表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
独りの雪に鳴く鳥よ  作者: 由狸 ゆり
1章 過去編
6/12

5話 指切りげんまん


 窓から覗く曇り空を、僕は頬付きをしながら見ていた。

 しばらく眺めた後、雪が降るかもしれないと思って窓を開けてみるが、雪の前の独特の寒さはない。それにがっかりして窓を閉め、眉間に皺を寄せながら冷えた体を毛布で包む。この動作を繰り返していた。飽き性の僕が同じことを繰り返している理由は、それしかやることがなかったからだ。

家に帰ってからの数日間、僕は軟禁されていた。


 僕を発見時、両親は大泣きした。嬉し涙だ。愛する息子が元気に帰って来たことに喜び、天に祈りを捧げて神に感謝までしていた。友達の家に遊びに行っていた程度の認識である僕は、歓喜する両親の姿に若干引きつつも、その温かい愛情を受け入れた。そこまでは良い流れだったのだ。

 雲行きが怪しくなったのはその後。家に着いて風呂や食事を済ませ、気持ちよく寝入った時のことである。

 両親は慈愛の溢れる微笑みを浮かべながら僕を部屋に寝かせ付けた後、部屋の扉を錠で塞ぎ、閉じ込めたのだ。まさか監禁されるなどとは夢にも思っていなかった僕は、たっぷり十二時間寝た後にその事実に気付いた。

 起きて扉を開けようとしたが開かず、叩きながら呼びかけても答える声はない。騒ぎ続けていると、両親が来た。両親は諭すような口調で話し始める。

 曰く、僕のためだと。

 雪の森に子供がひとりで遭難して、無事で帰ってきたのは奇跡だ。再び同じことが起きれば、今度こそ死んでしまう。危機感のない僕を守るためには、これしかないのだ。

 それが両親の主張であった。

 子供を心配する親の気持ちは理解できる。しかしだからといって、監禁されるのは困る。友と約束しているのだ。雪の日に会いにいくと。

 監禁されてから数日経つが、幸いなことに雪は降っていない。


 僕は窓の下を覗いた。遠くに地面が見える。

 僕の部屋は三階にあった。近くに木があるわけでもなく、足場にできるような凹凸も少ない。窓から外に出るなら飛び降りるしかなかった。三階の高さから飛び降りるなど、前世だったら容易であったが、今世では難しい。僕は現在、十歳である。

 しかし、僕には外に出る案があった。計画というほどのものではない。至極簡単で単純。前世の人々ならば一度は思い付くであろう考え。カーテンを縄代わりにするのだ。

 前世ではドラマやアニメなどでよく使われていた脱出手段だが、この世界の人たちには馴染みがない。そもそも貴族というのは優雅で上品なことを好む生き物なので、そういう案を思い付くはずがない。僕が異常なのである。だから窓の外は無警戒で、監視すらされていなかった。脱出は簡単に出来る。

 しかし、一度使うとすぐにバレてしまう案なので、ここぞと言う時に使わなければならない。

 僕は雪を待っていた。



♢♢♢♢♢♢



 やることがなくてずっと眠っていた僕は、凍えるような寒さに目を覚ました。勢いよくカーテンを開くと、視界に飛び込んでくるのは純白の雪。もうすでに地面が見えなくなるほど振り積もっている。うん、と頷いた。実に脱出日和である。

 扉に駆け寄り外に人の気配がないことを確認して、さっそく作業に取り掛かった。カーテンを一つ一つ外していき、解けないようにしっかり結ぶ。降りるための縄作りだ。無駄に部屋が広いおかげで材料に不足はない。

 そう時間をかけずに出来上がった縄は想像以上の出来だった。これならば途中で落ちる心配もないだろう。防寒着を着て小袋を持ち、窓に縄をかけた。下の階の人に見つからないように、窓と窓の間に縄を垂らす。僕は音を立てないように気を付けて降りた。幸い雪が厚く積もっている。着地しても音が出なかった。

 足跡を消すことはできないので、降り続ける雪が消してくれるまで、発見されないことを祈る。もし足跡が発見されても、森に入ってしまえば見つからないだろう。森では足跡が見えにくくなることを、前回の遭難時に経験していた。

 庭を抜けて塀を登り、町を飛び回って一直線に森に向かう。足取りは軽く気分が良い。雪だけが原因ではなかった。僕は友に会いに行くという初めての遊びを心底楽しんでいた。

 僕は森に入ると、木々に目を凝らして傷跡を探した。前回帰る時、また自分で来れるようにと残しておいた目印だ。用心して傷を浅くしておいたせいで進むのがとても遅いが、時間をかければいつでもカルフィスの屋敷に行くことができる。息子を見つけられたと号泣している両親たちに撫で回されながら目印を付けるのには、とても苦労した。少し不審がられたが、問い詰められたりはしなかったので問題ない。


 僕は目印を辿って森を歩いた。進めば進ほどどんどん森が深くなっていくが、少しも不安はない。カルフィスと過ごした数日間で森に対する恐怖は消えていた。

 しばらく歩いて足が疲れてきた頃、ようやく屋敷が見えてきた。やっと着いたことを喜ぶ気持ちよりも、あの時はどれだけテンションが上がっていたのかと呆れる気持ちの方が大きかった。

 次からは気を付けようと頷き、僕は屋敷に向かって歩き出す。正確には、塀の近くにある木に向かって歩いた。もう門前払いされる可能性はないのに、僕には窓から入る考えしかない。不思議なことである。

 塀を越えた後にまた木に登って前回と同じように窓から部屋に入ったが、相変わらず暗い部屋に友の姿はなかった。


(あいつが自分から部屋を出るなんて珍しい)


 僕がカルフィスと共に過した間、彼が自分から部屋を出たことはなかった。僕が外の遊びに誘った時であったり、僕の食事のための狩りであったり、そういう状況になれば外出していたが、カルフィス自信には外に対する興味などはないようだった。

 当然部屋に居るものだと思っていた僕は肩を落とした。やっと会えると期待していたのに、目的地はもぬけの殻だったのだ。それはがっかりもするだろう。

 カルフィスが屋敷から離れることは有り得ないのでどうせ数分の違いだろうが、その数分さえもどかしくなるほど、僕はカルフィスに会うのを楽しみにしていた。友と過ごす時間は、かけがいのないものである。


 僕は取り敢えず、屋敷内を彷徨いてみた。ここは蝋燭すらないので窓から入る僅かな光が頼りだ。もう日が暮れかかっている。夜目の利かない僕がひとりで探し物をするのには時間制限があった。

 部屋という部屋を全て見て回ったが友の姿はなく、途方に暮れた。必ず屋敷にいるはずの友がいないのだ。あり得ないことが起きている。

 僕が逸る心を落ち着けようとして視線を向けた先、雪が積もった門の手前に小さな雪山があった。平坦な場所だということを知っていた僕は違和感を感じて、目を凝らして雪山を見る。所々に黒と白のものが見えた。その色に感じる既視感。


(いや、まさかね)


 僕は今までにない焦りを覚えた。どんなに心の中で否定しても、可能性が拭いきれない。踵を返して走り出す。扉を蹴破り階段を飛び越えて玄関に降り立った。外に出た途端、凍えるような冷気が肌を撫でる。来た時には降っていた雪はもう止んでいた。

 小さな雪山に近付くにつれて、僕の嫌な予感が確信に変わる。雪山だと思っていたものは地面に膝を着いた状態で俯いているカルフィスであった。

 厚く積もった雪に足を取られながらも、僕は必死に走る。冷気を吸い込んだ喉が痛んだ。この短時間でも不調を感じるのだ。彼はどれほどの時間を、雪の中で過ごしたのだろう。


「カルフィス…!」


 雪山が動いた。ゆっくりと振り返る。


「嗚呼、カルフィス、お前…なんで!」


 僕は雪に埋もれたカルフィスに駆け寄り、積もった雪を払い落とした。ろくに防寒もしていない彼の体を見回して怪我はないか確認する。

 さすが吸血鬼。雪に埋もれるほど外にいても、凍傷はしていないようだった。けれど彼には感覚も痛覚もあるのだ。さぞ冷たかっただろうに、どうして外にいたのか。


「セト、セトか」


 聞いたことのない、弱々しい声でカルフィスが呟いた。声とは裏腹に力強く僕の腕を捕らえる。


「セト、なぜもっと早く来てくれなかった。約束が違うではないか。雪が降ったら会いに来ると、言ってくれたではないか。私はそれが嬉しくて心待ちにして耐えていたのに、雪が降ってもお前の姿は見えなかった。私が何かしてしまったのか、私を友と呼んだのは嘘だったのかなどと、そんなあり得ない事ばかり…」


 雪の中で鮮やかに光る赤い目から、涙が落ちるのを見た。

 僕が初めて見たカルフィスの涙。それはとても綺麗で悲しく、空気に溶けてしまいそうなほど儚いものであった。


「嗚呼、セト。私は弱くなった。お前と出会って、幸せを知ってしまった。もう前のようには戻れない。私は孤独に耐えられぬ。私を独りにしないでくれ」


 盲目的な執着。僕は鳥の話を思い出す。鳥は生まれて初めて目にした者を親だと思い込むのだそうだ。

 カルフィスもそうなのだろうか。生まれて初めて出来た友を、理解者を、唯一と定めてしまったのだろうか。

 僕は以前、「僕と出会った今日が誕生日だ」とカルフィスに言った。冗談のつもりだったそれは、もしかするととても残酷な言葉だったのかもしれない。

 僕は自身の腕を掴むカルフィスの手に触れる。氷のように冷たいそれを、体温を移すような気持ちで握りしめた。

 

「ごめんね、カルフィス。約束を破るつもりはなかったんだ。色々あって脱出するタイミングが難しくて…本当に、ただそれだけなんだ。今まで君に話したことに嘘はない。君は僕にとって何よりも大事な友だ」


 言葉だけでは伝わらない気がして、僕はカルフィスを抱きしめた。自身よりも身長の高いカルフィスの体を覆うようにして囲い込む。


「僕は君と共に生きる」


 お互いに立てた小指を絡ませ、解けないようにしっかりと結んで、歌を口遊(くちずさ)む。


「約束だ」


 指切りげんまん。嘘ついたら。

 

 それは前世にあった呪い。

 それがこの世界でどんな意味を成すかなど、僕には知る由もなく。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ