと思っていることは知っているし、この先何があろうとそれが変わらないと信じているが、しかし、何が起こるか分からないのが世の中なのである。何かの間違いで、偶然の不運が重なって、セトと離れ離れになることが起こるかもしれない。
カルフィスが僕と出会ってから今まで、そんな悪夢を何度も見ていることを知っていた。ずっと心を蝕んでいる恐怖だ。
そんな時に僕から青い鳥の話を聞いたカルフィスは、もしかしたらという思いに囚われてしまっているのかもしれない。僕のためにという理由の奥に、不安が見え隠れしていた。
不安というものは考えれば考えるほど深刻になっていくもの。回り続ける思考の中では、『青い鳥を見つけることができれば良いことが訪れる』ではなく『青い鳥を見つけられなければ悪いことが起こる』に変化してしまっているのだ。
泣きそうな顔をして俯くカルフィスにため息をついた僕は、口調を穏やかにして声をかける。
「どうしてそうなっているんだ。吉兆の印なんてただの言い伝えで、実際は意味のないものに決まって——」
僕の言葉に被せるように、突如それは現れた。
日に照らされて輝く瞳。大きい翼は青く色付き、花のように優雅に膨らむ。菊の花の香りがふわりと漂い、美しい花たちが咲き誇る姿を幻視した。
吉兆の印である青い鳥、フルールブルー。
僕たちが数時間探し続けたものが、遂に姿を見せたのだ。




